第40話
「ふう」
俺は今、学校の図書室にいる。
放課後の安穏としたひと時を、たくさんの本に囲まれながら椅子に座って、ぼーっとしているんだ。
墓場での怪奇現象的な騒動から二日が経っているが、なんだか今頃になって、どっと疲れが出てしまった。授業にも身が入らなかったし、こういう時は静かな場所で呆然とするのに限る。少し休んでから帰ろうと思う。
「恭介、こんなところにいたのか。探したんだぞ」
京香がやってきた。一緒に帰ろうということか。
「わたし、今日はバイトないのよ」
「京香って、夕方も新聞配達してたっけ」
「新聞配達は朝だけだよ。放課後は違うバイトしてるから」
京香はバイトずくめだな。俺も働いて、自分の生活費を稼がなくちゃな。
「そんでさあ、餡子のバイト先の銭湯がいま大掃除中で、手伝ってくれって誘われてんだよ。恭介も一緒にやろうよ」
「銭湯でなにするんだよ」
「だから、掃除だっての。ボイラーのほうもあるから、男手がほしいんだって」
「いや、やめとくよ。俺、なんか疲れてんだ」
「バイト代出るよ。晩飯も出るし」
「なに、マジか。行く、いくよ」
本音を言うと、今日は家でゆっくり休みたいのだが、よくよく考えてみれば、文谷家の狭小住宅で心が休まるとは考えにくいし、やっぱ現金を持っていないと不便で仕方がない。化け物退治の一万円だけじゃあ心もとないからな。
というわけで、俺は銭湯に来ているわけだ。時刻は夕方、メンバーは京香とホームレスな生徒会長、熱海、桜子委員長になぜか裕也も来ている。どうやら、このメンツは固定のようだな。
ところで、この銭湯がさあ、またボロいんだ。
いちおう木造ではないんだけど、外かべのコンクリみたいのがあちこち崩れているし、出来の悪い瘡蓋みたいにペンキが剥げれて、気色悪いっていうか廃墟っていうか。鉛筆みたいに細くて長い煙突も黒く煤けていて、いまにもポッキリ折れそうだよ。まさにホームレス生徒会長のバイト先にふさわしい薄汚さだ。
入り口はガラス戸なんだけど、ガキがボールでもぶつけたのか、ヒビが入っていて、それをガムテープを貼って割れないようにしてるって、どうしようもなく貧乏臭い。なんか、ネットで見た昭和の銭湯みたいだ。
生徒会長を先頭に、みんなで中に入った。待合所っていうか休憩室っていうかロビーっていうか、微妙に狭い空間があって椅子と机が並んでいる。今日は休業中なので、お客がいない。床材も剥がれているし、椅子の表面のビニールが破れて中身がとび出しているよ。
奥に売店らしき狭いスペースがあって、おでんの鍋やお菓子類、アイスの冷凍庫、自販機が並んでいるさ。なるほど、風呂上りにジュースやお酒を飲みながらつまむわけだな。
こういうのってスーパー銭湯にはよくあるけど、こんなちっさなとこにもあるんだ。ちなみに生徒会長は、この売店でバイトしているようだ。もちろん、臭い制服は脱いで銭湯のユニフォームに着替えるとのこと。
「うわあ」
足元にキモい虫がいる。な、なんか、バッタみたいのが俺の足にピョンピョン当たってるぞ。なぜか知らないけど、俺のスネに猛烈にアタックしてくる。
なんやこれ。
「それ、カマドウマ。風呂場の垢とか便器にこびり付いたカスとか食ってるんだよ」と京香。
「あぎゃあ」
キモすぎるだろう。こらっ、虫けら、俺の足から離れろ。五百メートルは離れなさいって。
「なんだよ、恭介っち。便所コオロギぐらいで大騒ぎするなって」
「そうそう。サソリよりいいじゃん。毒とかないんだよ」
さすが貧乏には豪の者たちだ。女子のくせして害虫の類を、まったく恐れていない。熱海なんて便所コオロギを蹴っ飛ばしてるぞ。きっと、家の中にしょっちゅう出没してるんだろうな。
「やあ、皆さん、よく来てくれたねえ。バイト代はずむから、今日はガンバってね」
頭の禿げたオッサンが番台の奥からやってきて、生徒会長と親し気に話を始めたよ。オヤジ、話をしているふりをして生徒会長のオッパイをチラチラみてるなあ。やっぱ、中年男は巨乳好きなんだろうな。
「それじゃあね、さっそく女の子は浴槽を磨いてよ。男の子は裏にボイラーがあるから、その周りを片付けて」
女子たちは風呂掃除で、俺と裕也は外に行ってボイラー付近の片付けだ。肉体労働の予感がする。さっそく、禿げオヤジがボイラーの場所まで案内してくれた。
「君たちは、ここにあるものを壊してくれるか。窯に入れて燃やせるくらいにね。クギとかあるから、くれぐれも気をつけてね」
