第11話 沈丁花。


 少し落ち着いたつむぎが、抱きしめていた腕を緩めて離れていく。

 真っ赤になった目と鼻の顔で、再度笑いかけてきた。




ここ天国で、だったとしても 会えて良かった!」



「ある意味、本当の天国ですね」



 そうして、桜町の入り口をくぐった。天国に入国したすぐの街とは違って、古民家のような家が立ち並ぶ。

 古い田舎ぽい雰囲気に、なんだか落ち着く。



 入り口すぐのところに、大きな文字で『放送室』と書かれた家が目に入った。平屋で、大きな扉が開かれており風通しが良さそうな造りになっている。



紗夜さや。こちら、桜町の町長さん」



 白い髭に杖をついた、いかにも町長といった見た目をしている。ヨボヨボと歩いてこちらに近づいて、腰を数回叩いた。目を細めて、優しいおじいさんの顔をする。



「桜町の町長です。しかし、そろそろお迎えが……」



 言い方がまるで、死のお迎えのように言う。少し空を見上げて、楽しみにしているように見える。




「町長は、輪廻転生したいのですか?」




 町長は、理解できないといった表情でこちらを見つめてくる。そして、杖で地面を数回叩く。



「君は、わかってないね。人生をいちからやり直せるんだ、そんな嬉しいことはないんだよ」




 細めていた目を開いて、眼力で私に訴えかける。圧に辿々しくなる私の間に、紬が間に入った。身体を視界にねじ込み、私の目の前に立った。


 手を腰に当てて、腰を折っている町長と視線を合わせる。




「自分を忘れて、新しい自分になって喜ぶのは人生を謳歌した人だけ。そういう人のところに輪廻転生のお迎えがくるのですよ!」




 『自分を忘れてなんて、寂しい』そう思っているうちは、まだ人生を謳歌できていないのだろうか。紬の言葉が、私の中で響く。

 じわっと広がるこの気持ちは、何だろう。この気持ちに言葉を割り当てられない。




「まあ、天国で楽しむのがいいさ……」



 町長は、杖をついて私たちに背を向けて自分の家に帰っていった。本当に、ただの町。今でも生きているような気さえしてしまう。




 紬は、私を町の中を案内してくれる。この町は、桜の咲くいい季節の気温だ。暖かい風に、甘酸っぱい花の香りがする。

 その花の香りを、スンスンと楽しんだ。



沈丁花ジンチョウゲの香りだねぇ」



 私の視線より少し低い低木が、可愛らしい桃色の花を揺らしている。その香りに誘われるように、沈丁花に近づいた。

 大きな濃い緑色の葉っぱに、包まれた花を指先で撫でる。




「花が綺麗に咲いてるなんて、想像される天国って感じ」



「ここは、特に天国って感じの風景かもね」


 


 沈丁花を見つめる紬は、儚げだ。


 

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