第37話

 むむむー。

 横からなにかが来るぞ。

 黒い影が俊敏に、しかも直線的に接近してくる。しかも俺の方にではなく、怒れるヘンタイクリーチャーへのインターセプトコースだ。

「主婦っ、きーーーーっくー」

 ドスが効いているけど仄かに甲高い雄たけびとともに、その影が空に飛んだー。んで、暗闇に凶器を掲げているクリーチャーの横顔に、強烈激烈熾烈なる蹴りをかましたっ。

 ぐおおおー、って叫んで、オッサンクリーチャーがぶっ飛んでいく。高そうな墓石を四つばかり粉々にしながら、ボウリングの玉のように転がってるよ。どんだけ強力な蹴りなんだ。アニメじゃあるまいし、象でも斃せるほどだぞ。

「ふう、せっかく墓場でシエスタしてたのさ、うちの子どもたちになんてことしてくれのさ」

 お、お母さんだ。お母さんだよ。

 文谷家のお母さんが、カモシカのように疾駆してきたかと思うと、夜空に浮かぶ半月を背景に七メートルは飛翔して、矢のように一直線になりながら化け物を蹴りとばしたんだ。

 あり得んキック力だ。

 お母さん、もとムエタイの選手とかか。どう見ても普通の貧乏な主婦にしか見えないんだけど。それと、シエスタはお昼の休息であって夜寝じゃないぞ。

「こいつ、意外としぶといわね」

 お母さんのジャンピングキックでぶっ飛ばされたひょっとこクリーチャーが、瞬時に立ち上がったよ。そして、攻撃してきた者に向かってずんずんと近づいている。

 お母さんが構えた。一匹の露出化け物と、その辺によくいるビンボーな主婦が対峙している。

 まがまがしい闘気が、暗黒の墓場に満ち満ちてるんだ。あの二人の周辺の空気が揺らいで見えるって。

 化け物は化け物らしいとしても、お母さんはなんなんだよ。ただの貧困家庭の世帯主にしては根性ありすぎるぞ。脚力もな。

「ぎゅぎゃううう」

「はっー、」

 始まったー。

 まずひょっとこクリーチャーのクッソ重いフックが右から顔面を狙うが、お母さんの腕が頭部をガッチリとガードした。ドスン、って衝撃音が聞こえたよ。すかさずお母さんの渾身の前足が、化け物の露出チ〇コを蹴りあげようとするが、図太い手が股間をガードした。

 学習しているのか、さすがに何度も食らわないな。そして、あのデブ体系からは信じられない動きで回転したかと思うと、お母さんの脇腹辺りに強烈なる回し蹴りを食らわせた。勢いあまってブルンと揺れるデブ巨乳が、はち切れんばかりでキモいぞ。

「くうううっ、やるわね、このデブ」

 さすがのお母さんもダメージを受けたみたいで、脇腹をおさえながら数メートルほど後方に下がった。

「おか~さ~ん~」

 あ、やっべ。亜理紗が俺の手をすり抜けて、デンジャーゾーンへ走っていった。どうしてこの幼女は、いつもいつも無謀な行動をするんだよ。

「待て、亜理紗。そっちはいまガチンコバトルの最中だから、近づいちゃダメだって」 

 慌てて追いかけようとしたら、墓石の破片に躓いて転んでしまった。ううー、くっそ、弁慶の泣き所が死ぬほど痛くてすぐに動けない。お、折れたんじゃね、これ。

 あひゃあ。

 ひょっとこクリーチャーが亜理紗を発見、猛然と突っ走ってきたー。のん気に痛がっている場合じゃねえぞ。

「させるか」

 お母さんが猛然とダッシュ、化け物に突進した。

「おりゃっ」

 跳んで、またまた夜空の半月を背景にしての急降下的な蹴りだー。

 ああーっ、でも躱されてしまったよ。惜しかった。

 一匹と主婦が再び向き合って、一瞬の静寂の後、猛烈な格闘戦が始まった。パンチと蹴りの激しい応酬が続いている。相変わらず衝撃波がバシバシ響いてくるよ。常人同士の戦いでないな。

 ああ、これはダメな展開だよ。ひょっとこのパワーにお母さんが押されてる。じりじりと後ろに下がって、しまいには体当たりを食らってぶっ飛んでしまった。ダメージがあるのか、すぐに起き上がれないぞ。お母さん、大丈夫か。

 って、化け物が亜理紗を見つめている。腰に手を当てて、偉そうに仁王立ちでガンを飛ばしているさ。もういい加減パンツを履いてくれよな。教育上よくないんだってさ。

 ズンズンズンズンと幼女に迫ってきたー。

 ちきしょう、このまま黙って亜理紗をなぶられるのを見てられるか。貧乏人をなめんなよ。足が痛くてうまく動かせないけど、そんなことはどうでもいい。とにかく俺の幼女を守りきるんだ。

「亜理紗ーっ、こっちにこい。こっちに来るんだ」

「ああ~」

 さすがにまずい状況だと悟ったのか、亜理紗がクリーチャーに背を向けてこっちに走り出した。俺も動いているが、あの化け物が猛然と接近してくる。

 これはヤバい、ヤバいって。俺は間に合うのか、可愛い妹を守ることができるのか。

「あ~あ~」

「よし、つかまえた」

 あははは。なんとか間に合った。亜理紗を抱きしめたぞ。これで俺の体を盾にできるぞ。 

「うわあ」

 な、なんだよ。横からなにかが俺たちに抱きついてきた。

「恭介、亜理紗、大丈夫だったか」

 京香だ。京香がやってきて、俺たちにしがみ付いているさ。一緒に亜理紗を守るつもりだ。

「恭介っち、足痛そうだけど、どうしたの」

「怪我してるんじゃない」

「そうそう」

 熱海と生徒会長と委員長も抱きついてきた。五人で亜理紗をガッチリとガードしている。これで多少の打撃を食らっても、俺たちは痛いけれど亜理紗までは届かないないだろう。

 あはは、もつべきものは女体だな。こいつら柔らけえ。てか、生徒会長が相変わらず激臭い。

「やい、このひょっとこフリチン、すっとこどっこいの短小め。いまから直ちに速やかに軽やかに成敗してやるから、覚悟しろよ」

 俺たちの前に半ペー子が立っているよ。どこで拾ったのか汚らしい布っ切れを巻いて、乳を隠している。こいつが役に立つのかどうかイマイチ信頼できないけど、いちおう忍者の端くれだからな。忍術の一つくらい、かましてやれるだろう。


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