第7話、もっと近付きたい
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。一緒に食事が出来て楽しかったよ」
結局、運ばれてきたサンドウィッチの半分の量を優は残してしまった。残った分はランスが食べてくれたので問題無かったが、せっかく御馳走してもらったのに……と優の心は晴れない。しかし、休んだ分、体調はだいぶ良くなっていた。
「じゃあ、次は野菜とお肉を買いに行こう」
「はい」
喫茶店から数メートルのところに八百屋があった。そこでも「ランスさん!」と話し掛けられる。ランスは慣れた様子でキャベツとレタス、トマトとしめじ、そしてほうれん草を買った。どれも新鮮そのものと言える程、みずみずしい色をしている。
「あの、俺が持ちます!」
「ユウ……でも、重いよ?」
「平気です。これでも、男です!」
受け取ったビニール袋は確かに重かった。しかし、泣き言を言ってはいられない。これくらい持ってやる! と優は自分に気合を入れた。
「そっちの坊ちゃんはランスさんの知り合いかい? 珍しいね。誰かと来るなんて」
「あはは……」
ランスは曖昧に笑う。いったいこの街の人はランスのことをどう認識しているのだろう、と優は気になった。
次は肉屋に来た。元気そうな中年女性が店の正面に立っている。
「ランスちゃん、いらっしゃい! 今日も鶏肉? だめよ、たまには牛さんも食べなきゃ!」
「おばさん、こんにちは。今日は牛肉を貰おうかな。五百グラム」
「また買いだめ? ちょっとずつ買いに来ればいいものを!」
「外に出る時間が惜しいんだよ」
何だか親子の会話みたいだ、と優は心の中で笑った。
代金と引き換えに分厚い袋を受け取ると、ランスは優に向き直った。
「よし……買い物は以上なんだけど、ユウはもう買い忘れたもの無い?」
「大丈夫です。ありがとうございます」
「それじゃあ、帰ろうか」
「はい」
来た道を二人で辿る。
広場の時計を見上げると、もう午後二時だった。朝から出掛けていたので、かなりの時間、外に居たことになる。途中で休憩もしたけれど、こんなに外に居るのは優にとって本当に久しぶりのことだった。
「ユウ、気分は大丈夫?」
「大丈夫です」
「それ、重いよね?」
「平気です」
「ユウは……頑張り屋さんだね」
「はい……え?」
優はランスを見上げる。彼は目を細めて微笑んでいた。優は照れ臭くなって慌てて言う。
「ふ、普通のことだと思います」
「照れているの? 可愛いね」
「か、からかわないで下さい」
「ごめんね? 怒った? 僕ね、今日は浮かれているんだ」
「どうしてですか?」
「だって、優とデートしているんだから」
――デート?
