第5話 もちろん自宅でも陰謀論を囁く石区さん1

石区さんを保健室に運んだ次の日、彼女の姿は教室には無かった。昨日あれだけ高い熱が出ていたんだ、そりゃそうだろう。

 

 専用の用具を持って部活に行く者や教室の中央でだらだら駄弁っている集団、そしてササっと帰宅の準備を済ませる人間が教室にまばらに点在していた。とっくの昔に授業終了のチャイムが鳴って、大多数の人間が家へと帰ろうとしている。

 

 俺は家に帰るべく教科書をバッグの中に詰め込む。今日は特に予定はないものの、それでも家には早く帰りたいものだ。俺は部活動にも入っていないから基本的に放課後は暇だ。

 

 ……繰り返しになるが、今日は石区さんが隣にいなかった。空席の机がいやに目に映る。俺は彼女のいない学校生活に違和感を感じ始めていた。最悪だよ。

 

 朝も昼も陰謀論を聞かされることは一切無かった。当たり前だ、毎日他人に陰謀論を聞かせる人間なんぞ石区さん以外にいてたまるか。

 

 しかしと言ってはなんだが、俺は石区さんの陰謀論を聞かされる日々に慣れてき始めていた。

 

 元より俺には学校で話す相手なんぞ石区さん以外には存在しない。入学して高校2年生になろうが友達の1人も出来なかった。

 

 今までだったら陰謀論を聞かされていたであろう時間帯の空白がどこか周りを遠く感じさせる。

 やっぱり、1人だと寂しい。ただ陰謀論はもうお腹いっぱいだけど。

 

 それにしても石区さんは今頃どうなっているのだろうか?出来れば回復しておいて欲しい、顔見知りが病気のままだと気分が悪い。明日には学校に来れるぐらいに回復していることを祈った。

 

 「おーい、政無。ちょっと頼み事がある」

 

ふと、教卓の方から野太い男の声が聞こえてきた。そちらに視線を向けると、頭頂部の毛が心細い状況になっている中年男性が俺を手招きしていた。

 

 彼は鈴木先生。俺のクラスの担任で、一部の生徒からはハゲだのなんだの好き放題に言われている。

 

 俺個人としては別に悪い先生だとは思わない。良くも悪くも普通と言った感じだ。というか、髪の毛とかのどうしようもない事を槍玉にあげて、悪口だのなんだの言ったりするのは人間として恥ずかしい事だと思う。

 

 しかし、下校間際になって一体なんの用が俺にあるのだろうか?俺は別に提出物を忘れてるという訳でもないし、成績も呼ばれるほど悪い訳ではない。普通オブ普通と言った感じなのに。

 

 兎にも角にも、俺はとりあえず教卓の前まで移動することにした。先生への前まで移動したら、先生がプリントが入っているであろう封筒を渡してきた。

 

 「お前石区と仲が良かっただろ?住所教えるから石区の家まで封筒届けてやってくれ」

 

 その残り少ない髪の毛全部引っこ抜いて、毛穴に豆苗植えてやろうかこのハゲ。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「なんで俺がこんなこと・・・・・・」

 

 コンビニのビニール袋片手に俺はぼやく。既に西日が若干傾き出していた。

 

 あの後俺は鈴木先生に頼まれて、石区さんの家に行くこととなった。今は石区さんの家へ向け、一度コンビニでお見舞い用にゼリーやら何やら買ってから足を進めていた。

 

 あのハゲ、自分で行けばいいものをわざわざ俺に丸投げしやがった。教職は激務とは聞いているがいくらなんでもこれは酷いだろ。もっと髪の毛が薄くなるように呪いでもかけてやろうか?

 

 しかしまあ、これから石区さんの家へ向かうとなると実に憂鬱である。目的地に近づくにつれて無意識のうちに足取りが重くなっているのがわかる。

 

 あ・の・石区さんの家なんだぞ?一体何が置いているのかわかった物じゃないし、そもそも生きて帰れる保証すらない。

 

 玄関のドアを開けた途端にアルミホイルハット姿の石区さんファミリーが顔を出してきたらどうしよう。玄関の横の壁にプロビデンスの目が張り出されていたらどうしよう。

 

 カレンダーに『⚪︎⚪︎山破局噴火まで後△△日!!』とかデカデカと書かれてたらどうしよう。お札とか貼られていたらどうしよう!!

 

 俺は石区さん宅の輪郭すら見えない状況で、人生最大級の恐怖を味わっていた。

 

 「こっちの道だよな・・・・・・ちゃんと帰れるよう目印しとこ」

 

 俺は道の横に生えている雑草の葉を結んで簡単な目印を作った。これと同じものを道中に等間隔で設置しておいたのだ。これで全力疾走で逃げても道を見間違えないってわけよ。

 

 手に持ってるビニール袋の中身だってそうだ。一応お見舞いのために買ってきた代物ではあるが、主な目的はこれと財布の中身を全て捧げて見逃してもらうための身代わりである。

 

 俺は高校2年生にして、己の生存に全ての力を賭ける必要を迫られていた。

 

 1に不安、2に恐怖。3と4飛んで5の後ぜんぶ不安。そんな心情で歩いていたら、いつのまにか石区さん宅の住所に着いていた。

 

 ・・・・・・パッと見は普通の一軒家だ。2階建ての一般家屋からは、特に怪しいだろう所も感じ取れない。だが、家の中を見るまでは分からないのは確かだ。俺は勇気を出してインターホンを押した。

 

 少し間が空いたと思ったら、2階からバタバタと駆け降りる音が聞こえて、インターホンから声が聞こえてきた。

 

 「えっと・・・・・・政無くん、だよね?」

 

