第44話

「みなさん、バイト代が入ったから、お渡しします」

 朝のホームルームが終わって一時間目の授業が始まる前に、生徒会長が俺たちのもとへやってきた。ちょうど京香と熱海、委員長とダベっていた時だ。

 次は数学の授業なんだけど、教科担任はしばらく来ないだろう。

「やっとか。待ってました」

「きたきた、もうタダ働きかと思ったよ」

「そうそう」

 女子たちがエサを貰う子犬のような顔して尻尾を振ってるよ。

 生徒会長が激臭制服のポケットから、焦げきったサバのような臭いとともに封筒を取り出して、机の上に置いた。それぞれに名前が書いてある。俺の分は京香と一緒みたいだ。

 これは銭湯掃除のバイト代だ。あれから一週間以上たっていたから、正直いってもらえないと思っていた。京香なんてまだかまだかって、毎日ブーブー言ってたからな。 

「現金希望者が内野君しかいなかったから、おじさんもアレコレ考えてくれたみたい。手配に、少し手間取ったって言ってました」

「え、現金じゃないのかよ」

 バイト代の基本は現金だろう。まさか現物支給じゃあないだろうな。

 銭湯の現物って、なんだ。入浴剤とかシャンプーなのか。いや、封筒に入っているから紙だろうな。入浴券ということか。

「お金だったら一人二千円だっていうから、たいした稼ぎにならないのよ。商品券だったら、めっちゃ価値のあるモノ用意するって、おじさんがニヤついていたのね。これはなんかあるでしょう、ってみんなで相談して、そっちにしたの。京香に訊いたら恭介っちも同じでいいっていうから、商品券にしたよ。裕也だけが二千円のほうがいいって」

 熱海にそう説明されたけれど、それは初耳だ。

「そうそう。商品券ならば数倍だって、おじさんがいってた。すんごいお得になるんだって」 

 銭湯のオヤジ、相手が女子高生ばかりだから奮発したのかな。まあ、確かに二千円よりも、まとまった額の商品券のほうがいいかな。

「勝手に決めちゃって悪かったよ。商品券のほうが、恭介の身のまわりのものをたくさん買えると思って」

「俺はいいよ。その商品券は、お母さんに渡してくれ。化け物退治の金がまだあるから」

「うん、ありがとう。わたしのと合わせてお母さんに渡しとくね」 

 ほんとうはいろいろ買いたいものがあるんだけど、少しくらいは家に入れないとな。

 京香も自分のためには使わないみたいだし。少ないけど、これで塩だけ焼きそばにエビの破片ぐらいは入るだろう。亜理紗に美味いものを食わせたいもんな。

「ねえねえ、なんだろうね。一万円分の商品券かなあ」

「さすがにそこまではないっしょ。あんがいショボくて、三千円の商品券にフロ券じゃね」

「餡子は、もう知ってるんでしょ」

 さっそく、女子たちが封筒の中身をアレコレ想像し始めた。さっさと見ればよいものを、みんなで楽しみを引っぱるところは女子らしいさ。

 生徒会長はすでにわかっているようで、腕を組んで、なんだか訳知りのようにニヤついてる。偉そうなポーズをキメてるけど、こう見ると胸のデカさが際立ってるな。臭いも際立ってるけども。

「よし、じゃあ、最初はグーでやるか」

「いいねいいね、そんじゃ行くよ~」

「さい、しょ、は、グー」

 グーの次に、三人が封筒の中に指を突っ込んで、一斉に中身を取り出して机に置いた。それぞれ紙切れ一枚を取り出したぞ。京香は俺の分と合わせて二枚な。さあ、いくらの商品券なんだ。

