第2話 会社が倒産1

父さんは設備工事会社の2代目経営者だ。

俺が5歳の時、お祖父ちゃんから会社を引き継いだ。

社員数は12人、大きな建設会社の下請工事や、地域の小さい会社の請負工事を細々とこなしている小さな会社だ。


社員の給与に銀行返済、購入機器の支払いを済ませると、毎月会社に残るお金は僅かだ。

お祖父ちゃんが会社を立ち上げた時には、夢に燃えていたと思うが、今では儲けることより、会社を潰さないことが目的になっている。

日本には、こういう会社がたくさんあるのかもしれないな。


そういう意味では平凡な会社なのかな。

しかし……10歳の時にリーマン・ショックがやってくる。


日本全体が不景気に突入、設備工事にお金は回ってこない。

多くの会社が守りに入っているのだ。

無駄な出費を抑えて、静かに嵐が通り過ぎるのを、じっと待っている。


工事が減れば、会社の資金繰りは苦しい。

会社が苦しいなら、他を見習って、社員に辞めていただくという流れで良かったのだ!


お祖父ちゃんの代からの社員を、リストラする決断ができなかった。

経営を引き継いだ社長としてのプライドや責任感があったのだろう。


仕事がないのに給与を払い続ければ、結果は見えている。

経営者は感情に流されないで、冷徹な判断を下させないとダメなのだ。

運転資金が不足し、銀行への返済や、手形の支払いも際どくなっている。


しかし、そんな素振りを見せてしまえば会社は終わりだ、銀行から融資してもらっている資金の回収が始まってしまう。

焦る、このままでは会社が倒産してしまう。


ビジネスはハイリスク・ハイリターン、引き時を冷静に判断しないと大火傷をする。

この時点なのだ。

ここで会社の土地を処分し廃業すれば、大きな失敗にならなかった。

少しの借金なら、いくらでもやり直しができた。


父さんは判断を間違える。

15名の社員の生活を守るのが、社長としての責任だと思い込む。

社員の生活を守りたいなら、社員の転職先探しに協力するべきだった。


運転資金がないのなら、どこからかお金を借りればいい。

そんなに不況は長く続かない……

細々とでも仕事を受注していけば、いずれ景気は良くなる……大丈夫なはずだ。

自分に都合の良い未来を思い描いていく。


作成した事業計画を持って、銀行に追加融資をお願いする。

必死に頭を下げるが、追加融資は拒否される。

不況をやり過ごすのが目的の事業計画には融資は下りない。


銀行のクールな判断で、正気に戻るべきだった。

しかし、借りてはいけないところから、高利で金を借りるという選択をする。


借りてしまった……

さあ後は、必死で営業をすればいい。

高揚感に包まれ、晴れ晴れした気持ちになる。


資金繰りが危なそうだ、高利で金を借りたそうだという噂は、水面下で広がっていく。

危ない会社という噂が伝われば、仕事は発注されない。

立場を逆にして考えれば当然のことだ。


2009年6月……どうにもならなくなる……会社が倒産する。

高利で金を借りたお金は使ってしまった。

夜中だろうが、早朝だろうが電話が鳴り響く、ドアを強く叩く音がする。


もう何もできない……どうにもならない。

現実のこととは思えない……


社員の生活を守るために頑張ったが、全てを失ってしまった。

守った社員から労いの言葉はない。

退職金もないのか……非難の言葉だけが投げつけられる。


ひたすら謝り続ける。

自分の努力が足らなかったせいだと自分を責める。


俺たち家族は全てを失い、家賃激安のアパートに引っ越す。

生活環境は急低下した。


暗くなる家族を、母さんが明るく励ましている。

励まされて、父さんも少しずつやる気が戻ってくる。

早く借金を返済すればいいだけだ、昼も夜もなく働く生活が始まる。


不景気の中、条件の良い就職先なんか、直ぐに見つかりはしない。

そもそも消費者金融が、父さんの再就職をのんびり待ってくれない。


直ぐに雇ってもらえて、お金になる仕事があれば、その仕事を頑張るしかないのだ。

もらえるお金が少なければ、昼でも夜でも長い時間を働くしかない。


考える余裕などない。

人の目など構ってはいられない。

差し押さえられなかった服を着て、朝早くから深夜まで、フラフラになるまで働く。

仕事先でどんなに理不尽なことを言われても、ひたすら頭を下げて耐える。


毎月決まった日になると、ガラの悪い取り立てが自宅に押しかける。

「相馬さんいますよね。相馬さん」と、大きな声でドアが壊れそうなくらいノックする。

両親に、お金が入る日は知られている。


掻き集めた金を全て渡しても、高利で借りている利息分の返済にもならない。

消費者金融の担当者も慣れたもので、回収したお金から、生活できるギリギリのお金だけを戻して去っていく。

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