第3話 昼食の時でも陰謀論を囁く石区さん

4限の終わりを知らせるチャイム。それはおそらく、1日の中じゃ下校時のそれの次に待ち望まれている存在だろう。迫り来る眠気に耐え、いつ来るかわからない質問に怯えつつ授業に臨む学生にとって、砂漠のオアシスの水の如き存在であることは想像に難くない。

 

 しかし、俺にとっての4限終わりのチャイムとは憂鬱な時間の始まりである。何故なら・・・・・・

 

 「政無くん、ちょっといいかな?」

 

 隣の彼女−石区瑠奈に毎日毎日陰謀論を吹き込まれるからである。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 その日もまた、俺は石区さんの陰謀論に耳を傾けていた。

 

 「政無くん。ナ⚪︎ル共和国は存在しないの」

 

 ナ⚪︎ル共和国と全ナ⚪︎ル国民に謝れ、飛行機乗って土下座してまわってこい。

 

 昼休み開始早々にとんでもない陰謀論をぶち込まれて俺は悶絶しかけていた。

 

 いきなり何なんだ。何をどうしたらナ⚪︎ル共和国が存在しないと思うようになったんだよ。本気で石区さんの精神状態が心配になってきた。

 

 「・・・・・・流石にそれは無いんじゃ?」

 

 いくら何でも内容が荒唐無稽過ぎたせいで、普通にツッコミが声に出ていた。まあこれぐらい言っても許されるだろう。

 

 「ところがどっこい、あるの」

 

 無えよ、何をどうしたらあると思えるんだよ。正気に戻れと思ったがそもそもコイツが正気だったことを見たことが無かったわ。

 

 「・・・・・・何でナ⚪︎ル共和国が存在しないと思ったんです?」

 

 何一つとして良い影響はないだろうが、一応質問をしておく。このまま一方的に訳わからん説を聞かされ続けたらストレスで脳みそが溶ける。

 

 「簡単な話よ。冷静に考えて失業率が90%超えるような国が存続できている訳ないでしょ」

 

 失礼が過ぎるわ、あと確かナ⚪︎ルの失業率は若干改善されていたはずだ。どこから資料引っ張ってきたんだコイツ。

 

 「今のナ⚪︎ルはリン鉱石の過剰採掘で島が水没して、住民は全員オーストラリアに引っ越しているの。だから今のナ⚪︎ル共和国は偽物で、本物は既に海の底なの」

 

 すごいな。一個人がどれだけ国を侮辱できるかチャレンジの到達点を見た気分だ。俺はもう石区さんの命が心配になってきた。暗殺者とか送り込まされそうで怖いよ。

 

 「じゃあ何で公式的にはナ⚪︎ルが存在していることになっているのかというと、オーストラリアが深く関連しているの」

 

 コイツとうとう別の国も巻き込みやがった。大使館から抗議されるぞ。

 

 「オーストラリアはナ⚪︎ル共和国が公式に存在していることにして、中国と台湾の国交を交互に断絶させて両国からお金を得ているの」

 

 何をどうしたらその思考に至ったんだよ。あとお前の脳内政府はどいつもコイツも回りくど過ぎるだろ。自分で思い返して不思議だと思わなかったのか。

 

 「よくSNSではナ⚪︎ルに旅行したって言ってる人がいるけど、実際には彼らはニュージーランドに連れて行かれて、そこで撮った写真とかがナ⚪︎ルのものとして扱われてるの」

 

  一回エミューの群れの中に放り込まれてしばき回されてこい。オセアニアをお前の妄想に付き合わすんじゃあない。

 

 「オーストラリアは現在、海中のナ⚪︎ル島からリン鉱石を採取するべく開発を進めているわ。そしてそのリン鉱石を売って得た資金で国内のエミューに総攻撃を仕掛けるつもりなの」

 

 なんで21世紀にもなって第二次エミュー戦争を起こそうとしてるんだよ。オーストラリアは一回エミュ-と戦わなければいけない風習でもあるのか?

 

 というかなんでナ⚪︎ル島が存在しない話から第二次エミュー戦争まで話が逸れてるんだよ。伝言ゲームのボトムランカーでもここまで酷くはならんぞ。

 

 そろそろ石区さんの話を聞くのが疲れてきた。思えば、今日はまだ昼食をとっていなかった。

 

 3限の体力測定で3キロ走らされた身は既にあちこち悲鳴を上げており、できるだけ早く栄養素を摂取しなければ午後気絶するのではないかと言った有様だった。

 

 時計を見てみると、時刻は既に昼休みの中頃にまで差し掛かっていた。まずい、今のうちに食べ始めないと午後の授業に間に合わなくなる。

 

 そう思い立った俺は早々に石区さんの話を右から左へと聞き流すことにして、パパッと弁当を食べることにした。確か今日の弁当は水色の風呂敷に包まれていたはずだ。俺はリュックの中の弁当を取り出し蓋を開け・・・・・・

 

 「嘘でしょ・・・・・・!?」

 

 無かった。俺のリュックの中には弁当箱どころか教科書以外のものが入っていなかった。

 

 まさか・・・・・・家に忘れたのか?

