第4話 調子が悪かろうが陰謀論を囁く石区さん
石区さんに作って頂いた弁当を食べてから3日ほどの時間が過ぎた。あれから体がゾンビ化したり、怪光線を発射できるようになるといった異変は何一つとして起こっていない。本当に良かった。
お世辞抜きに彼女の作った弁当は美味かった。冷めてもふっくらと美味しいご飯、丁寧にヘタを取り除かれたプチトマト、肉とピーマンがうまい具合に調和しているピーマンの肉詰め、そして何故か俺好みのしょっぱめに味付けされた卵焼き。すっごいよかった。
特にあの卵焼きは実に良かった。俺が人生で食べた卵焼きの中で一位二位を争う出来映えだった。また作って欲しいといったら石区さんが顔を赤らめて承諾してくれたのを思い出す。
・・・・・・しかし何故あそこまで俺好みの味付けになっていたのだろうか?俺は特に卵焼きの好みを他人に口外したことは無いんだけど・・・・・・
・・・・・・やめよう、この件に対して深く考えるのは。偶然好みが合っていただけだろう。
思考盗聴されたとか考えるのは石区さんに失礼だ。そんな石区さんみたいなこと考えてないで天気のことでも考えよう。今日は曇りだけど雨降らないといいな。
・・・・・・よくよく考えたらさっき考えていたことの方が石区さんに対して失礼な気がしてきた。
それにしても、石区さんが料理上手だったのは意外だな。てっきり変なサプリメントとかがごちゃ混ぜになったような代物か、あるいは塩分や化学調味料を極限まで排除した超薄味のナニカが出てくると思っていた。
というか何故3日前の俺は胃の中が原子炉になることに怯えていたのだろうか?冷静に考えてプルトニウムやウランを弁当に入れる訳無いだろ、入れる前に死ぬわ。
いい加減俺も石区さんに染まってきたのかもしれない。あるいは人間という生き物は疑心暗鬼になったら石区さんみたいになるのかもしれない。どちらにしても石区さんは異常だ。
「・・・・・・おはよう・・・・・・政無くん・・・・・・」
「あっ、おはようございます」
噂をすれば件の彼女がやってきた。どこか萎れてるような挨拶に俺は素早く返答する。
・・・・・・おかしい。いつもの石区さんならもう少し元気があるはずだ。俺は少しばかりの違和感を覚えていた。
「政無くん、5Gは人体に悪影響な電波を発して国民を洗脳しているの」
少しばかりの間の後、石区さんはいつものように陰謀論を話し始めた。
いい加減に頻度を落としたらどうなんだ・・・・・・ちょっと待って今なんて言った。
「ワクチンにはマイクロプラスチックが入っていて意図的に免疫を下げているの」
「・・・・・・・・・・・・」
「今の政治家は全員プラスチック人間で、政府はレプティリアンに操られているの」
「・・・・・・・・・・・・」
「今世界各地で戦争が起こっているのは全てディープステートが「石区さん」」
思わず石区さんの発言を遮ってしまった。石区さんはこちらを怪訝そうに見つめてきているが関係ない。俺は言葉を続けた。
「大丈夫ですか?気分とか悪くないですか?」
今の彼女は明らかに状態がおかしい。普通彼女がこんな陰謀論を話すはずなんてないのだ。
石区さんは筋金入りの陰謀論者である。これは絶対不変の真理でもある。
しかし、彼女はそこら辺に雑草の如く生えてる陰謀論者とは決定的に違う。とにかくアクティブなのだ。
普通の陰謀論者はSNSや書籍等で知った情報をさも自分しか知らない情報のように宣伝して回る。それに対し石区さんは、この世に点在する数多の情報を繋ぎ合わせて完全オリジナルの陰謀論を作り上げているのだ。
全科目学年1位、全国模試トップ100に入るほどの恵まれた頭脳から、毎日クソみたいな陰謀論が量産されている訳だ。これほどまでに酷い頭脳の無駄遣いがあっただろうか。
故に言うはずがないのである。こんな⚪︎witter で毎日トレンド汚染してそうな、オリジナリティをドブに捨ててる陰謀論なんざ言うはずがないのである。俺は一体何を言っているんだ。
「すみません、ちょっと失礼します」
そう言って彼女の額に右手を当てる。石区さんは動揺しているようだが今は関係ない。体温が自分の想像以上に熱い、俺の額に左手を当てて比較してみても、明らかに石区さんの方が熱かった。
よく見ると顔色が相当悪い。肌もいつもみたいにハリがないし、背筋だって俯きがちになっている。もしかして・・・・・・
「石区さん、もしかして朝体調悪かったりした?」
「・・・・・・ごめんなさい。朝起きた時からずっと体調が悪くて・・・・・・」
やっぱりだ。石区さんは風邪にかかっている。道理で陰謀論にキレがなかったんだ。
「お前ら授業始めるから机の上片付けろ〜」
どこか気の抜けた声と共に教室の扉が開かれ生徒指導の中田先生が入ってきた。普段は鬱陶しいことこの上・・・・・・あるけどそれでもあまり好ましくない瞬間ではあるが、今の俺には都合がいい。
「すみません!石区さんが体調悪いようなので保健室まで連れて行ってきます!!」
俺は勢いよく立ち上がり、石区さんを保健室に連れて行く旨を大声で伝えた。クラス中の視線が俺と石区さんに集まる。正直恥ずかしい。
