第6話 もちろん自宅でも陰謀論を囁く石区さん2

 「ニュートンのリンゴの木にはね、反重力装置が搭載されていたの」

 

 先日風邪で早退したはずの石区さんは、完全に回復して元の調子を取り戻していた。いいことなのか悪いことなのか・・・・・・いや悪いわ。人類史で稀に見るレベルの絶対悪だよこれは。

 

 というかなんでニュートンのリンゴの木に反重力装置が取り付けられてんだよおかしいだろ。陰謀論は科学に逆らうのがデフォとはいえ、重力に逆らっている奴は初めて見たよ。

 

 「リンゴの木は反重力装置が取り付けられていたせいで、リンゴの実が地面に落ちる時は宇宙に向けてすっ飛んでいたの」

 

 マスドライバーか何かかそのリンゴの木は。自然に落ちるリンゴの実を宇宙に吹っ飛ばすとか強力にも程があるだろ。

 

 というかリンゴの実が宇宙に向けて飛んで行ったら空気摩擦で燃え尽きるのでは?俺の脳裏に地上から宇宙へ向かって飛翔するリンゴが焼け落ちる姿が映る。まるで逆流れ星だな、願い事を逆の意味で叶えてきそうな流れ星は嫌だ。

 

 「ニュートンが今まで落下するリンゴを見て万有引力の法則を思い付かなかったのは、そもそもリンゴが宇宙空間に射出されてニュートンからは見えなかったからなの。反重力装置が故障してちゃんとリンゴが地面に落下するようになって初めてニュートンは万有引力を閃くに至ったの」

 

 アカンもうこの段階で気が狂いそうになる。おおよそ一日以上、昨日の件を無視するなら2日以上陰謀論を聞いていない身には拷問に感じた。もう帰っていいかな?

 

 「宇宙へと打ち上がったリンゴはそのまま月へと激突、月面に大きなクレーターを作ったわ。今の月を見てもうさぎがいるように見えないのはこれの影響なの」

 

 いやまあ確かに月の表面でうさぎが餅ついてるようには見えないけど!いくらなんでもこじつけが過ぎるわ!!

 

 「じゃあなんで今のニュートンのリンゴの木には反重力装置が無いのかというと、各国政府が分解したあとにコピー品を多数製造して、ニュートンのリンゴの木から分かれた苗木に搭載しているからなの」

 

 おい各国政府。何をどうしたら反重力装置を苗木に搭載する発想に至ったんだよ馬鹿しかいないのか?もっとこう、宇宙船とかなんとかに搭載しろよ。

 

 「こうして反重力装置を備えた苗木は世界中に寄贈されて、各国に落ちてくる隕石の迎撃を日夜担っているの。最近では弾道ミサイル迎撃用にリンゴの木が軍艦に植えられる様になったわ」

 

 隕石を迎撃するリンゴの実ってなんだよ。俺の脳にこれ以上訳の分からない情報を流さないでくれ頼むから。

 

 お前のせいで自衛隊の護衛艦のミサイル発射機からリンゴの実がスポーンと飛んでいく様子が俺の脳裏に浮かんできたじゃないか。絵面がシュール過ぎるだろ、どうしてくれるんだよ本当に。

 

 というかその反重力装置は何処から湧いて出て来たんだよ。そしてなんでニュートンのリンゴの木に搭載されていたんだよ、唯のリンゴの木だろ。

 

 「なんでニュートンのリンゴの木に反重力装置が取り付けられていたかは謎よ。一説によると、人類の科学発展を遅らせたい宇宙人の策略ってのと、希少生物保護のため人類科学の後退を引き起こそうとした未来人による仕業という可能性があるわ」

 

 マラソンの開始時にゴールの反対側に突っ走って、そのまま地球一周してからゴールするレベルの回りくどさ。宇宙人も未来人も全員クソバカしかいなくてもこうはならんだろ。科学技術が発展しすぎて判断力がサボテン並みに落ちたのか?

 

 「な、なるほど・・・・・・」

 

 1ミリも納得してないけど、取り敢えず納得した風に装う。一応家に上がらせてもらった上にコーヒーまで頂いているのだから、文句なんて言える訳がない。

 

 一形式だけでもお世辞を言っておく必要があるだろう。俺は続けて口を開いた。

 

 「なんというか、凄いね」

 

 実際凄い、凄い勢いで怪文書が脳内を暴れ回っている。多分確実に夢に出てくる、隕石をリンゴで迎撃する自衛隊のイージス艦が。

 

 「・・・・・・・・・・・・!!」

 

 俺の感想を聞いた石区さんは、口を両手で押さえて驚いた顔をしていた。こんなお世辞まみれの感想の何処に感動する要素があったのやら。

 

 「いつもありがとうね、政無くん」

 

 唐突に感謝された。感謝されるのは別に構わない、むしろ有難いまである。しかしなぜ今急に言い出すんだ?

