第10話 お母さん?


 うっすらと開いた唇からは、消えた言葉は戻ってこなかった。



 私よりも先に、つむぎが私の名前を呼んだ。その声に、違和感を感じて唇と紡ぐ。

 泳がせた視線を紬に合わせ、じっと見つめる。



「あなたが、お母さんってこと?」




 もうほぼ答えは出ている。それでも、ちゃんと答え合わせをしたい。……正直、それをしたところで。ではある。



「……おそらくね?」



 眉を下げて、立ち上がった。そして、白のノースリーブのワンピースをヒラリとなびかせた。

 風が優しく吹く。ショートヘアの髪によって、表情が埋もれてしまう。下がった眉は、今はどのような表情になっているか分からない。



紗夜さや。もしあなたが、私の娘だったとして……」



(娘だったとして……?)

 


「だからどうしたって思いますね。今更とも思うけど、私は私で幸せでしたし」



 私は、数歩歩いて紬の前に立った。もう目の前に『桜町』が見えている。

 桜町というだけあって、大きな桜の木がたっている。ヒラリと、可愛らしい薄い桃色の花びらを散らす。



 手のひらに一枚、桜の花びらが落ちてくる。その花びらをふっと吹いて、飛ばした。



「まぁ。でも、ここで会えたのは何かの縁ですかね?」




 振り返ると、静かに涙を流している紬がいる。指先で、涙を拭って私のことを抱きしめてきた。

 苦しいぐらいに抱きつかれ、肩に乗せられた顔からは涙で冷たくなる。




「紗夜〜〜!! ごめんねぇ!」




「あ、うん。気にしてません」



 ちょっと冷たい反応かもしれないけど、本当に気にしてない。……そういう壁を作らないと、耐えられないだけかもしれないけど。



 泣きじゃくる紬の背中を、ポンっと手を置いた。泣き声に混ざって、"ごめん"の言葉を連呼している。



 

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