第32話 エース池田2
それにしても、いったい俺は誰と話しているのだろう。
どう見ても子供だよな!
この匠という子供は何なのだ……
それと会長のお孫さんは、ずっと下を向いている。
いいぞ、そのまま下を向いていてくれ、参戦するなよ。
待てよ……これは、参戦する価値なしという意思表示なのか……興味の対象外アピールか?
それだけは止めてくれ……会長たちが後ろで見ている。
君もサラリーマンをやれば俺の気持ちは分かるぞ。
それにこの女の子、俺がしゃべっていることを全部理解して、的確な質問を投げ返してくる。どんどん俺から知識が吸取られている。
間違ったことを言ったりすれば、フフ……とか言われそう。
エース池田は、新薬開発の分野から外れれば全くの素人だ。
それに対して匠は、関連するどの分野にもオールマイティに知識が深い。
最初から勝負にならないのだ。
もう負けそう……恥かかせないでくれ……終わりにしてくれ……少しは忖度しろよ!
打ち合わせの終盤には、匠が先生、エース池田が生徒の関係になっている。
まずい、この姿はまずいぞ!
それに、会長のお孫さんは、ずっと下を向いているじゃないか。
無視なのか……興味なしなのか……そういう態度は止めてくれ。
後ろに座っている宮原会長や、研究所の所長の視線が、背中に刺さってすごく痛い。
俺には分かる……背中には既に10本以上の矢が刺さっている。
俺は落ち武者……
「おまえ! 新薬開発のエースだろ」という、声にならない言葉が、視線が、ビンビンと伝わってくる。
怖くて後ろを振り向けない、首が攣りそうだ。
これは、人事評価ダウン確定か……
泣きたい……もう帰らせてくれ。
……2008年8月……
A製薬と未来技術研究所との間で、技術コンサルタント契約を結んだ。
これで2社目だ。
コンサルタント料の適正価格や算出根拠は、全く分からないので、宮原会長にお任せする。
新薬開発は膨大な組合せの中から最適な組合せを見つける作業となる。
まずは、エース池田の過去の研究開発データというか、開発手順を自動で学習するAIシステムを開発することになる。
エース池田の過去の研究開発データを学ばせることで、エース池田に迫るAIシステムを作り出し、学習の幅を広げることで、エース池田を超えるAIシステムを作り上げるのが当面の目標だ。
目標が決まれば、エース池田の新薬開発アプローチをお手本として、AIシステムの精度をフィードバックしながら、最適なニューラルネットの構造を見つけていく作業となる。
新薬開発アシストAIシステムと名付けたものができれば、新薬開発期間の短縮が図られるとともに、このAIシステムを用いて新人研究者のトレーニングも可能となるだろう。
しかもこのAIシステムは、長く稼働すればする程賢くなる。
つまりエース池田を超えるスーパー池田AIシステムに進化していくのだ。
A製薬にとっては、ぜひともほしいAIシステムになるだろう。
AIができるまで、エース池田が毎日研究室に来ることになる。
会長命令だそうだ。
俺たちは、1週間で検証に必要な基本AIプログラムを完成させて、学習を始めさせている。
後は、効果を検証しながら、ニューラルネットの構造をいろいろ改良していく作業になるだろう。
1ヶ月で、とりあえずの叩き台レベルのプロトタイプが出来上がった、後はこのプロトタイプを基に、エース池田の意見を聞きながら、改良して精度を上げていけばいい。
プロトタイプのAIシステムの検証結果から、新薬開発期間を5%短縮できることができることが分かる。
ニューラルネットの構造の改良を進めれば、5%がもっと増えていくのは間違いないだろう。
エース池田は自分の手柄のように大喜びしている。
とにかくこれは会長直轄プロジェクトだ、何でも良いから成果を上げないと自分のいる場所がなくなるからだ。
完成ではないが、とにかく第一ステップには到達したと思う。
後は、効果をフィードバックしながら保君がやっていけばいい。
保君もやる気になっているしね。
やる気になれは、能動的に行動していけば、コミュニケーション能力も向上していくと思うよ。
未来技術研究所としては、コンサルタント料を2000万ももらったからそれでいい。
それが高いか安いか良く分からない。
何れにしても、新薬開発はあんまり興味ない。
なぜかと言うと新薬開発は、当然だけどすごく時間が掛かるからだ。
開発するAIシステムが日目を見るのは、ず〜と先になる。
薬屋の息子である保君が、コツコツやっていけばいいと思う。
問題は保君のコミュニケーション能力のなさだな。
システムの開発が一段落し、エース池田は研究所に来なくなったが、保君は毎日研究室に来ている。
2000万には、保君とお友達になってね……金額が含まれているのかな?
それにしても保君は、俺たちにずいぶん懐いちゃったな。
AIシステムの改良はやっているのかな?
まあ俺たちの手は離れたから、どうでもいいか。
保君が、俺たちと離れようとしない、今日も俺の家に泊まっている。
そんなに懐かれても困るのだが……
3人で、AIシステムの開発について話をしている。
そのうち、ニューラルネットワークの学習計算をもう少し速くできるパソコンを作ろうという話になる。
A製薬からコンサルタント料を2000万円もらったしね。
そのお金で、皆で遊ぼうということになっている。
気分が上がるよね……
やっぱり、俺にとって未来技術研究所は、会社というより、遊びの一環なのだよ。
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