第13話 色々と約束する石区さんと政無くん
「政無くん、いつも以上に元気が無さそうね」
「まあ色々ありまして・・・・・・」
犬を探して鍬鋤さんに極左思想を吹き込まれた翌日、俺は隣の席に腰掛ける石区さんと弁当を食べながら会話していた。これから陰謀論とその他思想を抜いた生活を送りたい。
最近の俺は立て続けに極端な思想の持ち主に出会ってしまったせいもあってか、石区さんの陰謀論に対して少しばかりの耐性が出来たようにも感じる。俺っていつの間にかゴキブリに進化していたのか?
まあそれでも彼女の陰謀論は全く理解できんし、聞くとものすごく疲れるんだがな、改めてどうなってんだ俺のスクールライフ。
俺が今後の学校生活に莫大な不安を抱いている時に、石区さんはいつものように陰謀論を語り出した。よくネタが尽きないなこの人、普段何考えて生きてんだ?
「政無くん、最近大豆で出来た食品がよく流行ってるでしょ?」
「いやまあ、そうですが……」
俺が相槌を打つと、石区さんはここからが私の言いたいことだと言わんばかりの顔で話を続けた。
ドヤァという効果音が聞こえてきそうな顔だなホント。
「実はね、今流通している大豆の殆どは違法な品種改良が施されていて、食べ続けていると性別が女性に変化していくの」
お前それ大豆農家の皆さんの前で言ったら畑の肥料にされるぞ。あとなんで大豆を食べるだけで性転換するんだよなに入ってんだよそれ。バカなエ⚪︎漫画の設定か?
「まず、最近の研究で大豆イソブラボンを摂取したオスのナマズがメスになった実験は知っているわよね?」
初耳だよ。なんでナマズの話がここまで飛躍してんだよ、空飛ぶ魚はトビウオだけでいいんだよ。
「農林水産省はこの研究結果を見て、人間の男性でも性転換可能な様に品種改良した大豆を、既存のものと偽って流通させてるの」
農林水産省って狂人とバカの集まりなのか?もしくは農林水産大臣が性転換好きの変態かのどっちかだろこれ、この国が心配になってきたわ。
「既に国内産の大豆は9割近くこの大豆に置き換えられてしまっているわ。日本中で男の人が性転換し始めるのも時間の問題なの」
やだよそこら辺を歩いてるおっさんが急に女体化するのが全国規模で起こるとか。ある種の地獄だろこれ。これで喜ぶの一部の変態だけだろ。
「なんで多くの男性を性転換させようとしてるかと言うと、近年の男女対立の最終的解決のためよ。全員同じ性別になればこんな無意味な対立なんか起こらないといった寸法ね」
解決策がまるでゴキブリが出たから家ごと焼き払うみたいな雑さ。おまけにもはや恒例と言いたくなるレベルの回りくどさ、これぞまさに石区さんの陰謀論である。
……俺の脳にこんな感想が浮かんでくるぐらいには、俺も石区さんに毒されてきたな。精神科行くか。
「現在政府はこの大豆を海外の男女対立がひどい地域へと輸出することを目論んでいて、最終的に地球上に存在する人間の性別を一つに統合しようと計画しているわ」
少し前のSFの敵が大層な理論を振りかざして主人公に語ってそうな計画だな、主人公に論破されてボコされちまえ。
「その後は女性に男性機能の一部を移植することで女性同士の生殖を可能にするの。こうして少子化問題を解決していくつもりなの」
やっぱりこれ考えた奴変態か何かだろ。嫌だよ石区さんが変態とか、いや陰謀論者の方が嫌か。
「どう?今回の話は?」
「えっとまあ、よかったです」
俺は普段より若干適当に返事をする。なんと言うか、最近になってどのぐらい労力を使わずに返答できるかの塩梅が分かってきた様な気がしてきた。
「・・・・・・やっぱり、元気が無さそうな様子ね」
「少し寝不足でして・・・・・・」
咄嗟に嘘の混じった言い訳を吐く。わざと適当に聞いてましたなんて石区さんに言える訳ないし、わざわざ言う必要もないだろう。
「・・・・・・そう、体調は崩さない様にね・・・・・・」
なんか石区さんに体調の心配をされた。石区さんに無駄な心配をかけてしまったと少し反省する。体には気をつけよう。
「そういえば、もう7月だったわね」
「時の流れは早いですね・・・・・・」
確か石区さんに初めて陰謀論を語られたのが5月の後半だったから、もうすぐで2ヶ月を過ぎる計算になる。よくこの期間に発狂しなかったもんだと自分を褒めたくなったよ。
「それで・・・・・・夏休みなんだけど・・・・・・」
ん?なんか嫌な予感がするぞ?
「もし・・・・・・政無くんがよかったら・・・・・・」
石区さんは俺から目を逸らし、若干照れたような表情で何かを告げようとしていた。
これって・・・・・・まさか、夏休み中まで陰謀論を聞かせるつもりか!?
