第27話 鈴森会長1

セキュリティソフトを持参し、何とかなるさで飛び込みプレゼンでもしてみるか!

事前にアポをとっても、却下される可能性が高いと思うしね。


K社の本社は東京じゃないから、新幹線で移動することになる。

9歳と8歳の子供2人だけで、新幹線で移動すると迷子扱いされるかもしれない、母さんに引率をお願いするか。


母さんに引率をお願いしたら……

「子供2人だけで、そんな遠くまで行かせられる訳がないでしょ! 私が連れていくに決まっているわ」と怒られる。


今日は、母さんに引率してもらい、3人で新幹線に乗って移動している。

何をしに行くのか、聞かないでくれるのはありがたいな。

優子は何をしに行くのか知っているから、既に緊張した表情になっている。


そりゃ、俺だって緊張するよ。

だけど行動しなければ、何も起こらないじゃないか。


新幹線を降り、ノートパソコンを入れた小さなキャリーバッグをゴロゴロさせながら、新幹線駅の広い通路を、3人で歩いていく。


歩きながら、優子とプレゼンの手順を打ち合わせしている。

ビジネスマンが良くやっている光景だが、子供がそれをやると、絶対変な子供だよね。


駅を出てタクシー乗り場でタクシーに乗り込み、K社の本社まで行ってほしいと伝える。

K社の前でタクシーを降りて、そのまま母さんと3人で受付に向かう。

大きなビルだな、この企業の頂点にいる人に会いに行くのか、怖いな……でもワクワクする。


拒否されて、そのままUターンすることになりませんように……

前世が、あれだけ不運だったのだから、今回の人生は少しくらい強運ですよね、神様!


受付に向かって、真っ直ぐにどんどん歩いて行く。

子供2人と、そのお母さんらしき人が受付に到着。

先頭の子供が、随分と堂々とした態度をしているので、受付の女性は社員の家族が訪ねて来たのだと勘違いしたみたいで、応対が優しい。


ひょっとしたら、取締役のお孫さんかもしれないと思っているかもな。

それにしても、随分丁寧な対応をしてもらっている。

それはそれで、K社とまったく接点なしの身としては恐縮する。

怯んだら負けだ、堂々としておこう。


優子を見ると不安そうな表情だ、額に不安という文字が浮き出ているよ。

まあ、それが普通だよな。

俺も同じだけど、不安スイッチを強制的にOFFにしている、もちろん、そういうイメージを心に描いただけだけどね。


鈴森すずもり会長をお願いします。アポは取っていませんが大事な用事です」と、当然のように受付のお姉さんに伝える。

この勢いで、押し通すしかないだろう。


お姉さんは、俺の堂々とした態度から、会長のお孫さんではないかと、勝手に思い込んでいく。


「少々お待ち下さい。直ぐに連絡をお取りします」

何度もペコペコしながら、会長室に連絡を取っている。


受付から連絡をもらった会長も、何か変だな……と思いつつ、小さい子供2人とお母さんが私に相談に来たということは、何か特別な事情があるのかもしれないと、5分だけ時間をとってくれる。


3人は会長室に案内されていく。

会長がいるフロアーの通路の絨毯がフカフカ過ぎて歩きにくい。

すれ違う重役も、会長の孫だと思っているみたいで、丁寧な挨拶をしてくれる。


会長室の扉が開く……重そうな扉だ。

とにかく扉が開いた、ヤバい、緊張してきた。


キャリーバッグからプレゼン用のノートパソコンを取り出し、優子にプレゼンの準備をするように伝える。

怯んだら負けだ……もう一度心の中で叫ぶ、一度死んだ人間は強いのだ。

失敗しても怒られるだけだ。


「この度は、突然の訪問に対応いただきありがとうございます。相馬匠と申します。会長にお話があってまいりました」

小さな子供が、堂々と挨拶をするので会長も思わずニコッとしてくれた。


「で……お話とはなんでしょうか?」

怒ったりして、会長室で子供たちが泣き出したら困ると思ったみたいだ。

話し掛けてくれる言葉が優しい。


温和な表情とは裏腹に、会長の体から発せられるオーラがすごい、多くの修羅場を潜り抜けて身に付いたものだろう。

きっと下手な嘘など、直ぐに見抜かれてしまうはずだ。


怯んだら負けだ、もう一度強く意識する。

お腹に力を入れる。


「AIを搭載したセキュリティソフトを作りましたので、ぜひ見ていただきたく思います。どうか、よろしくお願いします」


……何の事……技術系社員のお子さん……場所を間違えて来てしまったのか……会長は思わず首を捻る。

どういうことだ……と目を秘書の方に向ける。


子供が懸命に作ったのだろうから説明だけは聞こうか。

この部屋で大泣きでもされたら、次の予定もあるし困る。


内容は退屈なものだろうけど、適当に褒めたら、お土産にもらっているチョコを渡して帰ってもらおうと考える。


「では1分で概要を説明します」

プレゼン画面を見せながら、手際良く説明していく。

ん……このシステム……ちゃんと動くなら、なかなかのものだぞ!


……何者だ……この子は! 

これを本当に自分で作ったというのか?


論文の引用部分まで、テキパキ説明しているじゃないか。

理論を完全に理解しているというのか?


「これは、君が作ったのかい?」

「はい! 私と妹で作りました。私が理論を構築し、妹がプログラムを作成しました」


「ちゃんと動くのかい?」


「ノートパソコンは2台あります。2台をネットワークに接続しましたので、片方のノートパソコンからウイルスソフトを送ります、送られた方のノートパソコンがウイルスを駆除するところをお見せします」


「アニメを使って、現在どういう処理がされているか表示していきますが、セキュリティソフトに詳しい人を呼んでいただければ、もっと専門的な説明を加えることができますし、専門家の方なら、ソフトの優秀さを的確に判断してもらえると思います」

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