第14話 とんでもないものを学校に持ち込んだ結国さん
勢いよく流れ出る水流に手をかざし、そのまま石鹸をつけてゴシゴシと洗う。用を足した後に手を洗うことは人としての最低限のマナーと思っている。それにこの後お弁当食べるし。
石区さんからの夏祭りへのお誘いを承諾してから2日ほど経った。数日経てば少しばかり落ち着くんじゃないかとは思ったものの、未だに石区さんの顔が直視出来そうにない。
もっともそれは向こう側もそうらしい。挨拶する時なんか、赤い顔して目を逸らされることが殆どだった。向こうも色々と恥ずかしかったのだろう。
・・・・・・その影響と言ってはなんだが、昨日と今日は石区さんの陰謀論をまだ聞いていない。こんなこと初めてなので謎に緊張してきたよ。
願わくばこのまま陰謀論抜きの学校生活を送りたい。そしたら大分幸せなんだがなあ…………
結国さんは極右思想を語ってくるものの、その頻度は石区さんと比べれば圧倒的に低い。
鍬鋤さんは一度俺に極左思想を吹き込もうとしてきたものの、あれ以来彼女に話しかけられた事はない。
つまり、石区さんの陰謀論の頻度さえ下がれば俺の心労も大分マシになるというわけだ。改めて見ると大分頭のおかしい高校生活送ってるな俺。
今日も石区さんと顔を合わせられないまま、時刻は昼休み開始の時間を示した。ささっとトイレから出て教室へと向かう。
そういえば、石区さんのことで頭いっぱいで忘れていたが、今日は手荷物検査の日である。毎月の中頃に開催されるこの行事は、俺だけでなく他の学生にとっても憂鬱の種であった。
なんせカバンの中を開けさせられて、中の物を見られるのだ。校則違反のものが見つかったら即没収、一体何年遅れてるんだよと言いいたくなる。
生徒側はとにかくこの状況を改善しようと生徒会を通じて抗議しているものの、あれこれ理由をつけられのらりくらりと躱された挙句、校則違反をする方が悪いと言って見直しすらしないと言ったら現状だ。
思えば、俺が鍬鋤さんに投票したのもコレ絡みだったなぁ・・・・・・なんというかこの状況を変えれそうに見えたから投票したことを覚えている。実際は超が付くほどの極左で世界革命を目論むやべえ人だった訳だが。
そんな憂鬱な出来事を思い出してトイレから出る。とぼとぼと教室へと続く廊下を歩いていると、何やら小柄な少女が歩いてくるのが見えた。結国さんだった。
普段は道端に咲く花のように、優しそうな笑みを浮かべている彼女なのだが、今日は少しばかり様子がおかしかった。いつもおかしいと言われればそれまでだが。
彼女の顔は真っ青に染まっており、表情もどこか深刻そうに見える。俺は石区さんの例もあって、何かあったらまずいので声をかける事にした。
「えっと、結国さん?なんか体調悪そうに見えるんですが・・・・・・」
「・・・・・・政無くんですか・・・・・・大丈夫ですよ・・・・・・」
明らかに大丈夫ではなかった。どこか声にも元気が無いし、そもそも俺の目を見ようともしないのもおかしい。絶対に何か隠している。
「とてもそうには見えません。何か隠していることでも有るんですか?」
俺がそう問いかけると、彼女は数巡ほど迷ったようなそぶりを見せた後、俺に話しかけてきた。
「・・・・・・それじゃあ・・・・・・少し、着いてきてもらえますか?」
そう言って彼女は、俺の手を引いて近くの空き教室まで引っ張って行った・・・・・・・・・・
ーーーーーーーーーーーーー
「えっと、それで・・・・・・結国さんが隠してる事って・・・・・・」
今はもう使われていない空き教室、そこに俺は結国さんによって連れてこられた。どうやらここに彼女が見せたいものがあるらしい。彼女は自身のカバンを漁って何か出そうとしている。
「政無くん、今から出す物を絶対に他人に口外しないでください」
「はい・・・・・・わかりました」
いつに無いぐらいに真剣な表情の彼女に、思わずたじろぎながらも返事をする。俺の返答を聞いた結国さんは、そばに設置してある机の上にカバンから取り出した物をゆっくりと置いた。
・・・・・・それは、細長い木の棒のように見えた。少しばかり湾曲していて、長さはおおよそ30センチ、学校に置いてある大きな定規と似たようなサイズ感だった。
俺にはそれに見覚えがあった。確かたまたま見ていたテレビで流れていた任侠映画で、武器として使用されていた代物・・・・・・ドスであった。
「・・・・・・は?」
目の前の現実を現実として受け止めたくない。なんでこの人学校に凶器持ってきてるの?それも手荷物検査の日に!!ぶっちぎりでイカれてやがる。
「……教科書と間違えて……家に置いてあったのを持ってきてしまいまして……」
なんで教科書とドスを間違えて持ってくるんだこの人は。シルエットからして違うだろうが。
そもそもなんでそんなものが家に置いてあるんだよ。実家がヤクザか何かか?いやヤクザですらそこら辺にドスを置いたりしねえよ。
「……なんで、そんなもの家に置いてあるんですか……?」
思わずそう聞き返してしまう。もうなんと言うか少しでも目の前に広がる光景を理解しないと訳が分からなくなりそうだった。
「何かあった際にいつでも切腹出来るように置いてたんです……それが今日の朝はドタバタしていまして……」
よりにもよってこれの用途が切腹用かよ!!お前は武士か何かか!!
