第13話 伝えられていない。


 また、あれから数日。


「明日も、死体が降ってくるでしょう。それでは、良い天国生活をっ!」



 今日も私は、放送をする。これの繰り返しだ。毎日のことで、慣れた。――というよりも、飽きた。




 そして、言われていたように高時給なお仕事でおはじきお金は余りに余りまくっている。

 特にここでの娯楽は、あまり無く使い道がない。



 これが、生きている時であれば。もっと、やりたいことがたくさんあったはずなのに。




 たまに、つむぎと隣町へ行ってお酒を嗜んだりもする。その時ぐらいにしか、使わないのだ。




(ちょっと、町長の気持ち……今ならわかるかも)



 そう思いつつ、今日も扉の外を眺める。なんだかんだで、ここからの景色が好きだ。

 のんびりとしていると、紬がいつもやってくる。




 ……放送から何分経っても、紬が来ない。こんな日は、ここで出会ってから初めてのこと。




 不思議に思い、私は桜町を降りて白いパン屋の戸を叩く。戸についた鈴の音を鳴らして、中に入った。




「紬さ〜ん?」



 中から返事がない。静まり返った部屋に、水が滴る音が響く。厨房を覗いても、紬の姿はない。



 パンの薄くなった香りがする。厨房の作業台の上には、散らばった小麦粉の下に何かが隠されている。

 私は、作業台に降りかかった小麦粉をはらった。




 小さめのノートが何冊か出てきた。一冊ずつ、ページをめくって中を見てみる。



 メニューが載っている。作り方が丁寧に、可愛らしいイラストを添えて書かれていた。


 

 最後のノートには、私のことが書かれていた。




 私を産んだ時のこと。過ごした少ない日々。その後の紬の生活。こちらで会ってからのこと。



 書かれている文字に、母の愛を感じる。温もりさえも紙から伝わってきそうだ。




 


 ――産まれてきてくれて、ありがとう。私を選んでくれて、ありがとう。




 



 最後は、そう綴られていた。




 震える指で、『ありがとう』をなぞった。膝から崩れ、私は立っていられなくなる。




(まだ、私。伝えられていない……)





 胸にノートを抱えて、頬を止めどなく涙が伝った。



 



 

 

 

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