第31話 エース池田1

「僕たちは、AIの開発をしているのだけど、一緒に研究してみる?」

「やりたい……興味ある……」

あ〜、最後まではっきり話してくれないかな。


日本語はね、最後まで聞かないと、YesなのかNoなの分からないのだよ。


俺や優子まで引きずられて、声が小さくなりそうだ。

それでなくても、俺たち兄弟は不登校の、引きこもりだからね!

声が小さくなると、困るのだよ。


「じゃあ、この論文が参考になるから、読んで後で感想を聞かせてくれる」と、優子がおもちゃを渡すように、保君に論文の束を渡す。


「分かった……」


宮原会長は、保はコミュニケーションを取るのは苦手だけが、飛び抜けて頭が良いのを知っている。

しかし頭が良すぎて、小学校の生徒の誰とも話が合わず、ずっと不登校を続けているのだ。


祖父としては、可愛い孫が心配でしかたない。

頭が良いのが、もったいなくてしかたがない。


コミュニケーションさえ取れるようになれば、経営は無理でも、研究所は任せられるかもしれない。

そうなれば、停滞しているA製薬の新薬開発能力を、とてつもなく向上させることができるだろう。


コミュニケーションを取るのが苦手な保が、どういう訳かこの兄妹とは普通に会話を交わしているじゃないか、しかもこんなに長く会話を交わすのを始めて見た。

会話の内容を聞いていると、匠君は保よりさらに数段賢いようだし、妹の方も保よりも賢そうだ。


保をここに通わせておけば、人とコミュニケーションができるようになるだけではなく、学校になど行かなくとも、より多くの知識を学ぶことができそうだな。

鈴森会長に感謝、感謝、感謝だ。

良くぞ連絡して下さった、大大大、感謝する。


「保君の家は薬屋さんでしょ。AIで薬品開発に役立つツールを開発してみたらどう! 特定の症状に対して効果が期待できる成分の組合せや分量を、AIに考えさせたら面白そうだよ」


「面白そう……お祖父さん、明日ここに新薬開発を担当している研究者に来てもらうことはできる?」

「分かった、エース級の研究者を連れて来ようじゃないか!」


保が積極的に話してくれたのは始めてだ、何が何でもこの勢いを止めたらダメだ。

忙しい社員には申し訳ないが、保がこの波に乗ってくれれば、その社員には最大限のお礼をしよう。


これが、保が生まれ変わる最後のチャンスかも知れないのだ!

それにしても、匠君はすごい。

ありがとう、この出会いに感謝する。

保の人生が良い方向に転がり始めた気がする。


それにひょっとしたら、A製薬の新薬開発のエースと、この子供たちとのコラボで、面白いAIシステムが開発できるかもしれない。

A製薬の新薬開発の停滞ムードを、いきなりブレイクスルーするのではないか!

何だかワクワクするな、こんな気分は若い時以来だ。


そういえば鈴森会長が、匠君たちが開発したセキュリティソフトに、すごく期待しているみたいだ、KSセキュリティ社まで作ったというからな。

保とも仲良くやってくれるし、この天才児たちを、むしろA製薬で囲い込みたいものだ。


そのためなら、匠君に会社でも何でも作ってあげるぞ。

保のことも、ビジネスも好転してきたじゃないか、楽しくなってきたぞ。


2日後、宮原会長と保君、A製薬の新薬開発のエースの池田慎二さんが研究所にやって来る。


これから天才児3人と、エース池田との打ち合わせが始まるのだ。

エース池田の後ろには、雲の上の人である宮原会長、その横には新薬開発研究所の所長が座っている。


雲の上の人である宮原会長に、自分をアピールできる機会は、サラリーマン人生最大のチャンスだぞ。

横に座る研究所の所長にも、良い印象を持ってもらえば……出世コースにゴーだ、ゴー、ゴー。

エース池田の鼻息が荒い。


ところで、こんな小さな子供たちと、何をどう話せばいいのかな?

自分にも同じ様な年齢の子供がいるけど、難しいことや厳しいことは言ったことはない……とにかく優しく、ソフトに接しとけばいいか。

でも、自分のアピールもさり気なくしておくぞ!


打ち合わせが始まる。

池田は、やさしく丁寧な問いかけを心がけながら話を切り出す。

そりゃそうだよ……1人は会長の孫だし、2人はあの鈴森会長のお気に入りなのだ。


この子たちを泣かせでもしたら、絶対まずいだろ、悪い印象を持たれて、降格人事一直線だ。

まったく……気を使うな……やり難い……喉が乾く。


匠君からは、遠慮しないでズバッと質問してきてよというサインが出ているのだが……いいのか……本気でゴ―しても?


しまった……本気モードの専門的な質問を投げかけてしまった。


やってしまった……と思っていたら、なんと匠君から医薬分野の学術論文をたくさん読み込んでいないと、返せないような回答が返ってくるじゃないか。


何だ……これは……この状況は……今度は匠君からの質問がきそうだな……要警戒、要警戒。


匠から、エース池田の質問に関連した、核心を突く医薬分野の質問が投げ返される。


まずい……この質問にズバッと回答ができなければ、自分の専門家としても面目が丸つぶれになるじゃないか。


この打ち合わせは、俺が専門家の知識を背景にして、彼らを優しく包み込むように主導していかなければならないのだ、絶対に。


気合を入れ直すぞ、闘魂だ、エース池田を舐めるなよ!


もう既に、子供と話していることは忘れてしまう。

この質問のやり取りに負けるようなことがあれば、俺はエースではなくなる。

エースの称号は恥ずかしくて名乗れない。


それどころか、子供との論戦に負けた奴というレッテルが……

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