「な、なんで切腹用の刀とか持ってるんですか……!?というか、なんで切腹なんかしようとするんですか貴方は……!?」
「すみません……私がもし国を裏切るようなことをしてしまった際に死んでお詫びするために持っていたのですが……まさかそのせいで法律を破ってしまうなんて……」
今令和だよな?なんでこの人感性が坂東武者なんだよ。悪いことしたら腹切るとか鎌倉時代の武士ぐらいだぞなんで現代でこういうことやってるんだよ。
「私が産まれて以来、最大の失敗です。もう私には腹を切るしか……」
「切らないでいいから!!今時切腹なんてしなくてもいいから!!」
机の上に置かれたドスを取ろうとする結国さんを全力で制止させる。ヤバイよこの人、下手したら目の前で腹を切りかねない。
「止めないでください!!もう私にはこうするしかないんです!!切腹しても無駄な脂肪が出てこないように鍛えてますし、準備は出来てるんですよほら!!」
明らかに混乱している様子の結国さんが、突如として制服を捲りあげた挙げ句、俺の右手を掴んで自身の腹に押し付けてきた。
俺の手のひらに、結国さんの柔らかい感触とその下にある筋肉の感触がダイレクトに伝わってくる。彼女の言う通り、鍛えられている女性のお腹だった。
……なんだ、この状況。捲られたところから綺麗なくびれとおへそが見えて目のやり場に困るんだけど。俺の頭もこのわけ分からない状況のせいでショートしそうになっていた。
「あっ、あの!!結国さん、どうしたんですが急に!?」
「えっ…………あっ、す、すみません!!」
自分が何をしているのかようやく理解したのか、彼女は顔を真っ赤にして俺の腕を離した。
「すみません私混乱してて……」
「いやまあ……それはいいんですけど……お願いですから切腹なんてしないでくださいよ?」
お互いに顔を赤くしながら話し合う。言いたいことは多々あるが、まずは結国さんの切腹を止めないことには話にならない。話を続ける。
「わざとそれを持ってきた訳ではないんですし、見つからない限り大丈夫ですよ。少なくとも情緒酌量の余地がありますし、どっかに隠しておきましょうよ」
「・・・・・・でも!」
「結国さん。俺、結国さんに死んで欲しくないんですよ。それと、いくら責任を感じたからと言って、そこまでする必要結国さんにないでしょ」
「・・・・・・」
「とりあえずこの教室のどこかに隠しておきましょう。ここには誰も来ませんし、バレなきゃなんとかなりますよ」
「・・・・・・わかりました。切腹するのは止めます・・・・・・」
結国さんは渋々俺の説得を聞き入れてくれた。よかったよ、目の前で切腹なんかされたら一生トラウマになってただろうし、同級生、しかも知り合いが自殺したとか精神がおかしくなる。なにより結国さんに死んで欲しくない。俺はほっと胸を撫で下ろした。
「今日は本当に申し訳ありませんでした。お礼でしたら、私にできる事ならなんでも・・・・・・」
「結構です・・・・・・」
俺は結国さんの申し出をやんわりと断る。ぶっちゃけお礼とか要らないから教室に帰りたかった。
「・・・・・・何かあったら、いつでもお力添えしますからね」
結国さんは俺にそう言って、ドスを部屋の奥に隠した。その後の手荷物検査では、俺と結国さんは特に引っかかることもなく無事にやり過ごす事に成功した。ほんとよかったよ・・・・・・
・・・・・・それにしても、結国さんが制服をたくし上げた姿が頭から離れない。日常生活で見ることの無い、女子のお腹など思春期の男子には刺激が強すぎるのだ。結局俺は悶々とした思いを抱えながら、その日一日を過ごすこととなった・・・・・・
ーーーーーーーーーーーーーー
「ううぅぅぅぅ・・・・・・どうしてあんな事してしまったんでしょうか・・・・・・」
自室の布団の中で激しく悶える。今日の私はミスを連発しすぎた。
自決用のドスを学校に持ってくるばかりか、混乱のあまり無関係な政無くんにそれを見せて、挙げ句の果てに『切腹する用意が出来ている』と言いながら無理矢理お腹を触らせてしまった。
死にたい。今すぐ腹を切りたかったが、政無くんに止められてしまった以上、それも叶わない。家に帰ってきてからもこうして悶えるのが止められない。
「もうこれ以上迷惑はかけられませんね・・・・・・」
これからは、出来るだけ彼の目の前で思想を語るのはやめよう。流石にこれ以上彼の好意に甘える訳にはいかない。私は密かにそう誓った
「それにしても・・・・・・政無くんの手・・・・・・」
へその下あたりに残った彼の感触を思い出す。運動とかしていなさそうな手なのに、ちゃんと男の子らしくゴツゴツしているそれの感触が、今でも忘れられないままでいた。
「・・・・・・何を考えてるんですか、私は」
脳内に浮かんだ邪念を振り払って、強く目を瞑って眠りにつこうとする。出来ればこの感情が明日起きたら跡形もなく消え去っていることを願って、私は眠りについた。
毎日俺の隣で陰謀論を囁く石区さん @guripenn
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