「お、おう。気を付けてな」
俺の剣幕に圧倒されたのか、それとも石区さんの体調を察したのかは分からないがあっさりと保健室へと行く許可を認めてくれた。そのまま俺は急いで石区さんに手を差し伸べる。
「大丈夫?石区さん。少しだけ立てる?」
「ま、政無くん。私は別に大丈夫だから・・・・・・」
「熱も出てるし大丈夫じゃないですよ。ほら、早く保健室で横になりましょう」
石区さんは何やら迷っていたようだが、意を決したような表情をして俺の手を取った。
その時である。俺の予想以上に体調が悪かったのか、彼女は立ち上がって一歩踏み出そうとした途端にバランスを崩して倒れそうになった。
「危ない!」
反射的に彼女の肩を抱き止める。彼女の青白くなった頬に少し朱が差した気がした。
「・・・・・・すみません、強引に立たせてしまって・・・・・・」
「・・・・・・私は・・・・・・大丈夫だから・・・・」
そう言言ってはいるものの、彼女は今にも倒れそうだ。俺は彼女の肩を組んで保健室まで連れて行くことにした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「38度5分か・・・・・・」
俺と石区さん、あと養護教諭の先生しかいない保健室の天井に俺の呟きが消えていく。ベッドに横たわる石区さんを見ながら、俺は養護教諭の先生に言われたことを反芻していた。
俺が思っていた通り、彼女は発熱していた。下手すれば重症化していただろう、そう養護教諭の先生は言っていた。
やはり多少強引でもここに連れてきた甲斐があった。俺は彼女の陰謀論には心底うんざりしているが、それが原因で体調不良を見て見ぬふりするなんてことは出来ない。
ベッドの上に横たわっている彼女の表情はどこか険しい。出来ればこのまま安静にしてほしいものだ。
「・・・・・・どうして・・・・・・私が、体調悪いと思ったの・・・・・・」
普段と比べて格段に弱々しい声で石区さんが問いかけてきた。
「なんと言うか・・・・・・いつもに比べて石区さんのお話に違和感を感じたといいますか・・・・・・」
若干真実をぼかしながら石区さんに伝える。馬鹿正直に言える訳ないのだ、『ハッシュタグ付けてSNSでトレンド入りしてそうな陰謀論で心配になった』とか言える訳ない。改めて見返すと本当に頭おかしい文章だな。
俺の返答を伝えた後の石区さんは、弱々しそうながらもどこか嬉しそうに微笑んでいた。ホント黙っている時は美人だよなコイツ。黙れば美人というか黙れ美人と言ったら感じか、最悪だよ。
「・・・・・・ふふっ、政無君って変わっているね」
全日本ブーメラン選手権に出場する気かお前は。今の発言で『お前が言うな』と言わなかった俺の理性を褒めてほしい。初めて両親の名前を喋った赤ちゃんぐらい褒めてほしい。
「ありがとう、いつも私を助けてくれて・・・・・・」
おうもっと感謝しろ。日頃陰謀論を吹き込んでくる女にここまで尽くしている俺って聖人の部類に入るのでは?いや聖人は自分のことを聖人とは思わないか。
「あんまり喋ると体に障りますよ。できるだけゆっくりしていてください」
俺は彼女の陰謀論は苦手だが、別に彼女に不幸になってほしいとか学校に来ないでほしいという訳ではない。ただ陰謀論を俺に吹き込まないで欲しいだけなんだ。だからこの言葉は嘘偽りの無い言葉だ。
そういう訳で、彼女の回復を祈りながら俺は保健室を出て教室へと戻って行ったのだった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
思い返してみれば、今日の私は朝から様子がおかしかった。
ベッドから起き上がった時は鉛の服でも着ているんじゃないかって思うほど体が重かったし、重しを着けたみたいな身体を足で引きずりながら登校した途中には頭痛までするようになった。
教室に着いた時も体調は回復せず、むしろどんどんと悪化していった。だから自分でも納得のいかない陰謀論しか話せなかったのだ。色々と辛くて、今すぐにでも倒れたかった。
そんな時、私の額に突如として手が当てられた。政無くんの手だった。
彼は体調の悪い私のことを心配してくれた上、私を保健室まで連れて行こうとしてくれた。
最初は断った。こう何度も何度も彼の手を借りるのは失礼ではないかと思ったからだ。でも、彼の純粋な善意を断ることはもっとだとも思った。
それで彼に手を貸してもらいながら立ち上がった時、私はバランスを崩して彼に抱き留められた。その時の私の顔はきっと林檎みたいな色になっていたと思う。
そのままここまで連れてこられ、今ではベッドの上で絶対安静にするよう言われて横たわっている。あのまま教室で授業を受けていたら倒れていたかもしれない。
それにしても・・・・・・政無くん、私が思うよりも私のことを見てくれていたんだな・・・・・・
また頬が赤くなってきたような気がした。きっと風邪のせいだろうと思うことにしよう、そう思わないとなんだか恥ずかしい。
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