そう言って、バールやらノコギリを置いていった。なるほどね、タンスやら木製のパレットを分解するわけだ。ようするに、粗大ごみの木材を燃料にするってことだ。
「おおおおおおー」って、いきなりなんだよ、裕也。
「お金だあー、お金が出てキター」
裕也がタンスの奥から札束を引っぱり出して、ビラビラと振ってるよ。こ、これは、タンス預金が忘れられてたんだな。
ウヒョー、やったぜ、シャケナバイベー。さすがロックな男だ。
「ああ、でもこのお札、ペカリだった」
なんだよ、ペカリって。地下労働でしか通用しないニセ紙幣じゃないか。ぬか喜びじゃん。
「あ、ほらほら文谷君。ここにこんなものがあるよ」
すげえうれしそうに裕也が手にしてるのはエロ本だよ。しかも、表紙をよく見ると熟女ものだ。オバハンが乳を出して縄で縛られてるさ。
「おばさんだけど、けっこう巨乳だよ。文谷君にも一冊やるよ。おかずになるよ」
「いらないよ」
ネットでいくらでも見れるだろうが。まあ、貧乏人には無理かもしれないけど。
そもそもおばさんに興味ねえし、文谷家にもって帰っても保管場所に困るって。見つかって京香にシバかれるよりも、お母さんに俺が熟女趣味だと思われる方が危険だ。
「月刊・男の花園もあるよ。今月号の特集は、フンドシ尻だって」
いや、ソッチの方はよけいにいらない。てか、裕也はソッチ系なのか。おまえには接近注意報発令だよ。
裕也は、次から次に発見されるエロ本関係に夢中でロクに働かないから、俺が一生懸命に頑張ってるさ。
いや~、けっこう重労働だな。かれこれ三時間はノコギリやバールを振り回してるぞ。腹減ったなあ。いま何時頃なのかな。ここで晩ご飯食べさせてくれるって話だけど、モヤシ塩焼きそばとかだったらがっかりだ。
「いや~、ご苦労さん。だいぶ頑張ったね。おでんを用意したから食べていってよ」
ようやく飯か。ここのおでんはめっちゃ美味いから、正直うれしい。京香たちも終わったのだろうか。
「女の子たちは、もう少しで来るから。そうだ、せっかくだから風呂に入っていきな。ボイラーの試し焚きをするからさ」
「はあ」
飯の前に風呂にはいれるのか。ボロい銭湯だけど、文谷家の水深十五センチの風呂よりは断然いい。久しぶりに、ゆったりと湯につかれるのか。
「裕也、風呂入ってこようぜ」
「あとで行くよ。いまちょっと忙しいから」
そんなにエロ本が大事なのかよ。たしかにここはエロ本の山だけど、おまえの額の青筋は尋常じゃないぞ。昭和時代に生まれたらハッピーだったのにな。
「じゃあ、先に入ってるからな」
「ああ」
エロ本裕也をおいてロビーに来たけど、誰もいない。女子たちは女風呂でまだゴシゴシやってるのかな。まあいい。俺は風呂に入ってるか。
誰もいない脱衣所で全裸になったぞ。服はカゴに入れておこうと思ったけれど、ボロ銭湯は治安が悪そうだからな。ロッカーに入れる。アソコを隠すフェイスタオルがないんだけど、どうせ俺一人だからいらないや。
ふうー。
やっぱ銭湯はいいわあ。大きな風呂で、たっぷりのお湯につかるって最高だな。生き返るよ。ああー、気持ちがいい。天国かよ。
「ちょっとう、餡子のオッパイ、また大きくなったんじゃないの」
「そんなんことないですって」
「私のちっぱいが可哀そうでしょう」
「熱海さんは、お尻がきれいじゃないですか」
「お尻だけおおきくてもさあ。そういう意味じゃあ、京香ってバランス取れてるよね」
「あ、ちょっと、オッパイを突かないでよ、熱海」
「桜子も地味に巨乳だし、なんだよもう」
な、なんか脱衣所が騒がしい。京香たちの声が聞こえてくるのは気のせいか。まさか、女子たちが風呂に入ってくるんじゃないだろうな。ここは男湯だぞ。
「ねえねえ、男湯に入るってなんかドキドキしない」
「つっても、誰もいねえし」
「試し焚きは男湯だけだって」
「あ~あ、疲れたなあ。ひとっ風呂浴びてスッキリするかあ」
「京香、あんたオヤジみたいだよ」
「ふふふ」
「さあ、入ろうよ」
あひゃあ。
これはまずいぞ。めっさやべえ。女子たちが風呂に入ってくる気だ。
ど、どうしよう。俺、全裸なんですけど。いま出ていったら、間違いなく全裸な京香や生徒会長たちと出くわすことになるよ。全裸と全裸のご対面だ。フェイスタオルがないからアソコを隠せないし。どうするの、これ。
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