第5話 転生しました

……1999年7月……


ぼやっとしていた視界が、少しずつ鮮明になっていく。

たくみ……匠ちゃん……」


母さんが、自分の名前を呼んでいるようだ。

前世と同じだ、懐かしい母さんの声だ。

過去の自分に転生したようだ。


それにしても、生まれたばかりの赤ちゃんの体は思うように動かない。

何かを考えようとしても直ぐに眠くなる。


赤ちゃんの間は、何かをしようとしても、どうにもならないということだな。

寝るのが仕事とは良く言ったものだ。


しばらくは無理せず、食べて寝て、ゴソゴソ動いて、声を出しての繰り返しだな。

寝ている時間が長いが仕方がない。

ギフトで天才の頭脳をもらっていても、今は普通の赤ちゃんと変わりない。


……2001年1月……


1歳半ぐらいから、体のいろいろなパーツや機能が、少しずつ上手くコントロールできるようになる。

不安定ながら歩けるようにもなる。


神様と話したことも、前世の記憶も残っているし、取り敢えず安心した。

前世の記憶は大事だ、それがないと同じ人生が繰り返されてしまう。

それでは転生した意味がない。


声帯のコントロールも上手くできるようになりつつある、もう少しすれば両親と会話ができるようになるはずだ。


父さんは、ゼネコンと言われている建設会社で、建築設計を担当している。

父26歳、母24歳で結婚、1999年7月に長男として俺が生まれる。

名前は、父さんが相馬和也そうまかずや、母さんが相馬陽子そうまようこ、そして自分の名は相馬匠そうまたくみだ。

前世と同じだ、違っていたら困る。


しかし、前世と同じということは、このまま流れに身を任せておけば、前世と同じ人生をトレースし、悲惨な未来が待ち受けている。


家では、絶望に沈んでいく両親を見て暮らし、学校では、異質な子供として教室で孤立、毎日苛めの対象になっている。

頭がおかしくならなかったのが不思議だ。

そういう未来は絶対嫌だ、何が何でも回避する。


会社の倒産まで約8年。

といっても俺は幼児だし、直ぐには何もできない、何もできない期間を考えると、8年なんかあっという間だ。


倒産までに、最低でも1億円ぐらいは、お金を貯めておかないといけない。

もっと時間がほしい。


……悲惨な未来が……考えていたら緊張してきた。

あれ、おしっこ漏れたかな?

しっかりしてくれ俺の体、これじゃ、行動を起こすどころではない。


とはいえ本当に、のんびりと赤ちゃんなんかやっている場合じゃない。

プランだけでも考えるとするか。

……眠い……考えるのもダメなのか!

しかたない、3歳になったら頑張ろう、今はどうにもならない!


……2002年7月……


やっと3歳になった。

体も声帯も上手く使えるようになってきたし、眠いのも気合で我慢できるようになってきたし、行動開始、時間がない。


まずは、父さんの古くなったノートパソコンをもらおう。

「父さんの古いノートパソコンをもらえない?」

「いいぞ。持ってくるな」


父さんが、使い古しのノートパソコンを俺に渡してくれる。


「匠は、ノートパソコンの使い方とか分かるのか?」

「たぶん分かると思う。父さん、インターネットにも繋いでほしい」


「無線LANで繋がっているはずだから大丈夫だぞ。しかしインターネットという言葉を良く知っているな。まあ匠なら知っているよな! 匠は、私たちの子供とは思えない程、頭の出来が良いからな。鳶が鷹というやつか? ハハハ」

父さんが自慢げに笑っている。


「匠は、新聞の政治欄や経済欄も読んでいるわよね。TVのニュースも理解できているしね。計算もできるし、本当に自慢の息子だわ。誰に似たのかしらね」

母さんもうれしそうだ。


俺の知能が異様に高いことを、両親が気味悪がったりしないで、普通に受け止めてくれていることがありがたい。

やはり母さんが、細かいことを気にしない性格なのがすごく助かっている。


それはそうと、まずはインターネットで、世の中どうなっているのか情報収集しなくては……俺の知る前世と違っていたら困るのだ。


それにしても、このマウスは大きいな。

手が小さいから、キーボードも指で1つずつ押すしかないな。


母さんが隣に座って、その様子をうれしそうに眺めている。

「匠が指でキーボードを1つずつ押しているのって、可愛いわ〜。和也さん、見て、見て」


父さんは写真を撮っているし、母さんからは何回もギュウっとされている。

検索できないから、止めてほしい。


まずは、総理大臣と入力してみようか、小……郎とでてきた。

大丈夫だ、前世と同じだ。

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