第7話 出立

 訓練場は緊張感に包まれていた。砂埃が舞い上がる中、レイは汗で濡れた額を拭い、目の前の相手を見据える。その相手――国屈指の将軍、ザハル・レオンハートは余裕の笑みを浮かべながら、巨大な剣を肩に担いでいた。

「いいぞ、レイ。ここまでついてくるとは大したもんだ。」

 ザハルのその言葉に、観戦していた兵士たちの間からざわめきが起こる。これまでの訓練の成果が今まさに試されようとしていた。

(負けられない。この人にまた褒めてもらいたい――。)

 そう胸に誓いながら、レイは拳を握り直した。対峙するザハルの隙を探るようにじりじりと間合いを詰める。

「さあ、来い!今度はどんな手を見せてくれる?」

 ザハルが挑発するように剣を軽く振りかざす。それを合図に、レイは一気に間合いを詰めた。


 拳を振り抜く一瞬、レイの脳裏にこの数日間の厳しい訓練がよぎる。


 初めて魔力を暴走させ、訓練場の壁を壊してしまった日のこと。ケイルが厳しい口調で「制御できない力はただの脅威だ」と叱りつけたが、その後、丁寧に魔力制御の基礎を教えてくれた。

 また、ザハルに初めて模擬戦を挑んだ日、力任せに攻撃を繰り返しては翻弄され続けた。「力だけじゃ勝てない。頭を使え」と言われた悔しさが、今でも胸に残っている。

 そして、初めて兵士たちとの模擬戦で勝利を収めた日の喜び。祝福してくれる兵士たちの声を聞きながら、少しだけ自分が認められた気がして嬉しかった――。


「はっ!」

 レイの拳がザハルの防御をわずかに崩した瞬間、ザハルが鋭い動きで剣を振り返す。レイは紙一重でそれを避けると、さらに素早く次の攻撃を繰り出した。観戦している兵士たちからどよめきが上がる。

「なかなかやるじゃないか。」

 ザハルの声には、本気で楽しんでいるような響きがあった。だが次の瞬間、彼の剣が鋭い風を切り、レイの足元を狙う。避けきれず体勢を崩したレイは、その隙を突かれ一気に押し倒された。

「ここまでだな。」

 ザハルが剣を肩に担ぎ直し、レイに手を差し伸べる。

「やるじゃないか、レイ!お前、もう十分戦場に出ても恥じないぞ。」

 その言葉に、レイは息を切らしながらも笑みを浮かべてザハルの手を取った。


 訓練が終わると、レイは城の庭で休憩をとっていた。そこへ、王女が楽しげな足取りで現れた。

「レイ、今日も訓練、お疲れ様です。」

 彼女は軽く微笑みながら、レイの隣に腰を下ろす。その仕草には、ここ数日で築かれた自然な親しみが感じられる。

「ありがとう。毎日新しいことばかりで、少しずつだけど慣れてきたよ。」

 レイは素直に答えた。その顔には、少しだけ自信が滲んでいる。

「それは良かったです。実は、私も最近公務がない日はなるべく時間を作って、レイと一緒にいられるようにしているんです。」

 王女は誇らしげに言う。その言葉に、レイは少し驚いた顔を見せた。

「そうだったんだ……僕なんかのために、そこまでしてくれるなんて。」

「当たり前です!だって、あなたは私たちの大切な仲間ですから。」

 王女の目には揺るぎない信頼が宿っていた。

 彼女は続けて、ここ数日で話してきたことを思い出すように語り始める。

「レイ、覚えていますか?この国の美しい川や、あの山脈の伝説の話。私はそれらを全部あなたに知ってほしいんです。だって、私たちが守りたいと思うものは、そういう場所や、人々の笑顔だから。」

 その言葉を聞いたレイは、少し遠くを見つめた。

「……うん、覚えてるよ。君が話してくれたこと、全部。」

 彼の声には、どこか深い感謝の色があった。王女は満足そうに微笑み、続けた。

「それに、あなたが強くなる理由もきっとそこにあると思うんです。だから、もっとたくさん、この国の良いところを知ってくださいね。」

「うん、そうするよ。」

 レイは力強く頷いた。その言葉には、彼自身もまだ気づいていない決意の片鱗が見え隠れしていた。


 その夜、ゼンは影の中で静かに息を吐いた。

(レイの中に、確実に変化が生まれている。それがどんな結果をもたらすのか……見守るしかないか。)

 彼の目は冷静でありながらも、どこか微かな期待の色を含んでいた。

 王城は明け方を迎えていた。陸上を重たい雪雀の霞が覆う中、王女の部屋の前には南門行きの馬車が準備されていた。その周りを、四重の兵が団結し、在置した馬車の辺りに並び立っている。その中心には、王女とレイが向かい合って立っていた。

「レイ。これを持って行ってください。この指輪が、あなたを安全に帰してくれることを祈ります。」

 王女はそっとレイの指に指輪をすべり込む。藍色の宝石がお気に入りの指輪は、朝光を受けて薄く光り、まるでレイの力を表現しているかのように見えた。

「ありがとう。必ず戻るから。その時はまた、一緒にパンを食べよう。王女様。」

 レイの容赦ない白熱なフレーズに、王女は怒りも注意もせず、ただ微笑を添えた。王女はゆっくり頬を上げ、その光る眼をレイの目に釘づけた。


「必ずお戻りになって。レイ。」


 レイは王女に証言も謝意も欠けていた。だがその裏には深い覚悟が希布く届いている。王女の人格はレイを触発させるに不足していた。それだけに互いにとって、その判断はあいついおのず補うようになる。

 出発前、王女はレイに言葉の了解を不定ではなく知りました。馬車の駐軍が二人を和解に合わせて安裁な化学を説明して心理の変化を潜在させていた。

 レイはただ指輪をそっと撫でた。それが最後の言葉代わりになり、馬車の飛ぶ視野の中に流されていく。


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