第16話 示談交渉3

しかし、千葉の襲撃を追い返して、一件落着とはならなかった……


翌日の午後になり、今度は妻の由香里が自宅に押しかけて来る。

よくも夫婦で、毎日押しかけられるものだ!


それだけ示談のお金の工面が大変なのかもしれない。

それにしても、子供まで連れてくるなんて、この家族の常識を疑う。


俺は、またまた、自分の部屋に避難させられている。


「奥さん、ここまでやる必要があるの! もう十分でしょ! 主人や私が刑務所に入れば、この子はどうなるの? 奥さんも母親なら分かるでしょ。私たち家族を苛めて、そんなに楽しいの? それでも、あなた母親なの? いったいどういう人なのよ!」


言っていることが、自分にだけ都合良すぎて、無茶苦茶だ。

こいつも、近所に聞こえるように大きな声を張り上げている。


「由香里さん、横領は泥棒と同じなのよ! 泥棒なのよ! そんなことも分からないの? 昨日は、あなたの主人が怒鳴り込んできましたけど、刑事告訴をお望みなのですね? それなら、このままお帰り下さい。夫婦で仲良く刑務所に入って下さい」


その後も、自分たちに都合のいい話をヒステリックに喚き散らし続ける。

さらには、連れてきた子供を大きな声で泣かせる。

子供とは打ち合わせ済みか、家族で無茶苦茶な奴らだ!


泣いている子供の声は、しっかりと覚えているぞ、前世で中学生だった時、俺を毎日苛めていたクズ野郎の千葉太一の声だ。

忘れることなんかできないクズ野郎の声だ。

本当に親子揃ってどうしようもない。


「父さん、母さん! 相手にしたらダメだからね! こいつも、こっちが手を出すまで喚き続けるつもりだよ!」と、自分の部屋から叫ぶ。


2日続けて同じ手口か、進歩がない。

やがて平山弁護士が駆けつける。


「奥さん、子供まで連れて何をやっているのですか? 昨日は旦那さんですよね。あなたたちは、弁護士を軽く見ていませんか? それなりの法的措置を取りますよ」

「分かったわよ」


由香里が平山弁護士を怖い顔で睨みつける。

平山弁護士は修羅場に慣れているのか平然としている。


「奥さん可愛い顔をして、本当に酷いことをするのね! 本当に怖い人だ! 怖い、怖い!」と、近所に聞こえるように大声で喚く。

「いい加減にしなさい。さっさとお帰り下さい」


クズ息子が、家の壁を何度も蹴っ飛ばしながら「バーカ、バーカ、おまえら全員、死んでしまえ」という言葉を大声で連呼する。


その後、由香里は子供の手を引いて、足早に去って行く。


「何だか、すごく嫌な気分になったわ。美味しい出前でも取って、気分転換でもしましょうか。ビールも飲みましょうか」


「母さん! それなら特上の寿司にしよう。連日呼び立てることになって申し訳ないから、平山弁護士も食べていって下さい」


「同級生なのだから、平山でいいよ」

「そうだな、たまには同級生で飲もうか」


……2005年12月……


B社から2400万円、千葉からも1600万円のお金が口座に振り込まれてきた。

千葉はどうやってお金を工面したのかな?


千葉の性格だと、手に入れた裏金を貯金なんかしていないに決まっている。

浪費して、お金なんてほとんど残っていないだろう。

お金を作るために、複数の消費者金融から高利で、ほとんど1600万円満額を借金したに違いない。


この人生では俺たち家族の代わりに、千葉家族が苦しむことになる。

前世とは逆パターンだ。


高利で借りたお金の返済は大変だぞ、ぜいぜい頑張って返済してほしい。

クズ息子、今度はおまえが学校で臭いと言われる番だぞ。


後日、平山弁護士が領収書を渡すために、千葉の自宅を訪れる。

しかし、千葉家が借りていたアパートの部屋は空き家だったそうだ。

夜逃げしたのか、もっと家賃の安いアパートに引っ越したのか分からない。


前世の俺たち家族の人生と、千葉家族の人生が入れ替わったり、父さんの会社が倒産しなかったりしても、そんな小さな出来事は、世界の歴史にとって誤差にもならない揺らぎだろう。


会社から去っていった社員にしても、前世でも2009年には父さんの会社から去っていくのだから、少し早く会社から去っただけだ。

この社員の中に、世の中の歴史に大きな影響を与えるような奴は絶対にいないはずだ。


とにかく、俺たち家族の悲惨な未来は回避できそうだし、そのことにより世界の歴史に影響を与えることもなさそうだ。


神様からは「俺の行動が世界の歴史に大きな影響を与えれば、歴史の修正力により抹殺される」と、言われていたけど、今のところ問題ないだろう。


横領問題が一段落したので、父さんは会社の売掛金や買掛金を調べている。

会社を畳んだ時の収支がどうなるのか調べないといけないらしい。

ちなみに、お祖父さんが複数の銀行から借りたお金の合計は、なんと約6000万円だそうだ。


お祖父ちゃん、6000万円も借金があるのに、父さんに会社を継がせないでほしいよ。

息子に、そんな危険な人生を歩ませてどうするの!


この不況の日本で、借金が6000万円もあって儲かりもしない設備会社、おまけに横領社員付きなんて、社長をお願いされたら即答で断る。


父さんも父さんだよ、社長を引き継ぐ前に、会社の借金とか確認しないとダメでしょ。

親子揃って千葉の不正を見抜けないし、どうなっているの。

……人が良いということにしておこうか。

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