第29話 鈴森会長の来訪

研究所の扉を開ける。

「会長、どうぞ中に」

お付きの人も、会長の後から中に入って行く。


プロジェクターの前に用意された椅子に会長が座ると、おつきの人たちが会長の後ろの椅子に座ったり、立ったりしている。

いろいろ会社の序列というものがあるのだろうか、勉強になるな。

俺はプロジェクタースクリーンの前で、冒頭の挨拶をすませ、さっそくプレゼンを始める。


まずは、セキュリティシステムの説明を行い、次にセキュリティシステムにどうAIを活用しているかの説明になる。

おまけとして、開発しているAIプラットフォームについての説明も追加する。


世の中では、AIによる音声認識に向けての開発が進んでいるがうまくいってはいないようだ。

俺は、開発したAIプラットフォームの適用例として、画像処理で特徴点を抽出した画像データの座標を読み込むことで、ニューラルネットワークの閾値を自動的に変えていき、画像の次の動きを推定するオンライン学習のデモンストレーションを見せる。


ラケットで打ったテニスボールがどこに飛んでいくかを推定するプレゼンだ。

そのプレゼンを見て、会長もお付きの人も拍手をしてくれている。


お付きの人の名刺には、技術本部長、副本部長、会長秘書……と書いてある。


「すごいな、君たちの技術力は! K社技術本部長としては、今直ぐにでも君たちに入社してほしいところだ、しかし年齢が年齢だからそれも難しい。しかし、このままにしておきたくない。君たちが開発する技術を我が社が利用させてもらうような契約が結べればいいのだが」


「君たちが作ったセキュリティソフトだが、世界で使われているセキュリティソフトのレベルと比べて同等か、それ以上らしいぞ! 技術本部ネットワーク担当の山田部長が大絶賛なのだよ」


「私たちには、技術を製品として世の中に出す力はありません。最先端の技術を作れても、それを社会で使ってもらうためには、故障しない技術とか、誤操作させない技術といった、技術を支える技術が必要になります。それは長い年月と経験により少しずつ蓄積されるものだと思います。また技術の権利を守るための特許防衛ノウハウも私たちには持っていません」


「ですので、K社と協力し合って、セキュリティソフト開発を進めるのは、私たちにとって、大いにメリットがあると考えています。開発に派生して生まれるかもしれない技術については、柔軟に対応していただきたいと思います」


「良く分かっているじゃないか、やはり匠君は面白いな」


「会長、今後も定期的に研究所にご足労いただけますでしょうか?」

「もちろん、そうさせてもらうよ!」


会長たちが満足して帰っていく。


父さんは、疲れ切っているようだ。

会長が放つオーラはなかなかのものだったからな。


今日はゆっくり休んでもらおう。

優子は自分の技術が認められ、すごく楽しそうだ。

俺だってそうだ、晴れ晴れとした気持ちだよ。


移動する車の中で、鈴森会長と技術本部長が話している……

「会長! すごい子供たちですね」


「匠君と話していると、とても9歳とは思えない。そういえばA製薬の会長の孫が、頭の出来が良すぎて不登校になっていると聞いている。その孫に匠君たちを紹介してあげたらどうだろうか?」


「それはいいかもしれませんね。A製薬の会長もお喜びになるでしょう」

「そう思うか? さっそく今日のうちに連絡をとってみよう」


「セキュリティシステムですが、どうしますか? 我が社はセキュリティシステムを使うことはあっても、販売とメンテナンスをするようなノウハウはありませんが」


「Sシステム社と我が社で、共同出資の会社を作るのはどうだ? 名前はKSセキュリティ社としようじゃないか」


「匠君たちとの関係はどうしますか? 匠君は9歳ですから、さすがにKSセキュリティ社の社長になってもらう訳にはいきませんよ」


「今回は、匠君にKSセキュリティ社の大株主になってもらうことにしよう。いずれ匠君に社長になってもらえば良いだろう。それと会社の場所だが、あのビルの7Fは、まだ空いていたな。セキュリティソフトの研究開発部隊を入れることにしてはどうだ? 未来技術研究所とは、技術コンサルタント契約を結ぶことでどうだろう?」


「良いですね。あの天才児2名は、何としてもK社で囲い込みましょう。まさに金のタマゴですよ」


「そうだな。あのプレゼンを聞くと、匠君はジャンルを問わず見識が深そうだ。少し停滞気味のK社の技術レベルを、一気にブレイクスルーさせてもらえそうだな。久々にワクワクしてきたな」


車の中での会話は続いていく……


数日後、K社からメールが届く。

セキュリティソフトについての提案が書かれている。


……内容を要約すれば……

SシステムとK社で、共同出資でKSセキュリティ社を作る。

俺がKSセキュリティ社の大株主になる。

秋葉原ビルの7Fに、KSセキュリティ社の先導的な開発部隊を入れる。

未来技術研究所とKSセキュリティ社で、技術コンサルタント契約を結びたい。

……という内容だ……


送られてきたメールと契約内容を、顧問弁護士の平山さんにもチェックしてもらう。

平山さんの判断としては、問題なしということだった。


ついでに俺と父さんは、この契約の条文の意味は……というようなレクチャーを、平山さんにしてもらう。

おかげで、こういった契約の書き方や条文の意味に、少しは詳しくなることができた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る