第14話 天使のお迎え。


 どうやら、つむぎはお迎えが来たのだろう。床で崩れたまま、私は動けない。



 ぐしゃぐしゃになった顔をあげて、深呼吸をする。




「お母さん……」



 壁を作らないと、こうなることはわかっていた。作っていたはずなのに、どこかで私は彼女のことをそう思っていたのだろう。





 紬の優しい文字で、紗夜さやと書かれている。それが、私の心に落ちてくる。今更だ。そう思っていたのは、どこの誰だろうか。




 背中を向けて、私はこの店を出る。桜町に戻って、放送室に入った。いつものように、椅子に腰をかけて外を眺める。この天国に入国する人の数も多いが、その分出国していく人もいる。

 ここは、徳を積む場所。あれだけ人当たりのいい人は、たくさんの徳によって、いい生活を送れるだろう。



 ぼんやりとした頭のまま私は、甘くも爽やかさのある香りが外から入ってくる。その香りに、思考が動き出す。今の私ができることは、紬の次の生活がいいものであることを祈ることしかできない。




(あぁ、あの紅茶のメロンパン。美味しかったなあ)




 こんな時でも、人間の時のようにお腹が減る。鳴るお腹に目を瞑って、私は一緒に見た沈丁花の前にきた。




 大きな葉に包まれた桃色の花。撫でれば、軽くしなる。花が揺れて、香りを撒く。寂しさと共に、後悔も私を襲う。



 『私を忘れてしまう。そんなの、寂しいじゃない?』と言っていたそれは、忘れるのは全員。そして、ここで奇跡的に出会えたというのに。

 なぜ自分は、こう後悔することをしてしまったのだろうか。



 香る沈丁花の香りが、私に纏わりつく。それが、何だかそう言われているように感じた。




 天使のお迎えが来る前は、本人だけしか感じない普段とは違うことが起こるらしい。しかし、紬は私にそれを教えてはくれなかった。

 静かに、私に別れも言わずに天国を去ってしまった。



(お母さん、ありがとう)



 今日何度目かの、"ありがとう"を伝える相手不在のここで伝える。


 

 

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