第4話 訓練
朝日が訓練場を照らす中、レイはケイルと共に広場の中央に立っていた。その周囲には魔法使いたちが配置され、彼の力を記録するための魔道具が設置されている。
「レイ、今日はもっと具体的に君の力を測定する。準備はいいかい?」
ケイルがメモ帳を手に、落ち着いた声でそう告げた。
レイは頷きながら、自分の拳を見つめた。昨日の訓練で壁を壊してしまった光景が脳裏に浮かぶ。力を使うたびに感じる、この手に眠る底知れないエネルギー――それがどれほどのものなのか、彼自身もまだ分かっていなかった。
「では、始めようか。」
ケイルが指を鳴らすと、広場の端に並べられた標的がゆっくりと動き出した。
「まずは小さな標的を破壊してみてくれ。なるべく力を抑えることを意識して。」
レイは深呼吸し、拳を握りしめる。標的に向けて一撃を放つと、轟音とともに標的が吹き飛び、その後ろの壁にまでヒビが入った。
「……抑えたつもりだったのに。」
レイは申し訳なさそうに呟いたが、ケイルは冷静に首を横に振った。
「問題ない。だが、次はもっと意識して集中しよう。力は均等に、そして的確に制御するんだ。」
次の標的が現れると、レイは一層慎重に拳を振るった。だが今度は力が弱すぎて、標的がほとんど動かなかった。
「むずかしいな……。」
額に汗を浮かべながら、レイは影に目を向けた。そこにはゼンが静かに佇んでいる。
「力の制御は、使い方を理解してからだ。」
ゼンがぼそりと呟くように言った。
「どういう意味?」
レイが尋ねると、ゼンは無言のまま標的を見つめた。そして、彼の影がわずかに揺れ、次の標的が現れた瞬間、その影が標的を飲み込むように覆い尽くした。
「力は抑え込むものではなく、受け入れ、流れを導くものだ。」
ゼンの低い声に、レイは目を見開いた。その言葉は彼にとって難解でありながらも、どこか核心を突いているように感じた。
「……流れを導く。」
レイはその言葉を反芻しながら、再び標的に向き直る。そして、今度こそ力を一点に集中させることを意識し、拳を振るった。
標的が正確に吹き飛び、背後の壁に影響を与えることはなかった。
「やった!」
レイが喜びの声を上げると、ケイルが満足そうに頷いた。
「その調子だ。まだまだ訓練は続くが、今の一撃は良かったぞ。」
ゼンは何も言わず、再び影の中に戻っていった。その様子にレイはどこか安心しながらも、彼が何を考えているのかを知りたくなる自分を感じていた。
ゼンが影に戻る直前、わずかに足を止めた。その目が、一瞬だけレイの背中を捉える。だが、その視線には冷静さの中に迷いがあった。
「……」
何かを言おうとして、言葉が喉元で止まる。その瞬間、彼は静かに影へと溶け込んだ。
影の中で、ゼンは一人呟くように考える。
(このままでいいのか……。だが、奴らはレイに“それ”を求めている。それがないレイに、この国が居場所を与えることはない。)
ゼンの赤い瞳がかすかに揺らめく。彼の中にある迷いと、覚悟――その二つがせめぎ合っていた。
そのまま数日が過ぎ、レイの事が王城の皆に知られる頃。訓練を終えた日の夕方、ケイルがレイの部屋を訪れた。彼の手には書簡があり、何かを告げるために来た様子だった。
「レイ、明日は特別な日になるぞ。」
ケイルは少しだけ笑みを浮かべながら、手紙を差し出した。
「これは?」
レイが手紙を開くと、そこには「城下町の視察」と書かれていた。
「視察……?」
彼が首を傾げると、ケイルは丁寧に説明を始めた。
「君には、訓練だけでなく、この国を知ってもらう必要がある。民衆にとって君は“英雄”だ。だが、その存在をただ遠くから仰ぎ見るだけでは、心からの支持は得られない。」
ケイルの声は冷静だったが、その言葉には少しだけ熱がこもっているように感じた。
「僕が……英雄?」
レイは自分を指差し、戸惑いを隠せない様子だった。
「そうだ。そして君自身も、この国の民がどんな人たちで、何を願い、どんな生活をしているのかを知るべきだ。それは君が戦場で戦う意味を見出すためにも必要なことだ。」
ケイルの説明は理にかなっていたが、どこか押し付けがましさも感じられた。だが、レイはそれを拒むことなく、ただ静かに頷いた。
「君には、訓練だけでなく、この国を知ってもらう必要がある。」
ケイルがそう言う声には、少しだけ力が込められていた。
彼にとって、レイは単なる「国の兵器」ではなかった。むしろ、その存在は希望そのものであり、この国の未来を背負う英雄だと信じていた。
(この国は長らく戦争の影に覆われてきた。だが、君がいれば変えられる──そう信じているのは、民だけではない。私もだ。)
ケイルは自分の思いを押し殺しながらも、声に出さずにその感情を胸に秘めた。英雄を育てる教育係という役割を与えられたことに、彼は誰よりも誇りを感じていたのだ。
「君がこの国の民と触れ合うことで、この国を守る意味を見出してくれれば、それ以上の喜びはない。」
そう続けるケイルの瞳は真剣そのもので、どこか熱を帯びていた。その思いがレイに伝わったかどうかは分からない。ただ、レイは静かに頷いた。
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