俺の背筋に尋常じゃないぐらいの寒気が走る。異常とも言える猛暑の影響で、例年より低く設定されたクーラーの風が、今は恨めしく思えた。
石区さんは何か葛藤でもしているのか、中々次に来る言葉が口から出ずにいた。どうせだったらこのまま話さないでくれ。
「えっと・・・・・・だから・・・・・・その・・・・・・」
肌感覚でおおよそ数分、石区さんは長いとも短いとも取れる葛藤の果てに、意を決した様に俺と目を合わせてきた。
ついに来るか・・・・・・覚悟しなきゃ・・・・・・
「今月末に、町の花火大会があるじゃん?そこでなんだけど・・・・・・」
・・・・・・ん?
「一緒に、夏祭りとか行かない?」
「・・・・・・へ?」
自分でもよく分からないような声が出てきた。てっきり『夏休み陰謀論耐久1ヶ月!!』とかやらされるんじゃないかとヒヤヒヤしていただけに、肩透かしを食らった気分だ。
しかし・・・・・・夏祭り!?石区さんと!?まさか・・・・・・これって・・・・・・
「えっと石区さん?それってまさか・・・・・・他に誰と・・・・・・」
「・・・・・・政無くんと、2人がいいかなって・・・・・・」
マジか。
「それで・・・・・・どうかな?」
・・・・・・彼女に対する返答が頭から出てこない。俺はたった今石区さんから投げかけられた問いに答えを出せずにいた。
確かに、夏祭りの場でも陰謀論を聞かされる可能性は高いだろう、と言うかほぼ確定で聞かされる。断言してもいい。
だが俺が今の状況に答えを出せずにいるのはこれが原因ではない。なんというか、現実味がないのだ。
今まで散々言っている通り、石区さんは相当な美少女である。もし仮に彼女が陰謀論者じゃなかったら、俺なんか会話すらせずに卒業しているレベルの高嶺の花なのだ。
そんな人と・・・・・・俺が2人きりで夏祭り!?なんというか、嬉しいのか嬉しくないのか自分でもよく分からなくなってくる。
脳裏に石区さんの浴衣姿が目に浮かんでくる。水色で市松模様の浴衣を着た彼女は、陰謀論者であることを加味しても綺麗で可愛く見えた。これは俺の妄想だが、現実も似たようなものだと思う。
石区さんと2人で夏祭りに行けることが嬉しいのか、はたまた夏休みですら陰謀論を聞かされることに辟易しているのか分からない。
俺はどうすればいいんだ・・・・・・
「やっぱり、私と行くのは・・・・・・いや?」
石区さんが少し悲しそうにこちらを見てきた。よく見ると若干目が潤んでるようで・・・・・・
「・・・・・・分かりました。予定開けておきます」
つい、反射的に答えてしまった。
「・・・・・・分かった。楽しみにしてるわ」
俺の返事を聞いて、嬉しそうな顔をする彼女は、なぜだか過去1番といっていいぐらい可愛く見えた。
もし俺が陰謀論者ではない石区さんと出会うことができたのなら、俺は彼女に一発で惚れていたと確信できる笑顔だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「うあああああああ!!!」
ベッドの上で枕に顔を埋めながら私はジタバタする。顔を上げて鏡を見たらきっと真っ赤になった私の顔が映るだろう。
「うううううう・・・・・・」
恥ずかしくて顔を枕から離せない。私の心は大時化の海のように荒れていた。
「・・・・・・明日、政無くんにどんな顔して会えばいいの・・・・・・」
私がこうしてベッドの上で悶えているのも、元はと言えば政無くんを花火大会に誘ったのが原因だ。それも2人っきりで!!
「やっぱり急すぎたかな・・・・・・」
昼間の自分の選択を今になって後悔してきた。流石にいきなり2人きりで夏祭りは早過ぎたように思えてしょうがない。
思えば、私は政無くんのことをどこか特別な存在と認識しているのかもしれない。
結国さんと別れた彼氏を除けば、唯一私の秘密を知っている男子生徒。私の話に毎日付き合ってくれるばかりか、私の体調を見抜いて保健室まで介抱してくれた挙句、プリントを届けるのが目的とはいえお見舞いまでしてくれた。彼には感謝してもしきれない。
政無くんに『石区さんがいないと寂しい』と言われた時であろうか、彼のことが思考の片隅に居着くようになったのは。
もっと深くまで踏み込んでみたい。隣の席で話し合うだけの関係だけじゃなく、もっと深い関係に・・・・・・
そう思って今日、政無くんを誘ったんだった。
「・・・・・・何着ていこうかしら」
私は現実逃避すべくまだまだ先の花火大会のことを考えることにした。どんな浴衣にしようか?彼が喜ぶようなのがいいな。そんなことを考えてまた悶えていた。
彼がどんな服を好むのかは分からない。だから今度、それとなく彼に聞いてみようと思う。
・・・・・・出来れば、彼に似合ってると言われるような浴衣にできたらいいな。
そんな考えが頭に浮かんできて、より一層枕に顔を押し付ける力が増した気がする。
自分の部屋で、異性を想いながら枕に顔を押し付け、時々足をジタバタさせて呻いている。私は今そんな状況だ。
もし他の人が今の私を見たら、きっと私は恋をしてるように見えるだろう。
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