第39話

 ふくらむふくらむ。

 目の前の巨大なオッサン風船が、どんどん大きくなってる。誰かが奴の尻にホースをつっ込んで、水でも注入してるのか。こいつ、どこまでふくらめば気が済むんだよ。

「うっわ」

 び、びっくりしたー。

 バーンって破裂しやがった。ひょっとこクリーチャーがまん丸に膨みきったところで、大爆発したんだよ。

 あたりにデブ化け物の残骸が飛び散ってんだけど、これがまたグロ肉片と思いきや、ドロドロしたスライム上の粘液しかないんだ。あいつ、身体のすべてが粘液だったようだ。

「うっ」

 しかも、すんごく臭いぞ。なんだ、この水産加工場の廃墟を訪れてみました的な悪臭は。

「恭介、やったじゃんか。化け物を木っ端みじんだよ。ってかあんた、凄く臭いわ」

「恭介っちの全身が、あいつの液体だらけだ。なして、そんなに汁だらけなんだよ。汁男優か」

「そうそう、これって盛大なぶっかけじゃない」

「桜子さん、そういう表現は誤解をまねきますって」

「まあ、化け物をやっつけたんだから、なんにしてもよかった」

 女子たちがやってきて、懐中電灯を俺に向けながらワイワイ楽しそうにしてるよ。

 俺は全身が粘液だらけでびしょびしょだし、なんだか得体のしれない魚介系の臭いはするし、ちっともテンションが上がらないんだが。

 そもそも御札を貼ったのは亜理紗だし、俺は必要なかったんじゃないかな。

「恭介君、大丈夫だったの。怪我はない?」

「ゆ~わ~、きんぐ~of、きん~ぐ~」

 お母さんが配してくれてるのがうれしい。亜理紗も、いちおう称えてくれてるっぽいな。

「お母さんこそ大丈夫ですか。ガチファイトでしたけど」

「私はほら、フォートブラッグ基地で格闘戦の訓練を受けてきたから」

 え、お母さんは米軍にいたのか。ドンジャー隊員って、アメリカ陸軍の精鋭部隊のことなのか。

「いやー、それにしてもクッサいわ、恭介っち。目に沁みるって」

「餡子も臭いんだけど、なんか落ちつくのよねえ。でも、恭介のはただ臭いだけっつうか」

「そうそう。そういえばイカ臭くない」

「ああ、そうだよ。かなり古くなって、食べると危険っぽい塩辛みたいな」

「イカよ、イカ」

「文谷君、イカですね」

「イカ男、恭介だな、ははは」

 ちくしょう、みんなでバカにしやがって。好きでイカ臭い男子をやってんじゃないぞ。

「だ、ダーロン。よかった、無事だったんだね」

 な、なんだよ半ペー子、唐突に抱きついてくるなよ。おまえ気絶してたんじゃないのか。アホの父親と一緒にのびてただろう。いつの間に復活したんだよ。

「う、あたしのダーロンがめっちゃ臭い。なんかヌルヌルしてるし。え、汁男優?」

「あ、こら、へんなとこ触るなよ半ペー子。つか、離しやがれ。しかも汁男優じゃないぞ」

 半ペー子が俺にまとわりついて、しかも股間のあたりをまさぐろうとしている。こいつ、くの一だけでは飽き足らず、痴女属性もあるだろう。墓場の痴女だよ。

「半ペー子、恭介から離れろよ」

 京香が半ペー子のうなじに膝を当てて、アゴを両手でつかんで強引に引っぱてっるよ。プロレス技でいうところのキャメルクラッチに近いな。これ、ふつうに首が折れるだろう。

「グえええええ」と、半ペー子が死にそうな声をあげてる。

「ちょっと京香、半ペー子が死んじゃうって」

 さすがに熱海が止めに入った。京香は冗談冗談って言って笑ってるけど、力の入れ具合に殺意が混じってたぞ。腐った魚みたい眼で、半ペー子を見下しているし。

「だってさあ、半ペー子のやつ、恭介と付き合ってるなんて言うからさあ」

「ええーっ。恭介っち、半ペー子と付き合ってるの。まあ見た目は可愛いけど、これ、触っちゃあダメな物件だよ。ある意味、重度のメンヘラよりも厄介だって。朝起きてベッドから一歩踏み出したら、犬のうんち踏んじゃったみたいな」