「ええーっと、これは商品券じゃないな」

「なんだろう。なんか手製っぽいなあ」

「そうそう。これ、パソコンで作ってプリントアウトしたんじゃないの。この隅にある画像って、あのお風呂屋のおじさんじゃない」

「ちょっと見せてくれ」

 京香の机の上にある四枚の紙切れを手に取ってみる。ええ~っと、リゾート招待券って書いてあるな。銭湯オヤジの、にっこり笑った禿げ顔画像がイラっとするよ。

 リゾートアイランドで二泊三日の豪華旅行、特別チャーター機使用ってあるぞ。

なんだ、これ。どういうこと。

「南の島のリゾートへの招待券ですよ。しかも、チャーター機で飛んでいくんです。乗客は私たちだけなんです」生徒会長が追加説明してくれた。

「なにそれすげーじゃん。私さあ、飛行機って乗ったことないわ」

「私も。ってか、この辺から滅多に出たことないよ。南の島とか行ってみたいと思ってた」

「そうそう。島ってあこがれるよねえ」

 にわかに信じられない内容だ。あの半日にも満たないアルバイトで、南のリゾート島へ二泊三日の無料招待券だよ。しかもチャーター機使用って、アニメみたいな話しじゃないか。

「この券一枚で、家族が一人無料で同行できるんですよ」

 しかも一枚で二度おいしいってことか。あの禿げオヤジめ、なかなかやるじゃんか。俺と京香で二枚の券だから、お母さんと亜理紗もつれていけるってことだ。

「なんでも、おじさんの親戚がパイロットで小さな航空会社をもってるんですって」

「それにしてもチャーター機ってすごいね」

「ビルゲ〇ツみたい」

「きっと、エアファースワンみたいな飛行機よね。わくわくするう」

 スーパー銭湯ならまだしも、貧乏住宅地の寂れた風呂屋だからな。親戚も同類だろう。間違っても大型の旅客機はないな。セスナの、もうちょっとデカいやつあたりだと思うけど、それでも凄いよ。

「飛行機に乗れるって、めっちゃうれしい。しっかも南の島だよ。海で思いっきり泳げるじゃないか。亜理紗も喜ぶよ」

「私もお泳ぎたいです」

 生徒会長の水着って、間近で見たらド迫力だろうなあ。風呂場では湯気がすごくて、イマイチかすんでいてたからな。存外に大きいのはわかったんだけど。

 てか、ホームレスのくせに水着持ってんのか。まさか、全裸で泳ぐんじゃないだろうな。うひゃひゃ。

「よーし、決まりだね」

「もちろん、行くでしょう」

「そうそう。いい思い出になるよ」

 みんないい顔してるなあ。俺以外は飛行機に乗ったことないらしいから、これはテンション上がりまくりだ。

「恭介も行くよね」

「ああ、もちろんだよ」

 なんだかんだ言いつつ、俺も当然行くわけだ。リゾートホテルに宿泊って、小学生以来だからさ。なんだか気合が入ってきたぞ。

「なになになになに」

 俺たちの話を盗み聞きしていた裕也が、いてもたってもいられなくて参入してきたよ。

「あの銭湯のバイト料が、南の島のリゾートへいく招待券だったんだよ」

「えー、なにそれー。僕も行く、絶対行くよ」

「あんたは現金もらったからダメだよ。権利なし。逝ってよし。ハウスっ」熱海が容赦ない。

「内野君、残念ですが無理です。スリーアウトです」

 二千円を選んだばかりにリゾートへの切符を逃したと生徒会長に説明されて、裕也が哀しみの海を泳いでるよ。全身に黒カビが生えたように真っ暗で、これほど暗黒面に落ちた男を見たのは久しぶりだ。

 人生は選択の連続なんだよ、裕也。

 なにげない一つの選択をミスることで、その後の人生が大きく変わるんだ。目先のアニメグッズ買いに走ったおまえには、幸運の女神が、「キモオタ死ね」ってあっちを向いてしまったのさ。

 生徒会長のはち切れんばかりの水着が見たかったと思うけど、それは俺の瞼と記憶に、しっかりと収めてきてやるからな。じゃあな、アディオス。

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