第5話

 私は備え付けられた椅子に座った。

「さあ、話を聞かせてもらおうか、スーツのキミ。まずは名前と年齢、出身地かな?」

「斎藤光輝と言います。年齢は二十二。出身は……話す必要がありません」

 手厳しいね。アイスブレイクは難しそうだ。

「二十二とは、随分と若いじゃないか。政府の人間と聞いていたが、その歳でこれほど重要な仕事を任されるとは考えにくい。もしかして、勝くんと同じ口かな?」

「さすが小説家天童沙織ですね。あなたこそ、その歳でそれだけ推理ができるとは、天才の異名も伊達ではない。探偵へのセリフならそう、小説家が向いている」

「だろう? そのセリフはまさしく私の為にある」

 否定は無し。コイツも魔法使い、あるいはそれに類似する超能力者か。

 そして、この仕事が重要だということもはっきりした。私は一体、どんな荒事に巻き込まれたのやら。

「先に聞いておこう。なぜキミではなく私なのかな? 彼、勝くんに関しては理解できる。そもそも彼の仕事はこういうものなのだろう。だが、それはおそらくキミも同じだ。私よりもよっぽど適任に見える。立場的にも、能力的にもね」

「……私には既に、資格がございませんので」

 資格、ねぇ。精神的なものではないだろう。物理的に戦うことができない……あの世界に行けないとか魔法が使えないとか、そんなところか。

「良かろう。その資格とやらについてはこの後話してくれるのだね? なら今は、大人しくお口にチャックしておくよ」

「問い詰めない……冷静ですね。小野木とは違い、あなたはあくまで一般人のはず。それにも関わらず、この異様な状況で取り乱しもしないとは」

「見ての通り私は大物でね。性格上、どうしても慌てるという行為ができないのだよ。正直、今にもキミに飛びつかんとしている彼の思考が羨ましい」

 ふふふっ、身体ぷるぷるさせながら頑張って耐えている勝くんは面白いね。さすがに経験豊富。少女のことで冷静ではない自分より、私に任せた方が良いと理解しているのだろう。

「さて、そろそろウチの探偵くんが限界っぽい。本題に入るとしよう」

「かしこまりました。それでは……小野木勝さん、天童沙織さん。あなた達二人に、クリスタルを破壊を依頼します」

 私はすぐさま勝くんの口を塞ぎつつ、光輝くんに話の続きを促した。

「先程、裏世界を見られたかと思います」

「裏世界か。私はてっきり異世界かと思ったよ」

 私の手をバンバン叩いてくる勝くん。しゃべらないかと聞いてから手を離した。

「似たようなものです。あの世界もここ愛知県であり、この現実世界の裏に存在する世界なので、私達は裏世界と呼称しております」

 なるほど分からん。

「クリスタルは見ましたか? 大きな水晶で、中に人が入っているような柄がついています」

「ふむ、そのようなものは見ていないな。私達はモンスターから逃げることで精一杯だったからね。そんなオブジェを気にしていられるほど暇ではなかったよ」

 そうだ。私達は中に人が入ったクリスタルしか見ていない。

「それは大変でしたね。小野木が居るのでモンスターの相手は問題ないかと考えていたのですが」

「彼らはどうやら、魔法に耐性……対策かな? 魔法が効かないように細工をしていた。素の状態では相手なんて到底できんよ」

「なるほど……上に報告しておきます。しかしご安心を。これまでにも、一部モンスターに普通の魔法が効かないという事例はありました。その為、我々政府も対応策をご用意しております」

 これまで、という言葉は気になるが……光輝くんは手を一振りして、どこからかバッチのようなものを出現させた。

 バッチは二つ。一つずつ手渡され、私は天井のライトにかざしてみる。

「資格について、話をしましょう。それは、英雄の適性を持つ人間にしか扱えない武器。『聖堂武器』です。裏世界に入れるのも、その聖堂武器を使える英雄のみ。現状その英雄はあなた達二人しかおりません」

「キミも資格を持っていた、元英雄だということかな? 詳細は……教えてくれるといった顔ではないね」

「左様でございます」

 しかしどうやって使うのかな。まさかカバンに付けて終わりではあるまい。

 瞬間、横から何かを派手に落としたような大きな音がした。さすがの私もちょっとびっくり。

 見てみると、勝くんは杖を持っており、その柄が床に突き刺さっている。

「さすが、魔法探偵でございますね。小野木が行ったように、バッジに魔力を流し込むことで、その姿が変化します」

 魔力と言われてもね。私はただの小説家だ。やり方なんてさっぱり分からない。

 ひとまず、姿を変えるよう念じてみる。

「……本?」

 これが、私の聖堂武器か。想像とはだいぶかけ離れた姿をしている。

 ……だが、分かるぞ。記憶が流れ込んでくる。これはそう、『物語を作る本』だ。

「本ですか。確か、かなりのレアものだったはずです。どのような特性を持つか、分かりますか?」

「書いたストーリーが現実のものになる。小説家の私らしい聖堂武器だ。どうせ、規模が大きければ代償も大きいとか、そういう面倒な特性を持っているのだろう」

「聖堂武器を使うには魔力の消費が必須となります。おそらく規模の大きさに応じて消費魔力も増えるのでしょう。くれぐれもお気をつけください」

「そこは、使うのはやめろとか言ってほしかったね」

「あなた達がどうなろうとも、依頼を達成さえしてくだされば問題ありません」

 ドライだねぇ。

「その聖堂武器があれば、好きに裏世界への移動が可能です。準備ができ次第、クリスタルの破壊へと向かってください」

 ひとまず、彼にとって必要な話はできたかな。

 では、こちらにとっての必要な話をさせてもらおう。

「それで、裏世界とは何かな?」

「先程申し上げた通り、愛知県の裏にある……」

「もう少し詳細をお聞かせ願おう。あのモンスターはなんだ? なぜクリスタルを破壊しなければならない? 破壊するとどうなる?」

「……それらを話す必要はございません。とにかく、お二人にはクリスタルの破壊をお願いします」

 知られるとクリスタルを破壊したくなくなるような話ということか。こうなれば仕方ない。ひとまずは調べるべきことの整理から始めるとしよう。

 話はそこで切り上げて、私達は家に帰った。

 

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