第9話 まさかの出会い!?


「私は、つむぎ。生前、パン屋をしてたの!」


 だからここでも、と言いたげに自分の店を指さす。自慢げにしつつも、私に手のひらを差し向けられた。

 


「私は、紗夜さやです」




「……え!?」



 紬は、私の名前を聞いてかなり驚きを見せる。目を見開き、口をあんぐりと開けた。




 そのまま固まる紬の目の前で、手を振ってみる。……反応なし。それほどに、驚いているようだ。

 今度は、肩をトントンッと叩いてみた。その衝撃に、言葉を失っていた紬が動きだす。




「はっ! ごめんね、紗夜って……私の娘の名前と同じでね!」



「私の母とは、小さい頃に離れ離れになって……名前も分からないんです」




 私の母は、若くして私を産んで預けられたのだ。母の顔も名前も知らない。

 早くに社会に出て、働き始めた。職場に恵まれて、不自由なく生活を送れていた。

 毎日、辛いと言いつつも家に帰ってからの楽しみもあった。



 そんな普通の生活を送っていた。そして気がつくと、どこか存在しないものとして今まで来ていたのだ。

 今更、『寂しい』なんて感情はどこか過去に置いてきていてよく分からない。



 紬は、少し目に涙を浮かべて少し間を空ける。私の手をサッと取って、手を引かれた。



「そ、そう……じゃあ、紗夜。桜町まで案内してあげるね」



 私は、引かれた手に連れられて桜町に入っていく。その暖かな手に、何か思い出せそうになる。



(さっきの発言に、態度……もしかして?)



 私に向けた背中が、なんだか寂しさを醸し出している。なんだか、触れば割れる泡のよう。自分からは、触れられない。

 


 何も会話のないまま、歩き続ける。静寂が、私たちの空気を飲み込んでいる。



 歩けば歩いた分だけ、その分重たさを増していく。水中を歩いているような、重たさと苦しさを感じる。




 苦しくて、足をぴたりと止めた。止まった私を振り返り、下を向く私の視線に合わせてくる。

 しゃがみ込んで、私をグッと見上げて優しく微笑む。




 その笑みが、そうであると言っている。




 口の中で言葉が消えて無くなっていく。言いたいこともあるのに。

 視線を巡らせて、合わせられた目から逃げる。



 口を少し開いて、消えて無くなった言葉を必死にかき集める。



「……っ」




「……紗夜?」



 先ほど呼ばれ時とは、違う呼び方。それに、なんだか違和感を感じてしまう。



 ――違う。



 

 

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