第28話 鈴森会長2

「技術本部のネットワーク担当、山田部長を直ぐに呼んでくれ!」

秘書に急いで指示している。

5分もしない内に山田部長が息を切らしてやってくる。


部長の質問に的確に答えながら、AI機能を付加する利点について、さらに詳しい技術解説を加える。

「これは、君が作ったのかい?」


会長と同じ質問だ。

参照した理論を、どう活用したのか詳しく解説すると、部長が大きな声で唸る……


「これは何と言うか……すばらしいですよ! 会長、この子は天才です!」


「そうか、素晴らしいものを見せてくれてありがとう。ところで君たちはどういう目的でここに来たのかね? これを見せるためなのかい?」


会長の目が、自分の孫を見つめるような優しい目に変わっていく。


「このソフトを売り込みに来た訳ではありません。私と妹は小学校に通う年齢ですが、知能が他の子供よりも高いため、学校には在籍していますが不登校を続けています。義務教育が終わっても、たぶん高校や大学には進学しないと思います。将来は自分の会社を作るつもりなので、インターネットでダウンロードした学術論文を精読しながら勉強をしています」


「人と違う生き方をする人間を認めたがらないこの国で生きていくには、あの人が認めるというのなら……という人に、僕たちの才能認めていただくことが必要だと思いました。持参したセキュリティソフトはいかがだったでしょうか?」


「面白い子供たちだな……君たちは普段はどうしているのかな?」

「秋葉原のビルの中に研究室を作り、2人で研究をしています」


「そのビルは、匠が自分の力で建てたビルなのです」

今まで黙っていた母さんが会長に説明する。

母さん、会長のオーラが平気なのか……


「益々面白い子供たちだな。東京に行く際に、匠君の研究室に寄らせてもらうよ。それで、君たちを認めたことになるのかな?」


「ありがとうございます。会長にお会いできて光栄です。ぜひ秋葉原の研究所にお越し下さい」

俺は自分の名刺を会長に渡す。


その名刺には、未来技術研究所 所長 相馬匠と記載しておいた。


「来月の7月に、何人かの技術者とともに研究所を訪問させてもらうよ。その時に、もう一度君たちの研究をプレゼンしてくれるかな。今日のプレゼンは、とても参考になったよ。ありがとう」


「ところで、この近くに美味い料理屋がある、秘書に案内させるから食べて帰るといいよ。そこの料理はうまいぞ! 支払いは私がしておくから心配しないで、お腹いっぱい食べるといい」


秘書に案内されたのは、老舗の会席料理の店だった。

自腹なら、入るのを躊躇いそうな、見るからに高級な佇まいの料亭なのだ。


3人で美味しい会席料理を食べながら話をしている。

「良くあんな大きな会社の会長が会ってくれたものだわ。しかもアポ無しで! 世の中的にはあり得ないことだわ。母さんでもそのくらいは分かるわよ。しかもこんな高そうな料理まで奢ってもらって! 会長さんに感謝しないとね」


「私もそう思う。絶対受付で追い返されると思っていたの。それなのに、どんどん奥に案内されて、会長室の扉の前に連れて来られた時には、足が震えてしまったわ」


「母さん、優子、上手くいく時はこんなものだよ。実は、僕も声が震えそうになるのを必死に我慢していたのだよ」


「まあ、いちいち驚いていたらきりがないわ。匠は、そんなものだと思うことにしているのよ」

いや……あの状況で……平然としていた母さんはすごいと思うよ。


「私もそうする。でも何だかすごく楽しい。相馬家の家族になって良かったわ。今日は本当にワクワクした」


翌日、新幹線で研究所に戻ると、会長から来月に研究所を訪問するというメールが来ていた。

母さんも優子も喜んでいる。

「あの有名な会長が本当にここに来るのか?」と、父さんは半信半疑のようだ。


……2008年7月……


あれから優子とともに、AIプログラム構築のためのプラットフォームを作っている。

つまりAI関数ライブラリみたいなものだ。

関数に引数を与えて呼び出すことで、AIネットワークの構造を細かく自由設計できるように設計した。


こういったものを用意しておけば、開発するAIシステムごとに、最適なAIネットワーク構造を自在にアレンジできるのだ。


俺と優子で会長へのプレゼンの準備をしている。

天井固定のプロジェクターやスクリーンも準備万端に整えておいた。


もちろん会長用の立派な椅子も用意しておいた。

さすがに会長を、パイプ椅子に座らせる訳にはいかないからね。

そうだ、お付きの人も何人か来るだろうから、椅子を多めに用意しておかないといけないな。


約束の日となり、会長が到着する時間が近づいてくる。

鈴森会長が乗った車が来るのが見える。


ビルの前に黒塗りの高級車が4台止まり、会長が車から降りてくる。

テナントの会社の人も、秋葉原の通りを歩く人も、TVで顔を見たことがある人は、何事かと会長を見つめている。


相馬家族は、皆でビルの前に立ってお出迎えだ。

「研究所にきていただき、ありがとうございました」


家族全員で頭を下げる。

本当にあの会長が来たのかと、父さんはびっくりしている。

一番緊張しているよ。

会長と一緒に8Fの研究室にエレベータで移動する。

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