第42話
「なっ」
「しっ、静かにしてくれー、しーっ」
いまにも大声を上げようとする京香に向かって、俺は超絶ナンマンダブのスタイルで、深く深く手を合わせて、静かにしていてくれと懇願するのだった。
「こ、これは誤解なんだって」
「誤解ってなんだよ。あんた、洗面器でこんなもの作って、わたしらを覗いていたのか。サイテイのへんたいじゃないか。てか、こっち見るな」
「み、見てない見てない」
「見てんじゃねえか」
「ええーっと、ごめん。だから、ちょっとだけだって」
あくまでもヒソヒソ声で話しているので、他の女子たちには聞こえないと思うけど、京香の感情がヒートアップしていくのがわかる。たのむからおさえてくれ~。
「京香、一人でなにブツブツ言ってんだよ。のぼせて頭おかしくなったんじゃないの」
ヤッバ、熱海が気づいたか。京香、俺の超絶無心な合掌の心、わかってくれー。
「い、いや、なんつうか、この洗面器のカエルの絵が可愛くてさあ。むかし解剖したカエルを思い出して話しかけてたんだって。あいつ元気にしてるかなあ、あははは」
グッドな誤魔化しだ。そのまま俺の存在を隠し通してくれ。
「カエルといえばさあ、小学生の頃、じいちゃんが田んぼでデッカいカエルをつかまえて、晩飯のおかずにしてくれたっけ。あれ、オイスターソースで炒めると、けっこう美味えんだよなあ」
「そうそう、ウシガエルって美味しいんだよねえ。うちは豆板醤だったよ」
「私、いまでも時々捕まえて食べてますよ」
熱海たちは、カエルがいかに美味いかの話しで盛り上がってるぞ。彼女たちの可愛さと、会話内容の不穏当さにギャップがありすぎて辛い。
女子たちがする食い物の話しって、ふつうはあそこのカフェのスイーツがどうたらこうたらってなるんだけどな。考えてみると、不憫な境遇だよ。
「バッタも美味しいよねえ」
「そうそう、揚げるとエビの味だもんねえ」
「トノサマバッタが美味しいですね」
ええーっ。
いま熱海がヘンなこと口走ったけど、桜子委員長もエビとかぬかしてるけど、生徒会長までも殿様がどうたらってさあ、不憫を通りこして頭おかしいだろう。
「とりあえず誤魔化したけど、恭介、やっていいことと悪いことがあるからね。覗きなんてサイテイよ。へんたい」と、京香は俺を責め立てるんだよ。
「おいおい、それは違うぞ。そもそも俺が入っていたところに京香たちがやってきたんじゃないかよ。ここは男湯だし、男の俺が入ってんのは当然であって、女が入ってきたら、そっちのほうがヘンタイじゃんか。だいいち、風呂屋のおっさんに風呂入れって言われたんだよ」
「わたしらも、あのオッサンに風呂入ってけって言われたんだけど」
「・・・」
「・・・」
「あの禿げおやじー」
「あの禿げオヤジー」
こうなった原因は、銭湯の禿げオヤジかよ。ちくしょう、なんていいかげんなやつなんだ。いや、ひょっとしたら計算づくなのか。
「とにかくこうなったらしょうがないから、みんなに謝って俺は出ていくよ」
ムスコスティックがおさまらないので、超絶へっぴり腰になってしまうのが情けないけどさ。
「いいや、それはダメよ」
「え、なんで」
「餡子はともかく、熱海と桜子が喜んじゃうじゃないのさ」
「ええーっと」意味わかんないだけど。
「恭介がいま出ていったら、あの二人がキャーキャー言いながら恭介に抱きついてくるって言ってんの。ひょっとしたら餡子も」
「ええー、それって、そのう、パラダイス?」じゃんか。
「なにオー」
ひええ。
京香の顔がすげえぞ。子どもを生きたまま喰らう鬼子母神のような、いや、お岩の遺伝子をもった貞〇というか伽〇子というか、めっちゃテラーな表情になってるって。
なんでそんなに怒ってんだよ。とにかくコエーよ。なんだよ、ちょっとハーレムに憧れてみただけじゃないか。
「わたしがみんなを早めにあげるから、それまで恭介はじっと隠れてて。いなくなったら、さっさと出て、どこかに行きなさいよ」
「わかったよ」
「わたしを見るんじゃないって」
「だから見てないよ」ちょっとは見てるけど。
「ねえ、京香。やっぱそこに誰かいるんじゃないの」
