第3話 歴史
翌朝、レイはふと目を覚ました。柔らかな光が窓越しに差し込み、鳥のさえずりが微かに耳に届く。しばらく布団の中でまどろんでいると、扉がノックされる音がした。
「失礼します。」
入ってきたのは数人のメイドたちだった。淡いピンクの制服をまとい、柔らかな笑みを浮かべている。
「お目覚めですね。さあ、こちらへ。」
レイはまだ半分眠ったような意識の中、ベッドから起き上がると、メイドたちに手を引かれた。
「…え?な、なに?」
戸惑うレイをよそに、メイドたちは手際よく彼の寝間着を脱がせ、用意されていた服を身にまとわせた。
「今日はこれがよく似合いますよ。」
一人のメイドがそう言いながら、レイの肩にマントをかける。その動きは慣れたものでありながら、どこか丁寧さが感じられた。
鏡を見ると、黒と金の刺繍が施された装いが、彼の白銀の髪と獣の耳に不思議と馴染んでいる。まるでこの服が自分のために作られたかのようだ、とレイは思った。
「…すごいな、これ。」
素直に感嘆の声を漏らすと、メイドたちは微笑みながら深く頭を下げた。
着替えを終えたレイが食堂で軽い朝食を済ませると、ケイルが迎えにやってきた。
「さあ、今日は一日中訓練です。昨日の結果を踏まえ、いくつか調整を行う必要があります。」
その冷静な口調に促され、レイはついていく。
訓練場に到着すると、昨日の喧騒が嘘のように整然としていた。魔法使いたちは計器の調整を行い、兵士たちは訓練場の外で隊列を組んでいる。
ふとレイは周囲を見渡した後、ケイルに尋ねた。
「ザハルは…いないの?」
ケイルは短く頷いた。
「彼なら戦場に戻りました。元々こちらに戻ってきていたのは偶然ですからね。いつも最前線にいる人です。」
その言葉に、レイは少しだけ残念そうな顔をした。ザハルの笑顔と、あの大きな手の温かさが、なぜか心に残っている。
「もっと強くなれば、また会えるかもしれない。」
そう思うと、自然と気持ちが引き締まった。昨日の訓練場で感じたザハルの言葉が胸に蘇る。
「早く会いたいな。もっと褒めてもらいたい。」
そう思った瞬間、レイの心には純粋な決意が芽生えていた。
訓練の第二部は、実戦ではなく「教養訓練」と呼ばれる座学だった。大きな机と椅子が並ぶ部屋で、レイとゼンが並んで座っている。黒板の前にはケイルが立っており、ローブを翻しながら資料を広げた。
「さて、レイ。この世界のことを少しずつ覚えていきましょう。」
ケイルは落ち着いた口調で話し始めた。その声には、どこか教師然とした威厳がある。
「まずは、我々がいるこの国、『ヴェルダン王国』について。」
ケイルは黒板に国境線を描きながら説明を続けた。
「ヴェルダン王国は、この大陸の西側に位置する国家です。そして、東側にあるのが…」
「敵国、だよね。」
レイがぽつりと言うと、ケイルは頷いた。
「そう、正確には『エストリア連邦』。元は複数の小国家の連合体でしたが、今では統一され、一つの巨大な国家となっています。」
黒板に描かれる地図は、西と東の国境線をはっきりと分けていた。その中央に描かれた山脈が二つの国を隔てている。
「この山脈が、かつて我々の平和を守る自然の壁となっていました。しかし、領土の拡大とともに、両国がこの平野で接触するようになり、争いが始まったのです。」
レイはその地図をじっと見つめた。
「…戦争って、いつから始まったの?」
ケイルは少しだけ眉をひそめた。
「今から約五十年前。きっかけは小さな紛争でしたが、次第に拡大し、現在のような全面戦争へと発展しました。」
「五十年も…」
レイは言葉を失った。
ゼンが隣で静かに口を開く。
「五十年続いているということは、それだけ両国が引き下がれない理由がある、ということだ。」
その低い声に、レイは自然と耳を傾ける。
ケイルは軽く頷き、さらに話を続けた。
「ヴェルダン王国は、英雄と呼ばれる存在に頼ってきました。君たちもその例外ではありません。だが、技術革新においては、敵国が一歩先を行っています。」
その言葉にレイは小さく首をかしげた。
「技術革新って?」
「具体的には、銃火器の開発だ。かつては剣と魔法が主な戦力でしたが、今では敵国が新たな武器を生み出しています。我々が英雄の力に頼らざるを得ない理由も、そこにあるのです。」
ケイルが説明を進める中、レイの心には一つの疑問が浮かんでいた。
「それで、僕たちは…何をすればいいの?」
その問いかけに、ケイルはしばし沈黙した後、静かに言葉を紡いだ。
「君たちは、この戦争の行方を決める鍵となる存在ですなのです。」
そう言って微笑むケイルは2人に大きな信頼を寄せているように見えた。
訓練の1日を終え、レイは部屋に戻るとすぐに机に向かった。影から呼び出したゼンがそばで教本を開き、静かに目を通している。
「はぁ、勉強って大変だね。」
レイがこぼすように言うと、ゼンはページをめくる手を止め、ちらりと彼に目を向けた。
「……必要だからな。」
短い返事だが、その一言には重みがあった。
レイはため息をつきながらも、もう一度ノートに目を戻す。さっきの授業で教えられた世界地図のページを開きながら、ケイルの話を思い返していた。
「ねえ、ゼン。ケイルが言ってた『この戦争の始まり』って、どういうことだと思う?」
問いかけに、ゼンは少しだけ考えるそぶりを見せた。
「……『領土』が原因だと言っていたが、それだけではないはずだ。」
「それだけじゃない?」
レイが首を傾げると、ゼンは教本の一文を指で示した。
『争いの裏には常に、見えない思惑が絡み合う』
「人々が言う理由は表向きのものだ。だが、背後には別の意図がある。それを理解しなければ、この戦争は終わらない。」
ゼンの声には冷静な響きがあり、レイは思わず聞き入ってしまう。
「……でも、そんなの僕には分からないよ。」
「分からなくてもいい。ただ、覚えておけ。」
ゼンはそれ以上何も言わず、再び教本に視線を落とした。その背中には、どこか悟ったような重々しさが漂っていた。
レイはその様子を見て、もう少しだけ頑張ってみようと思い直した。ペンを握り直し、今度は自分のペースでゆっくりとノートを書き進めていくのだった。
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