第15話 あの味は一体?
それから数日、またいつものように放送をする。
「明日も、死体が降ってくるでしょう。それでは、良い天国生活をっ!」
やはり、あれから
今までだって、一人暮らしをしていたはず。それなのに、"ひとり"がとても寂しくて辛い。
苦しさを紛らわせるように、私は今日も沈丁花のところに足を運ぶ。いつもとは違って、冷たい風が頬を撫でた。
そして、母の残したメニューを頼りに紅茶のメロンパンといちごジャムのうさぎパンを作ってみた。
しかし、どうにも味が違う。それにもっと生地は、ふわふわで柔らかなものだったはず。
そうして何度も、母の味のパンを作っては食べてを繰り返した。
何度目かのやり直し。半分諦めモード、半分やり遂げたいモード。なんとか早く近しいものを作らなければ、諦めモードが勝ってしまいそうだ。
出来上がったばかりで熱々のパンを、パクりと頬張る。熱でふくよかになった小麦の味が、口いっぱいに広がった。
なんとなくそれに近いが、どこか遠い。書かれた分量通り、書かれた時間通りに焼いているはず。
それでも何かが足りない。
「ん〜、甘さ? 何が足りない?」
白のパン屋の中で、作ったパンを頬張る。ベルの音を立てて扉が開いた。
厨房から顔をだして、きた人を確認する。
「神様……」
「
神様は、中に入ってきて周りを見渡す。……しかしお目当てのものがないのか、背中を向けて出て行こうとした。
「あ、あの? 何をお探しでした?」
「ノートを知りませんか?」
ノート。それは、あれしかないだろう。しかし、それを渡すのは少し躊躇うものだ。
「知ってます……けど」
「そうですか。紗夜さんもそろそろですよね? お迎えが来てからでいいですよ」
一礼をして、白いパン屋から出ていく。カランっと乾いたベルの音が、静まり返った部屋に寂しく響く。
(そうかぁ、私もそろそろなのかぁ)
ここにいたのは、まだ1ヶ月もいない気がする。就いた職が良いのか悪いのか、もうお迎えが来るそう。
特にひとり残された私は、何をするでも無い。美味しい味はするけど、紬の味とは遠いパンを食べる。
もう彼女はここにいない。そして、私ももうこの世からいなくなる。
『自分を忘れるのは、寂しい』が、今になって痛いほど胸に刺さる。締め付けられる苦しさを感じて、上を向いた。
白い天井に、何か紙が貼り付けられているのを見つけた。ピンク色のマスキングテープで、白色の封筒が貼り付けられていた。
椅子を持ってきて、その上に立つ。ぺらっと剥がして、明日からゆっくりと降りる。そして、その椅子に腰をかけて封筒の中を開いた。
――私の味は、私だけのもの。あなたの味は、あなただけのもの。味ひとつでも、覚えててくれる人がいるということは、
誰宛というわけでもなさそうだ。それでも、自分のメニューを見て作った相手にだろう。
紬は、ここで存在を残していった。
……私は?
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