第14話 示談交渉1

「取り付けられた設備機器が、見積りと違うと分かれば、施主からクレームがきたりしないのか?」


「たぶんクレームは来ないと思う。理由は後で説明する。ただし、性能の落ちる設備機器を取り付けている訳だから施主の満足度は低くなり、次の工事は受注できないだろう」


「不況の中、そんなことをやっていたら経営が苦しくなるばかりだな。とにかく今日中に資料を送ってくれ。資料を確認したら、2、3日のうちには、納入業者と話をするつもりだ。弁護士報酬も忘れないでくれよ。お前とは友人だが、仕事は仕事だからな」


この弁護士、俺が言いたかったことを、全部言ってくれた。

ありがとう平山さん、助かりました。

父さんが、優秀な弁護士と友人で良かった。


依頼して2日が過ぎ、平山弁護士が自宅に訪ねてきて、納入業者との話を報告してくれる。


「納入業者は設備機器を取り扱う小さな商社だった。何とそのB社の社長が直接不正に関わっていた。話を始めた最初の頃は、何の話だと白を切っていたのだが、証拠もあるし刑事告訴すれば刑務所に入ることになるぞと、優しくアドバイスしてやったら、青くなって全て話してくれた」


「質問に対する社長の反応からすると、千葉という社員は5年より前から、横領をしているな。自分の首を締めるからはっきりとは言わなかったけどな。問題は、不正の話は千葉という奴から持ちかけられたということだ。そいつの妻も会社で働いているよな。共犯だぞ」


「他の社員たちも、取り付ける設備機器が違うことに気づいていたが、千葉に小遣い銭程度のお金を渡されて、黙認したようだ。社長はひたすら謝罪をしていたから、上手くやれば騙されたお金をバッチリ取り返せるかも知れないぞ」


「損害額は約3600万円で変更ないか、資料の裏付けのあるものでないとダメだぞ。ただし、そんなに細かい数字でなくてもいいぞ」

「約3600万円で間違いない。資料もここにある」


「分かった。次は刑事告訴するか、示談にするかを決めないといけない。刑事告訴にすると、警察の捜査から、検察への送検と時間もかかるし、発生した損害をこちら側が立証しないといけない、いろいろ面倒だ。刑事告訴をちらつかせての示談を勧める。刑務所の代わりに、示談のお金を支払うことが罰になるということだ」


「示談が良さそうだな。示談の対象は業者と千葉だけでいい。千葉以外の社員は、退職金なしで会社を辞めてもらうことで罰としたい」


「会社はどうする、続けるのか?」

「それは直ぐには決められない。銀行借り入れもあるし」


「方針が決ったのだから、後は私に任せておいてくれ。業者と千葉には、商品納入の不正に基づく会社の損害賠償として、とりあえず4000万円で示談交渉しよう。絶対5年より長く横領をやっているからな。10年やっていたとしたら8000万円なのだろ。4000万円がいいところじゃないかな」


「4000万円に対する、業者と千葉比率だが、業者の儲けの3分の1を千葉が受け取っていたということと、もともと千葉が持ちかけた不正だということから、業者が60%、千葉が40%という比率にしようか」


「千葉には思うところがあるだろうが、個人で1600万円の支払いは重いと思うぞ。どうせそういう奴は、ズルして儲けた金を貯金なんてしないからな」


「示談不成立となった場合には刑事告訴に変更だ。いろいろ面倒だがそれでいいか?」


「すべて任せる」

「4000万円を見事に勝ち取ったら、弁護士報酬をバッチリ請求するからな。忘れるなよ」


「もちろん支払う。心配するな」

「了解した、交渉は明日行う。最初が納入業者、次が千葉だ。おまえは、会社にいない方がいいだろう」


「明日は会社を休むことにするよ。万事よろしく頼む」

平山弁護士が帰っていった。


「父さん、会社はどうするの?」


「気持ちとしては100%会社を畳みたい気持ちになっている。しかし会社を畳めば、仕事がなくなる訳だから、家族の生活をどうするかも考えないといけない。それに銀行からの借り入れもあるし、直ぐには決められない」


「お金のことは大丈夫です。僕も株で少しだけ儲けています」と言いそうになった、しかし言わないでおこう。


翌日平山弁護士は、まず納入業者のB社に乗り込む。

ここからが、平山弁護士の腕の見せ所だ。


刑事告訴をちらつかされ、社長は怯えきっている。

訴訟されたことが表沙汰になれば、信用失墜で会社は倒産するだろう。

それに、この年で刑務所には入りたくはない。

出所しても自分の会社がないことを考えれば、負けを認めるしかないのだ。


示談金を支払って、なかったことにしてもらうしかないと業者も覚悟を決める。

平山弁護士が一気に畳み掛ける。

「商品納入の不正に基づく会社の損害賠償4000万円のうち60%の2400万円が、示談にするための金額です。2週間以内にこの振込先に送金下さい」


金額を聞いて、社長はがっくりと項垂れる。

しかし、2400万円の支払いに応じる。

念書にもサインする。


社長はどこかからお金を工面してくることになるだろうが、この後の経営はいろいろ大変だろう。

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