第12話 会社見学

「僕は無学歴で大人になると思うので、普通の人のように、どこかの会社に務めることは無理だと思います。だから自分の会社を作ろうと思います。その会社は知識と技術が売り物の会社になるでしょう。だから僕は、自分の知識と技術を必死で勉強しています」


「父さんにお願いがあります。将来自分の会社を作るにあたって、父さんの会社を見学させてもらっていいですか?」

「いいけど……小さな設備会社だぞ……匠が作ろうとしている会社の参考になるのかな?」


「業種は関係ないよ。主に経理とか在庫管理とか、どの会社にも共通する部分を見学したいと思います」

「それもそうだな。会社が休みの今度の日曜日に、匠を会社に連れて行こう。それでいいか?」


「父さんありがとう。母さんはどうする?」

「母さんも、父さんの会社をゆっくり見たことがないから、是非見てみたいわ。皆で行きましょうよ」


……2005年11月の日曜日……


家族3人で、父さんの会社に向かっている。

近くで見上げると、秋葉原のビルは古いというか、ボロいというか……

大きな地震があったら倒壊する可能性が大だ。


自分ならこんな建物で、絶対に仕事をしたくない。

お祖父さん夫婦は、長い間ここに住んでいて怖くなかったのかな?


1Fの道路に面した部屋の扉を開けると、在庫の設備機器が乱雑に置かれている。

ここが倉庫かな、もう少し整理整頓と掃除をした方が良いと思う。

この状況が、仕事に対する社員の心構えを表していると思う。


2Fが事務所になっていて、3Fがお祖父ちゃん夫婦の自宅になっている。

自宅には、お祖父ちゃんたちのものが、そのまま置いてある。


2Fの事務所のソファーに3人で座る。

事務所の中をグルっと見渡すと、古い事務机が部屋の中央に並んでいて、入口近くにはロッカーが並んでいる。


ロッカーの上には、乱雑に工具類が置かれている。

工具の手入れなんか、全くしていない様子だ。

ダメだよ、父さん……社員を甘やかし過ぎだ。


母さんがお茶を入れてくれる。

父さんが自分の机の中から、お土産にもらった煎餅を出してくれる。


「始めて来たけど、アットホームな感じの事務所ね」

「そうだろ。そのうち3Fを片付けて、皆でここに引っ越すか?」


「そうね、後でどうなっているか見てくるわ」

両親とも、このビルを見て何とも思わないのかな。

引っ越し、絶対反対だ……

それにしても、和やかな雰囲気になっているのだけど、煎餅を食べて帰るわけにはいかないのだ!


「工事の見積書とか、見せてくれない」

「そうか、そうか、これが見積書のファイルだよ。見かたを教えようか? いや匠には必要ないかな」


見積書のファイルをめくると、見積書に時々出てくる比較的単価の高い設備機器がある。

単価の安い設備機器で不正をしても旨味はないから、これに違いないとピンとくる。


「この単価の高い設備機器を、倉庫で見せてもらってもいい?」

「もちろんいいよ。じゃあ、1Fに行こうか」


3人で1Fに移動する。

倉庫になっている部屋の扉を開けて中に入る。

ホコリが……社員に掃除させないとダメだよ……

父さんが「匠、これだよ!」と言って、見積書にあった設備機器を指している。


商品はビニールで梱包されていて、商品名と型式が書かれたシールが貼られている。

そのシールと、見積書に記載されている商品名と型式とを照らし合わせると、予想通り型式が違う。


「型式が違っているみたいだけど」

「そんなハズはないぞ! どれどれ。 あれ〜違っているな……どういうことだろう」


同じ設備機器がもう1台置いてあったが、これもシールに記載されている型式が違っている。

父さんの顔が強張ってくる。


「検品・受領の書類はどうなっているの?」

父さんが急いで、2Fの事務所に走っていく。


数分もしないうちに、父さんが戻って来る。

「これは千葉のサインだ」


「この見積書は、お客に提出しているものの控えでしょ。提出した見積と型式が違っていて大丈夫なの?」

「品質や性能がほぼ同じの同等品なら問題はないのだが……ん……」

父さんが唸り続けている。


3人で2Fの事務所に戻る。

父さんが、いろんなメーカのカタログを見ながら、製品の仕様を確認している。


「これは同等品じゃないな! 見積書の製品と比べると性能がかなり落ちるものだな」


5年分の資料を引っ張り出してきて、机の上に並べ始める。

まず2000年度の資料の中から、問題の製品名が記載されたお客への見積書を抜き出し、それとペアになる納入業者への製品注文書、納入業者からの製品納品書、納入業者からの請求書を取り出す。


2001年度から2005年度までの資料の中からも、同じように見積書とペアになる注文書、納品書、請求書を取り出す。

そうやって、ピックアップした5年分の見積書、注文書、納品書、請求書のペアを見比べる。


5年分のセットの全てが、見積書、注文書、請求書に記載されている製品名および型式と、納品書の製品名および型式が違っている。

納品書の受領サインは、全て千葉になっている。

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