第2話 昼休みにも陰謀論を囁く石区さん
昼休みに入って、弁当を食べ終えてからすぐに石区さんが話しかけてきた。
「政無くん。家の中に出てくるゴキブリは政府が開発した人口マイクロナノロボットなの」
ありがとう石区さん。ゴキブリにも命があることを思い出したよ。何でゴキブリのことを変な奴に目をつけられて可哀想と思う日が来るんだよ。
というかなんなんだよマイクロナノロボットって。マイクロとナノで意味が重複してんじゃねえか。
「えーっと、そうなの?」
んな訳ねえだろと思いつつも理由を聞いておく。とりあえず協力的な姿勢を見せて陰謀論を聞き流すしかあるまい。
「そうよ。野生下のゴキブリを捕獲してマイクロチップを埋め込むことで行動を制御して家庭に侵入、そして私たちの行動を監視しているの」
ここまでツッコミどころしかない文章なんざ初めて見たよ。あとわざわざゴキブリにマイクロチップ埋め込んで監視させるとか回りくどすぎるだろ。昔の特撮番組で敵役がやりそうなことを現実でするな。
「マイクロチップを埋め込まれたゴキブリは生存能力が飛躍的に向上して過酷な環境下でも生存可能になるの」
元々ゴキブリは過酷な環境下で生存できるわ。あいつら数億年前から生きてる連中だぞ。
「たった数十年で薬剤への耐性を持つなんてこと、普通の昆虫なら不可能よ。きっとマイクロチップが入っているに違いないよ」
マイクロチップを虫に仕込む方が不可能だろ。お前の人類科学への絶大な信頼はどこから来るんだ。
「考えてみてちょうだい。どこにも隙間がないのにいつのまにか現れ、無駄にすばしっこく部屋中を駆け回った上で煙のごとく消え去るのよ。これはもうロボットじゃないと説明がつかないよ」
さっきからコイツのゴキブリに対する熱意は一体なんなんだよ。部屋にゴキブリでも出たのか?
「政府はゴキブリを使って監視しているのよ。私たちがきちんと税金を納めているかって」
国税庁が家庭にゴキブリ放って脱税の取り締まりしてるとかどんな世紀末だよ。高学歴の官僚がこれ考えて会議して実行していると思い浮かべておかしいとは思わなかったのか?
第一、何でよりにもよってゴキブリなんだよ。もっと蜘蛛とか蛾でもいいだろ。よくねえわ。あの生理的嫌悪感むき出し黒テカボディにする必要ないだろ。
「蜘蛛や蛾にしなかったのはマイクロチップを入れるにはゴキブリぐらいのサイズじゃないと不可能だからよ。わざわざ生理的嫌悪感を掻き立てる見た目なのはマイクロチップで変異したタンパク質が人間の脳に働きかけるからなの」
何で俺の考えてることが分かるんだよ。思考盗聴でもしているのか?だから何で俺が陰謀論者みたいなことを考える羽目になるんだよおかしいだろ。
「同じ黒色の昆虫なのにカブトムシとゴキブリで人気に雲泥の差があるのは、全て変異性タンパク質が原因よ。じゃなきゃ、対して見た目も変わらないのにあそこまで嫌われる理由にならないでしょ」
今すぐ全国のカブトムシとカブトムシ愛好家の方に土下座してこい。行っていいことと悪いことがあるだろ。第一カブトムシとゴキブリってそんな似てないだろ。
「じゃあ何で市販の殺虫剤が普通に売られているのかって言うと、この事を隠すための欺瞞なの」
やっぱり聞いてて思ったんだが回りくどすぎるだろ。国民をゴキブリで監視しておいてそのゴキブリ退治用の薬を普通に売っているんだぞ。少しはおかしいと思わないのか?
もうなんかいちいち付き合ってるのが馬鹿馬鹿しくなってきた。一体いつになったらコイツの陰謀論は鳴りを潜めるんだ。
俺は疲れてきたのもあって石区さんから目を逸らして教室の方を見渡す。
昼休みも終盤になってあちこちグループが固まっているのが見えた。
ちなみに、俺と石区さんの周りにはなぜだか人が全くいない。石区さんは毎回俺だけに聴こえるように陰謀論を囁いているから、陰謀論を聞かれてドン引きしたというわけでは無さそうだ。
陰謀論が要因じゃないならなんなんだよ。まさか俺から変なオーラが出てきてるとでも言うんじゃないだろうな?
