毎日俺の隣で陰謀論を囁く石区さん
@guripenn
第1話 毎日隣の席で陰謀論を囁く石区さん
「政無くん。アメリカ軍はアラスカで殺人ホッキョクグマの繁殖をしてロシアとの最終戦争に備えてるの」
隣の席に座る彼女は女神みたいな微笑みを俺に向けながら、俺の耳にクソみたいな陰謀論を流し込んできた。
また始まった。毎日毎日俺に陰謀論を語りかけてくるのはいい加減やめてほしい。気が狂いそうになる。
日本全国の高校一つ一つにダース単位で点在してそうな普通の高校生である俺−
俺の隣の席に腰掛け荒唐無稽な陰謀論を語る彼女ー
それもただの陰謀論者ではない。毎日自分でオリジナルの陰謀論を製作してわざわざ俺に話しかけてくるのだ。
その証拠として彼女から聞いた陰謀論を調べてみた結果、何一つとして同じものが出てこなかったのだ。いや怖えよ。
彼女との関係が始まったのはおおよそ1ヶ月前、席替えで席が隣になった時のことである。
その時の彼女は今嬉々として陰謀論を語る姿からは想像出来ないほどに落ち込んでいて、どこか塞ぎ込んでいたので心配になって声をかけたのだ。
たしかその時、どこか調子のいい言葉を無責任にも投げかけたのが全ての始まりだった。
そしたらこの有様である。
彼女の悩みを聞いて以来、俺が隣の席なのをいいことに毎日毎日陰謀論を語りかけてくるようになった。よくもまあそんなポンポンと思いつけるなと言った具合で。
陰謀論者と知る前の彼女は、長く綺麗な黒髪と凜とした顔立ちからクールな印象を持っていたのだが、本性を知った今となってはアルミホイルの帽子を被っていないことに違和感を感じ始めている。
さて・・・・・・今日もどうしたものか・・・・・・
「あーそうっすね。すごいっす」
取り敢えず適当に相槌を打っておくことにしよう。彼女の機嫌を損ねたら何されるか分からん。
だから俺に陰謀論を語りかけるのを辞めてとも言えないままなんだが。
「政無くん、本気で信じて無さそうな口ぶりね。まあいいよ、詳しく説明してあげる」
アカン勘づかれた。これは陰謀論一時間コースだな。
「まずね、アメリカ軍が人の脳を動物に移植する技術を成功させたのは知ってるでしょ?」
知らねーよそんなの。なんで俺が知識持ってる前提で話すんだよ。と言うかなんでアメリカ軍がそんな技術持ってることになってるんだよ。もっと他のところとか無いのかよ。
「それで死んだ軍人の脳髄をクローン技術で繁殖させたホッキョクグマに移植して、人間の思考を持つホッキョクグマ部隊を編成したの」
んなわけあるか。お前はアメリカ軍をなんだと思ってるんだ。
「ロシアとの戦争時には自力で泳いでシベリアまで到達した後、ロシア軍の背後を撹乱して混乱させるのが目的の作戦をアメリカ軍は計画してるの」
すごいな。日本語喋ってるはずなのに内容が全く理解できない。何かの怪異を相手している気分だ。よくよく考えたら怪異そのものだった。
「これに対抗してロシア軍はイルカに改造手術を施して、マイクロミサイルを発射できるようにした上でアメリカ軍と対峙する予定なの」
お前は取り敢えずペンタゴンとクレムリンに行って色んな人に謝ってこい。
「どう?信じてもらえたかな?」
なんなの?目開けたまま寝言言ってるの?今の会話のどこに信じられる要素があったのか丸一日問いただしたい気分だ。
しかし正直に今の考えを伝えたらどうなるか分からん。最悪洗脳されるかもしれないので、出来るだけ当たり障りのない言葉を使う他ない。
「まあ・・・・・・大体分かったよ。随分面白い話だね」
適当に相槌を打っておくと、彼女は目を輝かせて嬉しそうにしていた。
思わず目線が彼女の顔に向け吸い込まれる。真っ白でシミ一つないきれいな肌、どうやって手入れしてんだと言いたくなるほどにさらさらな黒髪、そしてモデルやアイドルになってないのが不思議なほどに整った顔立ち。おまけに成績優秀でスタイル抜群と来た。
本来なら俺と関わりなんかあるはずの無い美少女の姿に、俺は何故かアルミホイル帽子の存在を幻視していた。
「・・・・・・政無くん?私の顔に何かついてるの?」
ジロジロと顔を見すぎたのだろうか、石区さんが不思議そうに話しかけてきた。改めて見るとほんと顔はいいよなコイツ。
「いや、なんでも無いよ」
先程と同じく当たり障りのない言葉で誤魔化すことにした。この状況で『アルミホイル被ってそうだった』とか言おうものならまず間違いなくぶちギレられ・・・・・・いや、逆に『やっぱり見込みがあるわね政無くん!!』と言われて追加の陰謀論を吹き込まれそうだなオイ。
「ホント?何か私に隠してない?」
そう言うと石区さんは突然俺の方に顔と身体を寄せてきた。急に吐息が掛かる距離まで詰められて自然とドギマギしてくる。というか不思議といい匂いがするなコイツ。陰謀論者なのに。
「本当ですよ!石区さんに隠し事なんかしませんよ!」
自分でも呆れるくらいの嘘をいけしゃあしゃあと言い放つ。そうです嘘です。隠し事しかしてません。
「そうなの・・・・・・よかった・・・・・・」
