第38話
「いけー、半ペー子。そんなヘンタイ、やっつけてしまえ」
「半ペー子、あんたの忍術をぶちかませてやれ」
「そうそう、半ペー子ちゃん、ファイト」
「危ないから、気をつけて」
女子たちが半ペー子をけしかけているさ。声援を受けた半ペー子が得意になって、ピースサインを返してきたぞ。ピンクの忍者ズボンのポケットに手を入れて、ゴソゴソやっている。必殺の武器を出すのだな。
「ええーっと、魔物退治の御札があったんだけど、あれえ、どこいったかなあ。忘れてきたかな」
ゴーストなバスターなのに、武器を忘れてくるなって。なにやってんだよ、もう。商売道具だろうよ。イライラするなあ。
「半ペー子、忍法デンジャラストルネードアタッチだ」
「ウイ、お父ちゃん」
どこかに隠れていた親父さんが出てきて、娘とアイコンを交わした。親子でゴーストでバスターズ的な技を仕掛けるようだ。ちなみに、アタッチはたぶんアタックの間違いだろう。
「ふふふ、やっちまったね、ヘンタイな化け物よ。あたしら親子の逆鱗に触れて五体満足でフリチンできると考えたのが甘い。服部流忍術の究極奥義・トルネードデンデデンアタッチャを食らうがいい」
半ペー子、デンジャラストルネードアタックじゃないのか。技の名称くらいちゃんと覚えとかないとカッコ悪いだろう。だいたい、アタッチャってなんだよ。
「ぬおおおおお」
「ふぉおおおお」
おお、すごいぞ。
忍者親子がクリーチャーのまわりを、円を描くように走り出した。しかも腰をかがめた忍者走りで猛烈に走ってるよ。
そうか、わかったぞ。二人でぐるぐる回って風を起こすんだな。竜巻のような強風で、この露出なオッサンクリーチャーをぶっ飛ばんすんだよ。本場の忍術、ハンパねえ。
「おおおおお」
「やああああ」
いや、それはないな。じっさいはコスプレしたアホな父娘が、夜の墓場で大声上げながら走り回っているだけだ。疾風どころか、ウチワの風より弱い。ほぼ無風に近い。なんにもないって。幼稚園児よりも戦闘力がないじゃんか。
「あいつら何やってんのよ」と京香が呆れる。
「まあ、半ペー子に期待するだけ無駄でしょう」と熱海。
「そうそう」、「うんうん」と委員長と生徒会長が頷く。
ひょっとこクリーチャーも呆然としてる。あまりにも無意味な忍者走りなので、拍子抜けしているみたいだ。
「あっひ、あっひ、ちょ、ちょっと疲れた。しばらく走ってないから、息が切れる。ちょっと、いっぷくするべか」
親父さんの息が早々にあがってしまった。地べたに座り込んで、ポケットからタバコを取り出して吸い始めた。しかも、そのタバコが途中で折れ曲がって短いってことは、シケモクだな。
「はひはひはひはひ」
半ペー子が、一人で必死になって走り回っているさ。ヘンタイな化け物のまわりを息を切らしてるよ。まったくもって無駄な走りだ。
「おい半ペー子、早くトルネードな技をかけろよ。なにやってんだよ」
「そ、そんなこと言ったってダーロン、お腹すいて力がでないんだよ~。だって、ラーメンまだ食べてないし」
半ペー子もヘタって座り込んでしまった。親父さんの横に座って一息ついているよ。
ああー、あの親父はなにやってんだよ。どこから持ってきたのか、カップ酒飲んでんじゃないかよ。カップの端に口をつけて、目を瞑りながら、まるで末期の水を飲みように啜ってるって。
ホームレスのおっさんか。化け物と戦いの最中に呑んだくれてどうするんだ、服部っ。さっさと戦えって。
「うい~、酔っぱらっちまったよ。あれえ、もう酒ねえよ。半ペー子や、ちょっとコンビニ行って焼酎買ってこいや、しょうちゅ」
「お父ちゃん、腹へったっちゃ。イカの足でもいいから、なんか持ってないの」
だめだ、この親子は。
役立たず過ぎて泣けてくるよ。これほどの非常事態なのに、戦闘力の欠片もない。
「どべっ」
「だはっ」
あ~あ。
エセ忍者親子が、ひょっとこクリーチャーに蹴りとばされてしまった。戦いの最中に、そんなとこで休んでるからだよ。こっちまで飛んできて、そんで二人してのびてる。ほんとに親子そろってそっくりだわ。
「化け物、こっちだっ」
「お母さん」
ここでお母さんが復活だー。
