第8話 あれが街?


 あんぱんを頬張りながら、周りを見渡す。

 しかしあたりには、このパン屋さん以外に何もなさそうだ。

 目を凝らすと、小さな山の頂上に提灯が光っているのが見える。



「あれが、街かなぁ?」



「あれはね、桜町だよ!」



 中にいたはずの、店主が私の隣に立っていた。いるとは思わず、驚きで飛び上がった。



 店主は、手を合わせて"ごめんね"と仕草をしてくる。驚きでドキドキとした心臓に、手を当てて落ち着かせようとした。



「び、びっくりしました!」


「ごめんね〜! 桜町には放送室があったり……」


「放送室!?」



 私の職場になる場所だ。探さなければいけない場所の名前が飛び出てきて、思わず顔を近づけてしまう。

 察しのいい店主は、今の言葉で理解をしてくれた。



「もしかして、今日の放送の?」


 

 私は、首が取れそうなほど縦に振る。真剣な顔をして店主は、私の肩に手を置いた。



「じゃあ、すぐに行ってしまうのね」



 どうやら『天国の天気予報士』というのは、人気職らしい。なぜなら、すぐに輪廻転生の順番が回ってくるのだそうだ。



「そうなんですか! ……でも、天国も味わいたい……」



 店主が首を振って、大きなため息をついた。肩に置かれていた手を外して、項垂れてしまう。

 その反応に、私の頭ははてなを浮かべた。無意識に、首を傾げしまった。

 


「天国と言っても……働かないとだし、特にいいことってないかなぁ……」



「あぁ……それは、そうですね。働きたくないです」



 項垂れた頭を持ち上げて、今度は腕を組んで頷く。生きていた時の記憶に、思いを馳せる。

 そういえばと、私はあることを思い出した。



(桃の缶チューハイ、飲みたかったなぁ)



 甘めで程よく酔いが回り、甘いドラマと相まって甘々な空間に酔いしれる。

 その非日常が、日常の辛さを紛らわせてくれるのだ。どうせなら、あの時間を最期に味わってからが良かった。




「桜町はね、いい町だよ。あの町に拠点を置くと、お迎えも早いし!」



 天使がお迎えに来てくれると、輪廻転生ができる。そのために、ここ天国で徳を積むのだ。

 そのが、なのだが。しかし、そのお迎えの早いとされる『桜町』。その街が目と鼻の先にあるのに、わざわざこの人気ひとけのない場所を選ぶことに疑問を感じる。



 

「じゃあ、あなたはなぜここに?」



「うーん……自分を忘れて新たな自分に。なんだか、寂しくない? 輪廻転生して、いい人生を送りたいとも思うけど」



 私は、その先を楽しめるとのままである前提でなぜかいた。



(確かに、前世の記憶なんて無いもんなぁ)




 空を見上げて、深呼吸をした。



 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る