それを聞いた石区さんはどこかホッとして胸を撫で下ろしていた。こっちは1ミリも安心できないがな。
俺が次に出てくる言葉に警戒し始めたその時、待ち望んでいた授業開始のチャイムが鳴り響いた。なんで授業開始を待ち侘びる羽目になるんだよ。
俺も石区さんも急いで机の上に教科書を広げて授業の準備をパパッと済ませる。ふと視線を感じて石区さんの方を振り向くと、石区さんがこっちを向いて微笑んでいた。
嗚呼、なんでこんなに可愛いのに陰謀論者なんだよ・・・・・・
俺の魂の叫びは誰にも聞かれることなく心の中に封じ込まれた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(今日も楽しかったな・・・・・・・・)
暗く静まり返った自室。そこに鎮座するベッドと毛布の隙間に身体を挟み込みながら私−石区瑠奈はそう思った。
最近、隣の席の政無くんに自分で考えた陰謀論を語りかけることが毎日の日課になってきている。政無くんの協力もあって、この習慣が1ヶ月近くも続いているのが私には嬉しく感じた。
変わってるね。幼い頃から私は色んな人にそう言われ続けてきた。
昔から現実に無さそうで有りそうな話を作るのが好きだった。目に見える範囲しか認識できなかった世界が大きく広がるような気がしていた。そしてその話を作ったら誰かに話したくなっていった。嘘でもいいから『面白いね』と言って欲しかった。
小さい頃は良かった。両親も、友達も、周りの大人達も、みんな私の話を聞いて喜んでくれた。それが小学校、中学校と年を重ねるうちに徐々に笑わなくなっていった。
私が小さかった頃は、子供の戯言として処理できたのだろう。どんどんと大人になっていくにつれて、それを笑い事じゃ済まないと認識したのかもしれない。
高校受験を意識し始めた頃、両親から精神科に行くのを勧められてから私は陰謀論を作るのを辞めた。
それからの高校生活が楽しくなかったといえば嘘になる。新しい友達だってできたし、文化祭や体育祭といった行事も目一杯楽しんだ。それで良かったはずなのだ。
でも、私の中にはどこか満たされないものがあった。心の中に秘めた陰謀論を誰かに語りたいという欲求が渦巻いていた。
そんな時、私に初めての彼氏ができた。若干軽薄な感じの人だったが、不思議と隣にいても不快には感じなかった。
私はそんな彼に甘えてしまった。何の根拠もなく私の全てを受け入れてくれると勘違いしていた。付き合ってから数日目、嬉しさのあまり色々なものが見えてなかった私は彼に嬉々として陰謀論を語った。
「は?頭おかしいんじゃねーの」
彼からはそう言われて振られた。人生初の失恋であった。
私は泣いた。ベッドの中で一日中泣いたし、学校だって休んでしまった。家族や友達は心配してくれたけど、今の私にはその優しさが痛く感じた。
学校に通えるようになってからも、私はこのことを引きずったままだった。この時支えてくれた友達には感謝してもしきれない。
そんな時だった。クラスの席替えで政無くんと隣になったのは。
最初彼に抱いた印象は地味であった。どこにでもいそうな普通の男子高校生、特に魅力など感じなかった。
そんな彼が放課後話しかけてきたのだ。『元気がないようですが、大丈夫ですか?』と。
同じようなことを言ってくる男子は多数いた。大半が純粋な善意で話しかけてくる人ばかりだったのだが、一部の人間は私の顔や身体目当てで下卑た視線を向けてくることもあった。私はそれが嫌だった。
その頃の私はヤケクソになってしまっていた。どうせなら嫌われてしまおう、頭のおかしい女と見られて学校生活送った方がマシだと本気で思っていた。
そうして私は陰謀論を語った。何個も何個も語った。
初めは一つだけにする予定だったのだが、彼が時々相槌を打ちながら素直に聞いてくれたおかげでつい調子に乗ってしまい、最後の陰謀論を語りかけ終わった時には時計の針は7時を示していた。4時半から語り出したからかれこれ2時間強は彼を拘束していたことになる。
「ごめんね、こんな長話に付き合わせて」
そうやって頭を下げた私に、彼はこう言ってくれた。
「大丈夫ですよ。全然気にしていません」
続けて彼から放たれた言葉が、私と彼のこれからを決定づける契機となった。
「なにかあったらまた話してくださいね。面白いお話をありがとうございました」
まさにクリティカルヒットだった。私の陰謀論を聞いてくれて、尚且つ面白いと言ってくれたことが物凄く嬉しかった。
以来、私は毎日のように彼に陰謀論を語っている。そしてそれを彼は一つ残れず聞き入れてくれているのだ。
もちろん、この関係は私が一方的にしなだれ掛かっているものと認識はしている。しかし、私は陰謀論を話すこの時間が何よりも楽しく感じていた。
「明日は何を話そうかな・・・・・・」
この関係が永遠でないことは理解している。それでもできるだけ長く続いたらいいなと思いながら、私は明日への期待を胸に抱いて眠りについた。
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