 

 「今日だって、わざわざ来なくてもいいのにプリントを持って来てくれたり・・・・・・私、政無くんに迷惑かけてばっかりね」

 

 そういう彼女の顔には何処か影が差しているようで、陰謀論を語る時の生き生きとした表情とはかけ離れてるように思えた。

 

 不味いな否定できない。今日の件や毎日の陰謀論などで、彼女は俺に相当迷惑をかけていることになる。毎日の陰謀論ってなんだよそういう雑誌が本当に存在してそうじゃねえか。

 

 毎日陰謀論を流し込まれるのはもちろんキツイし、今日の件だって最初は死ぬほど行きたくなかった。

 

 ・・・・・・でも、それもなんだか悪くない気がしてきた。

 

 今日だってそうだ。一時期命の危険を感じるほど警戒していた石区さん宅だって、蓋を開けてみれば普通だったし、お弁当の時だって別に体調を崩したりすることはなかった。

 

 陰謀論を除けば普通の女子高生なんだ、石区さんは。

 

 「大丈夫ですよ」

 

 俺はそう言って石区さんに向き合う。

 

 「俺、石区さんがいないと寂しいですよ」

 

 嘘では無い。石区さんと話す様になったこの1ヶ月、いろんな意味でドキドキした。初めて女子に話しかけられたし、お弁当だって分けて貰えた。大多数がカスみたいな陰謀論で占められている思い出も、1人でいる時より少しだけマシに思えてきた。

 

 「だから早く学校に戻ってきてください。先生や他の人も待ってますよ」

 

 嘘偽りのない言葉を石区さんに投げ付ける。今まで散々頭おかしいだのなんだの言ってきても、結局のところ俺は彼女のことを嫌いになれないかもしれない。

 

 「・・・・・・わかった」

 

 石区さんはこちらから目を逸らして俯いている。まさか彼女の触れちゃいけないところにでも触れてしまったのだろうか?貧弱すぎるコミュ力のせいで彼女を傷つけたりした訳じゃないよな?

 

 沈黙が2人の間に立ち込める。なんというかこの空気に耐えきれなくなった俺は、立ち上がってレジ袋を置いて帰ることにした。

 

 「それじゃあ、また明日」

 

 「・・・・・・バイバイ」

 

 俺が帰る時も、石区さんは玄関まで見送ってくれた。別れの挨拶を済ませて石区さん宅に背を向け歩き出す。途中、向こう側を振り返ってみたらまだ石区さんが手を振っていた。

 

 遠くから見えた石区さんの顔は、微笑みながらも何処か寂しそうに見えた。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「・・・・・・行っちゃった・・・・・・」

 

 去り行く政無くんの背中を見つめながらそう呟く。あたりはとっくに暗くなっていた。

 

 政無くんの姿が見えなくなってから自室に戻る。部屋のドアを閉めてすぐに、私はベッドに倒れ込んだ。

 

 そのまま枕に顔を埋める。今は誰にも、それこそ自分にも顔を見せたくなかった。

 

 『俺、石区さんがいないと寂しいですよ』

 

 何回も何回も、政無くんの発言が頭の中を廻っている。きっと私の頭からは湯気が出ているだろう。

 

 嬉しかった。私の話を聞いてくれて、何度も何度も助けてくれて。そのことに引け目を感じていた私に『居ないと寂しい』と言ってくれて。

 

 「ううう・・・・・・」

 

 ベッドの上で枕を顔に押し付けながら悶える。胸に秘めたこの想いが何なのかは分からない。ただ、取り敢えず今は胸の中にしまったままにしておこうと思った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 「しっかしまあ、明日からどうしよう・・・・・・」

 

 少し前に太陽が地平線の彼方に消え、代わりに星が瞬き始めた時間帯。街頭の明かりによって等間隔で照らされている道を歩きながら政無明近は呟いた。

 

 「石区さんにはああ言ったとはいえ、毎日陰謀論聞かされたら俺でも頭おかしくなるぞ・・・・・・」

 

 政無は石区に嘘をついたわけではない。それはそれとして毎日の陰謀論はキツいということだ。

 

 彼は来る時より幾分か軽くなった右手で頭を掻きながら、とぼとぼと自宅に足を進める。

 

 「せめて、3日に1回とかにして貰わないと・・・・・・」

 

 政無という人間は、基本的に押しに弱い。誰かに頼み事をされたり、望まれたりしたら断れない性分なのだ。そのくせ自分から行動することが少ないため、彼は今までぼっちとして生きてくる羽目になったのだ。

 

 「なんで俺はこうも安請け合いしちゃうのかな・・・・・・これからはちゃんと断れるようにならんと・・・・・・」

 

 政無は自身の無計画さを反省した。しかし、実際にこの反省が活かされることはおそらくないであろう。

 

 「あーあ、石区さんがもっとちゃんとした人だったら一瞬で好きになってたのになあ・・・・・・」

 

 彼はもうなんか色々なものを呪う。石区さんが陰謀論者じゃなければ、俺がもう少し断れる性格だったら、鈴木先生の髪の毛が全部引っこ抜かれて毛穴からもやしが生えればいいのにと思いながら自宅への帰路を進む。

 

 「もっとまともな人と仲良くなりたいなあ・・・・・・」

 

 心から搾り出された呟きは、星が輝く夜空に消えていった。

 

 

 ・・・・・・政無は知らない。政無の高校には、石区さんと肩を並べるほど頭のおかしい生徒が数名在籍している事、石区と政無の関係がそれらの生徒にバレかかっていること、そしてその生徒らに政無が興味を持たれていることを・・・・・・

 

 

 

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