「そうそう。下げマン過ぎて、貧乏神も地下を歩くレベル。ついでに疫病神が焼き土下座で、おでこ焦がすレベルだよ」

「わたし、こういう女見るとイラつくのよ」

「皆さん、ちょっと言い過ぎですよ。たしかに半ペー子ちゃんは頭が悪く、食い意地が汚く、センスが悪く、常軌を逸した行動を繰り返しますが、性根はそんなに極悪ではないと思います。ただアホなだけで、どうしようもなくアホなだけなんですよ。だからアホなんです。because アホなんです」

 おいおい、生徒会長まで容赦ないな。半ペー子が涙目になってるぞ。さすがに、ちょっと可哀そうになってきたさ。

「ほらほらムコさん、出番ですよ。ここで悲しみにくれる半ペー子をぎゅっと抱きしめてキメのセリフ、いってみましょうか。そしてベロチューから乳揉みしての18禁的な行為に。ウイ~、うらやましいなあ、コンチクショウめ」

 クソ親父、どこから湧いて出てきたんだよ。自分の娘をダシに使ってエロいことさせようとするんじゃねえ。しかも、耳元に当たる中年オヤジのアルコール混じりの吐息が生温かくてイヤだ。酒臭いんだよ、酔っぱらいめ。

「だから、俺は半ペー子と付き合ってないって。ちなみに誰とも付き合ってないぞ。こっちに来たばっかりで、そんなヒマないからな」

 いちおう、誤解はといておかないとな。

 なんか、女子たちの目線がキビシイ感じがするのは気のせいか。半ペー子は泣きべそかいてるし、俺って悪者なのか。

「はいはい、コイバナはこれでおしまいね。ひょっとこな化け物は退治されたから、みんな仲良くしましょうよ」

 雰囲気が悪くなりそうなところで、お母さんが間に入ってくれたよ。やっぱ大人はこうでなくちゃあ。

「ねえねえ、いまの動画にとったから、これネットにアップしたら稼げんじゃね。世界で初めて化け物を退治したんだからさあ」

「ネタ動画だと思われるんじゃない」

「それより、墓地の管理者に見せると10万円だって」

「え、なによそれ」

 京香が、みんなに化け物退治の報奨金の件を説明してるさ。暗闇の中で、女子たちの眼がギラギラしてるぞ。

「そ、それはらめえ。服部家が請け負ったんだから、十万円はあたしとお父ちゃんがもらうの」 

 半ペー子がさらに涙目になって訴えてる。なんか、顔が必死だ。

「でも、やっつけたのは恭介っちじゃないの」

「そうだよ。恭介の手柄じゃん。あんたら親子は、まったく役にたってないんだよ。インチキ忍者、逝ってよし」

 いや、化け物を退治したのは亜理紗だよ。いたいけで夢遊病的な幼女が大活躍したんだ。しかも御札は半ペー子が持っていたものだから、まるっきり権利がない訳じゃないと思うな。服部忍法の戦闘力は、ゴミカスレベルだったけどさ。

「あの御札は高かったのよー。お父ちゃんが交通整理の仕事して、やっと買ったんだから」

「そうだそうだ。灼熱のアスファルトの上で、とろけながら稼いだんだぞ、ういい~。よっぱらっちゃったよ。ションベンしてえ」

 服部親子と熱海・京香がもめてるなあ。貧乏人たちが金の話をしているんだから、熱い議論になりそうだ。

 白熱した話し合いの結果、みんなで山分けということになった。一人一万円の賞金だ。

 その夜は熱海の父親が迎えに来たので、墓場に泊まらずにすんだ。軽トラの助手席にお母さんと亜理紗を乗せて、他は荷台にほぼ立ったままの乗車だ。警察に見つかったら、絶対捕まってただろうな。

 熱海のお父さんに、衣服や下着のおさがりをいろいろもらったのはラッキーだった。ただし元ヤンキーだったらしく、派手めでヤンキー仕様なのが気になるところだ。虎と竜の刺繍があるスカジャンって、けっこうキツいぞ。まあ、着るものがあるだけマシか。

 化け物退治の報奨金は、熱海と半ペー子が証拠の動画をもっていって、墓場の管理者からもらうことができた。約束通りみんなに山分けとなり、俺も久しぶりのお金をゲットしたよ。これで、当分は昼飯に困ることはなさそうだ。

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