「そうそう。男の声がしたようなしないような」
「あははは。そんなわけないじゃん。気のせい気のせい、花の精、伊藤整、あんたのせい、なんつって」
オヤジみたいなノリで京香が誤魔化してるさ。
熱海たちが、俺に抱きついてくるとかは京香の考え過ぎであり得ないだろうけど、女子たちがここから出るまで、じっとしてるってのは得策だ。
やっぱのぞき魔だと思われるよな。せっかく友達ができたのに、わざわざ印象悪くすることもない。バカ正直って、結局いい結果にならないんだよ。
「やっほー、パンパカパ~ン。服部半ペー子、ただいま参上、だよ~~ん」
うっわあ。
なぜか、唐突に半ペー子がやってきたぞ。
入り口のガラス引き戸をぶち割れんばかりに開け放って、キモい昆虫のようなポーズをキメながら、テンションマックスで叫んでる。まさにアホの鏡だ。ちなみに、当然ながら素っ裸なんだよ。
「ちょ、ちょっとう、なんで半ペー子が来てんのよ」
京香の驚きも当然だ。あいつは、今日のバイトに呼ばれてないだろう。
「半ペー子ちゃんは、お父さんと一緒に、解体した廃屋から木材をたくさん持ってきてくれたんです。じつは、ここの銭湯の燃料係のアルバイトもしてるんですよ」
生徒会長の説明によると、このアホ親子は風呂屋に廃材を売って日銭を得ているとのことだ。忍者らしく神出鬼没というか、意外なところで目ざとく稼ぐ親子だ。
「半ペー子の親父さんって、トラック持ってたんだ。しんじられない~」
当然、それらの廃材はトラックで運んでくるのだろう。親父が軽トラ持ちの熱海が、妬み混じりの言葉を投げつけてる。
「違います。リヤカーに山のように廃材を積んで、二人で運ぶんです。百キロを超える量の荷物だからたいへんみたい。前にね、坂道の途中で力尽きて、そのままバックで止まらなくなって、親子でドブ川に落ちたって自慢してましたよ」
「なんだ、リヤカーかよ」
いまどき発展途上国でさえピックアップトラックを使ってるのに、手押しのリヤカーはないわ。マサイ族だってトヨタ製にのってるって。あの親子、昭和時代を通りこして明治か江戸に生きているだろう。
「おやあ、文谷京香の横にあるのは、洗面器のピラミッドじゃないですか~。これは第777宇宙でナンバーワンのくノ一忍者、服部半ペー子にぶっ倒してほしいとのお告げですねえ。よっしゃー、服部流忍術秘奥義・裸人間ボウリングで成敗してやるぞ、おりゃあ」
おいおい、半ペー子のやつ、調子に乗って俺が隠れている洗面器の塔を崩す気じゃないだろうな。
「そりゃあー、いくで~、どストライクだー」
あひゃあ。
アホの半ペー子が勢いつけてヘッドスライディングしてきたー。
風呂場の床はつるっつるで、摩擦抵抗がほぼない状態なので、これはストライク間違いないでしょう。
ということはこの洗面器タワーがぶち壊されるわけで、さらに俺がここに隠れていることもバレてしまうわけで、おまけにナニがまだ萎まない状態で半ペー子とモロな接触二秒前なわけで、非情にヤバいことになってしまうでないかー。
「ほっひゃあー」
ああ、半ペー子が滑ってくるう。満面のアホ笑みを浮かべたまま、まっすぐ俺の城へ直進してくるって。
「こおうーの、アホんだらー」
だがしかし、洗面器タワーに激突する寸前、京香が半ペー子の首筋へ、強烈で熾烈で激烈なるキックをかましたー。
「ぐおっへーーーー」
京香の右足の甲の部分が半ペー子の首側面を強打し、そのまま蹴り上げた。首の半分くらいまで足がめり込んで、その打撃力に引き起こされるままに身体が半回転して仰向けになった。
これ、首の骨が折れたんじゃねえか。
「まだまだー」
京香は間髪入れずに、半分意識がとんでいる半ペー子を抱き起した。そして、首の後ろから自らの右手を回し、相手の足に自分の足を蛇のように絡める。
こ、これはあの必殺技のスタンバイ状態ではないか。
「河津落としだ、コノヤロウ」と京香が叫んで、二人で後ろにひっくり返ったぞ。
「ぐえぼっ」
大型ダンプに轢き殺されたガマガエルみたいな嗚咽を洩らして、半ペー子がのびてしまった。可愛い女子高生が発した声とは思えないほどお下品であり、さらに言うなら、オヤジのげっぷ的な響きだ。