優の思考は一瞬停止した。デートって仲の良い者同士がぶらぶらするあれだろう、と優は思った。仲の良い……まだ出会って三日目でその表現は早すぎるのではないか。けれど、ランスとの距離に嫌な感じはしない。むしろ心地よさを感じて……もっと近づきたいと思ってしまう。
ああ、これが恋なのだろうか、と優は思った。けれどいけない。モデルと画家の関係を壊しては……。どうしてだか、優はそう考えた。この距離を壊すのが……怖いというのもある。それに、皆に慕われて人気者のランスと家を追い出された身の自分じゃ釣り合わない。そう考えると胸が痛んだ。
「ユウ?」
「いえ……俺も楽しかったです。ランスさんと、その、お出かけできて」
「ふふ。ユウもそう思ってくれているなんて嬉しいな」
商店街を抜けて住宅街を歩く。平日の通りに人は少ない。無言で歩くのも何だか気まずくて、優はランスに話し掛けた。
「ポーンさんとは、ずっと友達なんですか?」
「ポーン? いや、友人になって……五年目くらいかな? 僕が外に出た時、偶然向こうも外出するタイミングだったんだ」
昔を懐かしむようにランスは続けた。
「当時の僕は、まあまあ食べていけるくらいのレベルの画家だったんだ。けど、ポーンに出会ってからは環境がガラッと変わったよ。まさか自分が王宮の絵を描くことになるなんて思ってもみなかった」
「ポーンさんって何者なんですか? 確か、発明家って……」
「いろいろ面白いものを発明しているよ。僕が欲しいなって思ったのは、自動で筆を洗ってくれるマシンかな。あれは笑ったよ……」
ランスは思い出し笑いをして、抱えている紙袋をうっかり落としそうになった。
「けど、桁違いに高くてとても買えないなあ。それから……趣味で魔術の勉強をしている」
「し、趣味で魔術ですか……」
「変わってるだろう? 普通そう言うのって中学生くらいで卒業するよね? ところがポーンは出来ちゃうんだよ魔術が……これは、僕しか知らない秘密なんだ。国王様もこのことは知らない。だって、そんな非現実的なことを起こしてしまう人間がいたら、きっとポーンは国王様に神か何かに祭られてしまう」
「でも、それって良いことなんじゃないですか。凄い名誉って言うか……」
「ポーンはそういう型にはまるのを嫌うんだ。だから今も自由に発明の研究をしている。そういう奴なんだ、彼」
「へえ……」
「まぁ、その魔術のおかげでユウに出会えたんだから、そのことについては感謝だね」
ランスは微笑む。それは心の底からの笑みのようで、それを見た優はとても照れ臭くなった。
「あ、デートかい? お二人さん!」
「おや、噂をすればなんとやら」
「ですね」
「何だい? 俺の噂をしてたのか? どうりでさっきからくしゃみが止まらないわけだ!」
笑いながら、ポーンはランスの肩を豪快に叩いた。ポーンも大きな包みを抱えている。買い物の帰りなのだろうか。
「今、帰り?」
「そうそう。ちょっと部品を買い足しにな!」
「次はどんなものを開発してるんだい?」
「それは完成してからのお楽しみだ! ……ユウ、元気か? この世界には慣れたか?」
「はい。とても……生きやすい場所ですね」
「そいつは良かった! 良いか? 困ったことがあったらお兄さんにすぐ相談するんだぞ?」
「おじさんの間違いじゃないのかい?」
「失礼だな! まだ二十八歳だ! それに俺がおじさんなら君もそうだろう!」
「それは確かに」
「えっ。同い年なんですか?」
「ああ、偶然にも」
「ユウ、俺の方が若く見えるだろう? な?」
「いや、僕の方が若く見えるね?」
「そ、そう言われても……」
二人に同時に問われ、優は苦笑した。つられて二人も笑い出す。
――ああ、友達って良いな……。
部屋に閉じ込められていた優に、冗談を言い合えるような友達は居ない。ランスとポーンの関係に優は羨ましさを感じた。
――恋人は無理でも、友達にならなれるかな……?
優はひっそりとそんなことを考えていた。少しでもランスに近付きたい。その思いはどんどん強くなる一方だ。
「……頑張らないと」
小さく呟いた優の言葉は二人に届かなかったようで、ランスとポーンはまだ言い合いをしていた。
「あっ、ランスさん、お肉が腐っちゃいます!」
ランスが片手に持っている肉の存在を思い出した優は慌てて声を出した。それに二人は反応して、冗談を言うのを止めた。
「それじゃ、途中まで一緒に帰るか!」
「あーあ。せっかくユウと二人っきりでデートだったのに」
「ら、ランスさん……」
「ははは! やっぱりそうか! いいぞ、君らは似合ってる!」
「ポーンさん!」
笑い合いながら、三人は帰路についた。大荷物を抱えた三人の足取りはゆっくりで、家までの距離がとても長く優は感じた。
――こんな時間がずっと流れていればいいのに。
優は二人に相槌を打ちながら、そう思った。
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