第15話 示談交渉2
その日の午後、平山弁護士は会社で仕事をしている千葉に連絡し、近くの喫茶店で向かい合って座っている。
弁護士からの呼び出しに、怪訝な表情の千葉に横領の話を切り出す。
「千葉さん、あなたはB社と共謀して10年近く横領をしていましたね! その件については、B社の社長もお認めになっています。しかも不正納入をB社に持ちかけたのはあなただそうですね?」
「刑事告訴されて刑務所に入るか、お金を支払って示談にするか、どちらかをお選びになられますか?」
淡々と冷静に選択を告げる平山弁護士を前に、千葉の顔が青くなっていく。
「刑事告訴すれば、2年以上の実刑になります。執行猶予は付きませんので刑務所に入ることになります。これは弁護士が言うのですから間違いありません」
「示談にするには、いくら払えばいいのだ?」
平山弁護士が一気に畳み掛ける。
「商品納入の不正に基づく会社の損害賠償4000万円のうち40%の1600万円が示談にするための金額です。2週間以内にこの振込先に送金下さい」
「そんな大金なんて、持っているはずがないだろ」
千葉の表情が変わる、平山弁護士を睨みつけている。
「B社の社長は、何とか用意して支払うと言っていましたよ」
「刑務所にはいりたくないなら、どこかから借りてこいと言っているのか! 俺を脅しているのだな」
「そんなことは、一言も言っていませんよ。あなたの選択肢について説明しているだけです」
「ただ実刑になれば、出所後は前科がつきますから、仕事探しには大変苦労されると思います。それにあなたの奥様も共犯ですね。あなたの次は、奥様とお話をすることになるでしょうね」
妻の話が出てきて、千葉が沈黙する。
長い沈黙の後……
「相馬社長は何と言っている」
「ニコニコしていないことだけは確かですよ」
「相馬に会わせろよ」
「私に依頼したのは相馬さんですよ。相馬さんは刑事告発を要望されていました。示談交渉を提案したのは寧ろ私なのですよ。刑事告発されれば、あなたは警察に身柄を確保され、警察での捜査、その後は検察へ送検され、裁判に至るまで、長い勾留が続きますよ。もちろん奥様も同様です」
「分かった。示談に応じる。ちくしょう。相馬の野郎」
「では、この書類にサインして下さい。判子は拇印でもいいですよ」
「それと、退職届けも書いてもらえますか……奥さんの分は郵送でもいいですよ」
これで千葉との交渉が終わる。
翌日会社に出勤すると、千葉夫婦が会社に来ないので「千葉さんはどうされたのですか?」と、社員たちが聞いてくる。
「千葉は、製品の不正納入に関わり、納入業社から裏金をもらっていたことが判明した。横領罪で刑事告発するから、夫婦で刑務所に入ることになるだろうな」
社員たちの顔が青ざめる。
「ところでおまえらは、まさか千葉からお金をもらったりしていないよな。思い当たる奴は退職届を提出して、二度と会社に顔を見せるな。であれば告訴はしない、ただし退職金はない!」
社員たちは大急ぎで、退職届を書いて机に置く。
そのまま何も言わないで会社から逃げ出していく。
もう会うこともないだろうが、告訴されないだけ有り難く思え。
しかし、これで一件落着とはならなかった……
翌日、なんと千葉が自宅に怒鳴り込んで来る。
「今まで散々会社に尽くしてやったのに、この仕打ちは何だ! 弁護士を頼む前に、一言話をしろよ。おまえ、やることがいきなり過ぎるだろ!」と、玄関前で怒鳴っている。
工事で鍛えた声だ、よく通るでかい声だ。
近所の人もびっくりしているだろう、もちろんそれが目的だ。
卑劣な奴だ……
俺は自分の部屋に隠れているように言われたが、怒鳴り声が部屋にも響いてくる。
大きな声を出せば、何でも解決するとでも思っているのか。
お祖父さんは、良くこんな社員を使いこなしていたものだ。
「おまえが、横領したからだろ! 会社にどれだけ損害を与えたか、会社の信用をどれだけ傷つけたか分からないか? それにな、横領は泥棒と同じで犯罪だぞ。ちょっとしたことじゃない」
「安い給料で働いてやっているのに、ちょっとくらい何だ。刑事訴訟とか大げさだろう。あんたみたいな、何も分からない素人社長の言うことを、黙って聞いてやったじゃないか! ところで、良い酒を持ってきてやったぞ、一緒に飲もうじゃないか! おまえの綺麗な奥さんも一緒にどうだ」
既に平山弁護士には連絡しているので、直ぐに来てくれるだろう。
それにしても何なのだ、千葉という男は常識がなさ過ぎる。
いや、まてよ……
「父さん、手を出したらダメだからね! こいつの目的は、父さんに手を出させることだよ」と、自分の部屋から叫ぶ。
千葉が舌打ちをしている。
もう少しで、父さんが手を出すところだったみたいだな。
それでも千葉は帰らない、玄関先でずっと喚いている。
1時間ぐらいして、平山弁護士がやっと駆けつけてくれた。
「示談ではなく、刑務所をご希望のようですね」
「相馬、覚えていろよ!」
弁護士はまずいと思ったのか、千葉は急いで逃げる。
「まったく悪知恵ばかり働く姑息な奴だ!」
「そうね。私も2度とあの人の顔は見たくないわ。もう来ないわよね」
「さすがに、もう来ないと思う」
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