「ふう」
プロレスの技がキレイに決まって、京香が腕を組んで満足そうに頷いている。
「ちょっと京香、やり過ぎじゃないの」
「半ペー子ちゃん、白目むいてますよ」
「そうそう。死んじゃうって」
「あはは、やりすぎたか。なんつうかさあ、こいつ見ると、むしょうにイラっとするんだよねえ」
京香のやつ、手加減なしで河津落としをやりやがった。へらへら笑っているけど、へたすると、半ペー子の後頭部がぶっ壊れてしまうじゃないかよ。
でも、そのおかげで俺が潜むタワーは崩されなかったし、結果、俺の姿も露見せずにすんだのだが。
「ねえ、なんか臭くね」
「そうそう。なんだろう、この頭のおかしくなりそうな悪臭は」
「餡子の臭いより強烈だよ」
「私でも死にたくなるような臭いですね。はっきり言って、臭いです」
う、確かに。
なんだか尋常でないほどの激臭が、風呂場の温かな蒸気に混じって拡散してるぞ。
「ああーっ、半ペー子の尻からなんか出てるよ。なんか茶色いスライムみたいのが、ウニウニ~って出てるって」
「そうそう、ってか、半ペー子、お漏らしてるよ」
「うっわ、なんじゃこりゃあ」
どうやら度重なる京香の必殺技で、半ペー子の肛門が決壊したようだ。
失禁するならいざ知らず、脱糞するところが斜め上をいくよなあ、この女。ってか、くっせーぞ。
小学生の時、ド田舎へ遠足に行って、バキュームカーが横転している現場に遭遇したことがあるんだ。死ぬほど大量のウ〇コがばら撒かれていて、クラスメートの過半数がゲロってしまった。
これは、あれをもっと濃縮したような強烈さだ。ギュッと臭いのエキスが詰まっている感じだよ。果汁120%だ。
「は、早くなんとかしなきゃ」
「そうそう、こんなに臭かったら、ここのお風呂屋さんに誰も来なくなるよ」
「お湯で流そう、お湯で」
「もう臭い、臭いって」
女子たちが、湯船のお湯をぶっかけ始めたよ。親の敵とばかりに、じゃんじゃんやってる。洗面器タワーの上の方がなくなってしまったが、ギリギリまで縮こまったから、俺の存在はバレていない。
しかししかし、なんだよなんだよ。
半ペー子のお漏らしを洗い流した後の汚水が、俺のほうに流れてくるではないか。なんか茶色ですんげえ臭い汁が、俺の足元にきてるんですけど。
わっ、こっち来るな、ふー、ふーっ、て吹いてもダメか。
つい先日、半ペー子のアソコの毛を鼻に詰められたし、さらにその前には半ペー子が掘った落とし穴に嵌って死にそうになるし、半ペー子絡みでとんでもない目に遭ってばかりだ。どれほどのイリュージョニストなんだ、このくノ一は。
「恭介く~ん。朗報だよ、朗報。なんとタンスの奥から熟女レズのDVDが出てきたんだ。オッパイを縛られたおばちゃんたちがベロチューしてるよー」
ここで裕也の登場だあ。勝ち誇ったかのようにゲットしたエロDVDを右手に掲げて、全裸でやってきたぞ。
このタイミングで現れるとは、ホントにロックでファンクな男だぜ。ただでさえカオスな状況が、さらに収拾つかなくなるだろうよ。
「およよよー、餡子姫が裸で乳が、ぶひゃぶー」
裕也の大脳が生徒会長の巨乳を認識した瞬間に、熱海が投げつけたデッキブラシが顔面に直撃した。もんどりうって倒れて、おッ立てた右足がピクピクと痙攣してるさ。
これは逝ったな。最後までロックンロールなやつだった。
って、わああ。こっちのほうがタイヘンだー。
不浄の泥水に混じって、怪しげな塊りが流れてきたぞ。
こんにちは~、お邪魔します~って、かりんとうみたいな物体が流れ込んできたって。そ、それが足の小指の縁にペチョって付いたさ。
あはははは。
死にたい。なんかさあ、切実に死にたいんだけど。だって、足にウ〇コがくっ付いているのに身動きできない状態なんだよ。
そんでさあ、この塊が、めっさ臭いんだわ。死にたい気分より先に、嗅覚の器官が壊れて臨床医学的に死に至るんじゃないかな。ハハハハ・・・。
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