 石区さんだ。もう立ち上がれるほどにまで回復していたんだ。少し安堵したが、まだまだ気を引き締めないといけない局面だったことを思い出す。

 

 「先生からプリント持って行くように頼まれまして。ついでにお見舞いしにきました」

 

 よしプリントとゼリーを渡したらとっとと帰ろう。まだ家の中身は見れてはいないが、もしも様子がおかしかったりしたら・・・・・・あまり考えたくない。

 

 「ちょっと待ってて」

 

 インターホンからそんな声が聞こえてきたので、俺は玄関ドアから少し離れる。鍵を開ける音がしたと思ったら少し扉が開いて石区さんが顔を出した。

 

 「えっと、風邪は大丈夫ですか?」

 

 とりあえず今の彼女の状態を問う。これで40度の熱があるとかだったら洒落にならん。

 

 「熱も下がったし頭も痛くないよ。政無くんが保健室に送ってくれたおかげだよ」

 

 「それは自分が勝手にやったことだから・・・・・・あと、勝手に額触っちゃってごめん」

 

 思わず彼女に謝る。結果的に良かったとはいえ、承諾もなしに額を触るなど失礼極まりない行為だった。せめて形だけでも謝らなければ示しがつかない。

 

 「・・・・・・ごめんね政無くん。私、毎回貴方に助けてもらってばっかりで、全然お返しとかできていから・・・・・・」

 

 お返しとか入りません結構です。お弁当美味しかったんでそれでチャラにしてください。仮にまともな物貰ったとしても、それがまともかどうかわかるまでの心労で倒れそうになる。

 

 「それで、もし良かったらの話なんだけど・・・・・・」

 

 ん?なんだか雲行きが怪しくなってきたぞ?

 

 「少し、うちに上がってもらえないかな?」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 上がってしまった。断りきれずに上がってしまった。初めて女子の部屋に上がらせてもらったのに、ここまでテンションが上がらないことがあるだろうか。

 

 俺は2階の石区さんの部屋へと案内され、中央にあるテーブルの前に座っておいて欲しいと言われてここで待機している。彼女はキッチンで何か用意しているようだ。

 

 部屋は綺麗に整頓されていて、所々に女の子らしい飾りが可愛らしく散りばめられていた。正直言ってこんな女の子然とした部屋とは思わなかったので拍子抜けした。

 

 あっ、石区さんが帰ってきた。

 

 「政無くんってコーヒー飲めたかな?飲めるんだったらこれを・・・・・・」

 

 石区さんはトレーにコーヒーカップを2つ乗せて持ってきてくれた。何も怪しいものが入っていないことを祈ろう。

 

 「すみません・・・・・・病み上がりなのにこんなものまで頂いちゃって・・・・・・」

 

 「気にしないで。もう大分動けるようになったし」

 

 そりゃあ良かった。この様子だと明日には学校に来れるなと思いながらコーヒーに口を付けた。

 

 「・・・・・・美味しい」

 

 程よい酸味と苦味、そして芳醇な香りが俺の鼻腔を刺激する。俺が碌にコーヒーを飲んだことないのも相まって、今までの人生の中で飲んだコーヒーの中じゃ一番美味しく感じた。

 

 「・・・・・・よかった・・・・・・」

 

 石区さんも心なしか嬉しそうだ。

 

 「そういえば、両親の方は今どこに?」

 

 俺が家に上がってから一度もその姿を見ていない。家の前には駐車スペースがあったが車は停まっていなかったので、仕事か買い物中なのだろうか?

 

 「私の家、共働きだから・・・・・・今日も午前中だけ看病してもらって、午後は仕事に行っちゃったから・・・・・・」

 

 なるほど・・・・・・兄弟も居なさそうだし、ずっと1人で家に居たという訳か。彼女は孤独だったのかもしれない。

 

 ・・・・・・もしかして、彼女が陰謀論を愛するようになったのは孤独が原因ではないか?

 

 人間とは1人で生きてはいけない。社会に馴染めず孤独で生きてきた人間が精神を病んだ事例など数知れない。そう思えば、彼女の常軌を逸した言動にも少し説明がついたような気がする。

 

 孤独の痛みは誰よりも理解しているつもりだ。俺は石区さんに奇妙なシンパシーを感じていた。

 

 しかし・・・・・・今日の石区さんは全然陰謀論を言ってこないな。こんな事初めてだぞ。

 

 普段だったら俺がコーヒーに口を付けた段階で陰謀論の説明が始まっている。なのに今日はコーヒーを全部飲み切った後でも一言も陰謀論について喋らない。こんなことは異常だ。

 

 もしかして、彼女は無理をしているのではないか?昨日だってそうだ、明らかに体調が悪いのに1回は保健室に行くことを断っていた。俺は石区さんが心配になってきた。

 

 「・・・・・・あの、政無くん。ほんの少しだけいいかな?」

 

 俺が石区さんへの心配を募らせている時、石区さんが話しかけてきた。これってもしかして・・・・・・陰謀論を語りかけかけてくるのでは?

 

 部屋の壁に立て掛けてある時計を見ると、時刻は6時を示していた。親には9時までには帰ると連絡している。1回陰謀論を聞いても間に合うだろう。

 

 ・・・・・・正直言って陰謀論なんざ聞きたくない。帰りたい、帰って薄い本でも読んで寝たい。

 

 だが、今ここで帰ったら石区さんの体調が回復したかどうか分からなくなる。また我慢したまま学校に行かせるわけには行かない。俺は固唾を飲んで石区さんの発言を見守った。

 

 「ニュートンのリンゴの木にはね、実は反重力装置が搭載されていたの」

 

 よかった。回復していた!帰ってきた!!俺の!!!俺たちの!!!!石区さんが帰ってきたんだ!!!!!クソが!!!!!!!!!!!!!!!!

 

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