素早くクリーチャーに接近し、拳と蹴りを連続的に繰り出している。さっきより三倍ぐらい速い動きだ。ボコッボコッて、クリーンヒットしてるよ。
ひょっとこは、アソコを蹴られないように気をつけながら猛然と反撃している。まるでゲームの格闘戦を見ているようだ。お母さんの強さがハンパじゃないけど、なんでなの。
「お母さんは、元ドンジャー隊員なの。滅茶苦茶強いんだから」
「え、お母さん、そんなにすごかったのか。てか、ドンジャーってなんだよ、京香」
「ドンジャーを知らないの。兵隊の精鋭よ」
「それって、レンジャーだろう」
「ドンジャーよ」
京香の説明では、お母さんはもと精鋭部隊にいたそうだけど、それって自衛隊なのか米軍なのか傭兵なのか。とにかくクッソ強いのは認めるけど、レンジャーじゃなくてドンジャーってのが意味不明だよ。
「ねえねえ、これって化け物退治の御札じゃないの」
委員長が、地面から妙な紙切れを拾って懐中電灯で照らしてるよ。なんだか奇妙な文字と、半ペー子の名前が書いてあるぞ。
「これって、半ペー子が持ってきた悪霊退治の御札だよ」
「もしかして、自作?」
「自作にしてはけっこうデキがいいよ。半ペー子の手作りなら、もっと雑で幼稚園児の落書きみたくなってるんじゃない」
「これって、効果があるのでしょうか」
「どうなのかなあ。半ペー子がもってきたもんだし、たいしたことないんじゃないの」
「試しに貼ってくればいいんじゃない」
「ああ、それはいいかも」
女子たちの目が俺を見てるよ。もしかして、元ドンジャー隊員のお母さんと死闘を繰り広げている最中の化け物に、それを貼ってこいってことか。
「恭介、男は度胸でしょう」
「恭介っち。ここは行くしかない」
「文谷君、気をつけて」
「そうそう」
くそう、ここまで期待されては行くしかないでしょう。男だったら、いま行くしかないでしょう。
「恭介君、はいこれ」と言って、委員長が俺に御札を手渡したさ。
「にしても、半ペー子の御札なんて大丈夫なのかよ」
「それをいまから試すんじゃないの」
「化け物の、いったいどこに貼り付ければいいんだ」
「それはテキトーでいいんじゃないの」
テキトーに貼るっていったって、あの激しいバトルの中に入るのは自殺行為のように思えるけどな。
「おに~ちゃ~ん~~、ふぁ~い~と」
おお、亜理紗が初めてお兄ちゃんと呼んでくれた。
な、なんという感激、なんという僥倖。やっぱ可愛い幼女はいいなあ。これがブッサな幼女だったら、ぜんぜん頑張れないよ。いや、べつに差別とかじゃないからな。ただの感想だから。
「おっし、やってやる」
張りきってやってきたけれども、ドンジャーお母さんとひょっとこクリーチャーの殴り合いが激しくて、なかなか間合いに入れないな。へたをすると、どちらかに思いっきり殴られそうだ。
「恭介、なにやってんのよ。早く貼っちゃいなさいよ」
この状況でどうやって貼れってんだよ。ったく、女はいつも遠くで気楽なことをいうぜ。
うう~ん、どうしよう。どこのすき間から入っていこうか。しばし考え中だ。
「これ~、は~る~の~」
「わあ、亜理紗、どっから出てきた」
いつのまにか、またまた亜理紗が危険地帯までやってきてるじゃないか。女子たちはなにやってんだよ。
って、半ペー子と親父さんの看病か。墓場のバケツに水を汲んできて、それを柄杓でぶっかけてるよ。二人とも完全にのびてるし、親父さんは酔っぱらってるから余計に起きないみたいだ。
「ありさが~、は~る~の~」
あ、亜理紗が俺の手から御札をかっさらって、クリーチャーに近づいていった。ドンジャーお母さんは、我が子に当たらないように手足を繰り出しているけど、化け物は滅茶苦茶に振り回している。
なぜか、すぐ目の前にいる幼女に当たらないのは奇跡的だ。これは早く亜理紗を引き離さないとヤバいぞ。
「こ~こ~に、はる~~。ぺた」
あひゃあ。
亜理紗がクリーチャーの露出尻に御札を貼っちまった。その途端、化け物の動きがピタリと止まったぞ。お母さんが亜理紗を抱きかかえて、すかさず距離をとる。
うっわあ、なんだよ。クリーチャーが膨らんでる。どんどんでかくなって、まん丸になってるぞ。
こ、これなんぞ。
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