とにかく、陰謀論にも疲れたから他のグループの様子でも見物しよう。女子だけで固まってk-popやらなんやら語っているグループ、男子だけでサッカーやソシャゲについて話し合うグループ、他にも色々なまとまりが教室内には存在していた。
ああ、実に羨ましいなぁ。俺もこんな陰謀論者と一緒じゃなくて、もっとキラキラした青春を送りたかったなあ……
そう思って目線を下に下ろすと、床のある一点に目が釘付けとなった。
真っ黒かつテカテカのボディ、無駄に長い触覚と棘だか何だか知らんものが生えてる足。
それらが組み合わさった結果恐ろしく気持ち悪い造形へと仕上がっている昆虫の姿がそこに鎮座していた。
間違いない、ゴキブリだ。
お前ふざけんなよ。どうしてゴキブリの陰謀論を延々と聞かされたと思ったら、今度は本物が出てくるなんて聞いてないぞ。
「きゃああああ!!ゴキブリ!!」
クラスの女子の誰かが悲鳴を上げたのを皮切りに、教室のあちこちで騒ぎ声が起こり始めた。みんな我先にとゴキブリから距離をとろうとして窓や壁際に待避しだした。
普段はクラスの喧騒など意にも介さない石区さんだが、さすがに今回は気づいたらしい。訝しげに周囲を見渡した後、床に鎮座するゴキブリに目が釘付けになっていた。
「きゃ!?」
可愛らしい悲鳴と共に椅子を突き飛ばすかの如く立ち上がる。お前そんな声出せたのかよ。
ここで俺はあるゴキブリの習性を思い出していた。
ゴキブリという生き物は基本的に臆病だ。元々自然界では落ち葉などを食して暮らしていたから当然でもある。
で、そんなゴキブリなのだが追い詰められたり身の危険を感じた時に自分より高い位置に向かって飛ぶことがままある。
そしてここからが重要なのだか、基本的にゴキブリは人間のことを物か何かだと認識していると言うことだ。
つまり、下手に刺激するとこちらに襲いかかって来ることがあるのだ。
石区さんは椅子から立った時にかなり乱雑に椅子を動かしていた。その衝撃をゴキブリは攻撃か何かと勘違いしたのだろう。
おまけに、ゴキブリと石区さんとの距離は直線で見たらこのクラスの誰よりも近い。身長160センチ前後と女子としては高めの背丈も相まって、ゴキブリには絶好の避難場所に見えた。
要するに……ゴキブリが石区さんに飛びかかったのである。
「石区さん!!」
そう叫んだのは誰だったか。クラスメイトか、もしかしたら俺だったのかもしれない。
思考より先に体が動く。気が付いたら石区さんの前に飛び出していた。
俺の目の前を必死に飛翔するゴキブリが見える。俺はそいつの進路上に手を伸ばした。
はたき落とせなくてもいい。ただ石区さんに近付かなければ……
「「「…………!?」」」
周りからクラスメイトの息を飲む音が聞こえる。ゴキブリはどうしたのかと周りを見渡そうとしたら、握りしめた右手からなにやらもぞもぞする感触が伝わってきた。
「政無くん……それ……」
石区さんが若干怯えた様子で、俺の右手を指差した。
間違いない……ゴキブリは俺の手のひらにいる!!
「そこ!!窓、窓開けて!!」
俺は一番近い窓のそばにいたクラスメイトに、ほぼどなり声に近い声をかけた。
急に怒鳴られたそいつはビクッてなりながらもすぐに窓を開けてくれた。怒鳴って申し訳ないが今は緊急時だ。後で謝罪せねば。
開いた窓まで一気に駆け寄って、そのまま手のひらの中身を全力投球する。普段は平均ギリギリの体力と運動神経ではあるが、このときばかりはメジャーリーガーにも劣らない投球スピードだったであろう。
俺の右手から全力でぶん投げられたゴキブリは、地面へと落下する途中で羽を展開、そのまま何処かへと飛んでいった。
さらばだゴキブリ。二度と人間の前に姿を見せるな。
全身から力がどっと抜ける。それと同時にあのもぞもぞした感触が手のひらに残っているのを思い出した。
「うわぁ……」
本当に気持ち悪かった。出来ればとっとと手を洗いたい気分だ。周りは若干ドン引きして声も出ていない。今のうちに洗い場へ……
「あっ、あの!政無くん!!」
俺の背後から呼び止められた。振り替えると、石区さんが申し訳なさそうにこちらを見ていた。
「ごめんなさい……私を庇って……」
……石区さんに謝られる道理はない。悪いのは飛びかかってきたゴキブリであって、自分はただゴキブリを掴んで外に放り投げただけだ。別に石区さんの陰謀論のせいでゴキブリに襲われたわけでもない。
なのに俺に向かって謝ってきている。本当に謝る必要なんてないのに……
……石区さんは、俺が思っているより優しいのかもしれない。普段陰謀論ばっかり言っているから分からなかっただけで、他人の気持ちを重んじられる人間なのかもしれない。
……じゃあ普段の陰謀論トークはなんだって言う話になるのだが。
「大丈夫だよ石区さん」
ひとまず安心させるべく出来るだけ笑顔で話しかける。それを聞いた石区さんはなぜか顔を真っ赤にしていた。
「……手、洗ってくる」
俺は教室から逃げ出した。なんと言うかその場の空気に耐えきれなかった。洗い場まで直行して、手を念入りに石鹸で洗いながら、手についたゴキブリの感触を洗い流そうとする。
ゴキブリを素手で触るという最悪な体験をしたはずなのに、何故か清々しい気分がした。
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「政無くん・・・・・」
行ってしまった。私は自然と洗い場へと走り去る彼の背中を追っていた。
まさか、本当にゴキブリが出るとは思っていなかった。しかもそれが自分に飛びかかってくるなど考えられなかった。
怖くて動けなかった。避ければいいのに避けれなかったから、彼にいらぬ負担を掛けてしまった。本当は彼だって、ゴキブリなんか触りたくないはずだろう。
「・・・・・・今度、なにかお礼しないと」
既に彼には感謝しても仕切れないほどの恩がある。それを少しでも返そうという想いを、石区瑠奈は胸の内に秘めたのだった。
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