 

 思えば今日は弁当箱をリュックに入れた記憶が無かった。今まで入れていたと思っていたものは3限の体操服入れだったのだろう。一応机の側面とロッカーを確認してみたけれど、もちろんどこにも無かった。

 

 嘘だろ・・・・・・何も食べずにこの後の授業過ごせっていうのかよ・・・・・・

 

 俺は盛大に頭を抱えた。

 

 このまま何も食べなかったらまず間違いなく授業中に気絶する。3キロ走と石区さんの陰謀論は確実に俺の体力を削っていった。

 

 しかも5限は生徒指導の中田が担当する授業だ。居眠りなんぞしたらこっ酷く説教されるに決まっているし、最悪内申点に傷が付く。なんとかして何か胃に押し込む必要があった。

 

 かと言って解決策がない。家にはそう簡単に行って帰れる距離ではないし、購買のパンなんぞとっくに売り切れてるだろう。

 

 八方塞がり、四面楚歌。今の俺を表すのにピッタリな言葉が脳裏から溢れ出す。こんなこと思い出してる暇があったら解決策の一つでも考えろや俺の脳。

 

 もういい、一か八だ。今からダッシュで購買まで直行して売れ残りのパンを探すしかない。もしかしたらジャムパンの一個でも残っているかもしれないし、こうして悩んだままいるよりかは行動した方がマシだろう。

 

 こうして俺が一世一代の賭けに出ようと席を立とうとした時、突如として右肩に小さな衝撃が走った。見ると石区さんが自身の弁当箱を取り出してこっちをみている。

 

 「政無くん・・・・・・もしかしてお弁当忘れたの?」

 

 「・・・・・・残念ながら・・・・・・」

 

 隠す理由もないので正直に答える。しかしまあなんで急に俺を呼び止めたんだ?陰謀論の続きか?

 

 「・・・・・・良かったら・・・・・・私のお弁当、一緒に食べる?」

  

 ・・・・・・えっ?

 

 「手作りだし口に合わないかもだけど・・・・・・どうかな?」

 

 ・・・・・・まさか女子からお弁当を分けてもらえそうになるとは。こんなラブコメみたいなことを自分が体験するとは夢にも思っていなかった。

 

 相手は石区さんとはいえ、渡りに船といった状況をミスミス見逃す俺ではない。お言葉に甘えて石区さんの方へと手を伸ばし・・・・・・ちょっと待てよ?

 

 石区さん、手作りって言っていなかったか?

 

 「?どうしたの?」

 

 急に手を止めた俺を石区さんが不思議そうな顔で覗き込む。少し前だったらドギマギしていたはずの状況でも、今の俺はそんなことを感じる余裕すら無かった。

 

 そう、手作りである。あの石区さんの手作りである。

 

 何が・・・・・・一体何が入っているんだ!?俺は恐怖した。

 

 あの毎日陰謀論を考えてる異常者のことだ。健康や電磁波対策といって変な薬品や劇物を入れているかもしれない。下手したら胃の中でチェレンコフ光が発生して人間原子炉が出来るかもしれない。俺も大概イカれてきたな。

 

 腹の中で核融合が起きるぐらいなら、このまま授業中に居眠りして中田先生に叱られた方がマシだ。俺は石区さんの申し出を丁重に辞退すべく口を開き・・・・・・

 

 「この前、私を助けてくれたよね。あの時なんのお礼も出来なかったから、足りないかもだけどお礼させてくれないかな?」

 

 ・・・・・・そうか、これは石区さんなりのお返しなんだ。人が善意で用意したものだと思うと不思議と断る気が失せた。

 

 「ありがとう。一緒に食べていいかな?」

 

 「もちろんだよ!!」

 

 石区さんは目を輝かせてものすごく嬉しそうに返事をした。そして弁当箱を開いたかと思ったら、箸で器用に唐揚げをつかんで俺の目の前に差し出してきた。これって・・・・・・

 

 「ま、まさかこのまま食べろっていうんじゃ・・・・・・」

 

 「でも容器とか無いし・・・・・・まだどこにも口付けてないから綺麗なままだよ」

 

 そういう問題ではない。今時のカップルですらこういうことはしないんだぞ!!

 

 ただご飯を食べるだけなのに手汗が出てきた。よくよく考えたらこの弁当に何が入ってるかはわからないままだった。石区さんは善意で変な物を入れかねない、この手汗もきっと体が持つ防衛反応の一種なんだろう。

 

 「はい、あーん」

 

 目の前に石区さん作の唐揚げが突き出される。自分でも顔が赤くなっているのをはっきりと感じ取れた。

 

 これを口にしたら死ぬかもしれない。色んな意味で死ぬかもしれない。口から青白い光が出てくるようになるかもしれない。しかし、もう引き返せる段階はとうの昔に過ぎた。

 

 しっかりしろ俺!ここで踏ん張り見せないでどうするんだ!!金玉ついてんだろが!!!

 

 「い、いただきます!」

 

 俺は決死の覚悟で目の前の唐揚げにかぶりついた。

 

 「・・・・・・美味しい」

 

 普通の唐揚げだった。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 「・・・・・・ふふっ」

 

 溶き卵を混ぜてる最中、思わず笑みがこぼれた。理由はもちろん今日の出来事、政無くんが私のお弁当を食べてくれて、尚且つ美味しいといってくれたことだ。

 

「明日も喜んでくれるかな・・・・・・」

 

 二人でお弁当を分け合った後、私は石区くんにお願いをしていた。今日は唐突なこともあって十分なお返しが出来なかったから、明日また新しい弁当を食べてもらっても良いかと。

 

 「・・・・・・いいですよ」

 

 少しの間の後に彼はそれを承諾した。とても嬉しかった。

 

 だからこうして早朝早起きして二人分のお弁当を作っているのだ。

 

 「卵焼きはしょっぱめの方がいいのかな・・・・・・」

 

 どんな味付けが好みかを聞き忘れてしまったことを後悔する。願わくば、彼好みの味付けであって欲しいと思いながら、私は溶き卵に醤油を混ぜた。

 

 

 

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