第35話

 前方に明かりを発見。電灯を前にして、誰かがしゃがんで、なんかやってるよ。

 あれは半ペー子と、その親父さんじゃないか。

 あいつら、夜の墓場の真ん中で、ポータブルのガスコンロでインスタントラーメンを煮てるよ。

 しかも親父さんが卵を割り入れる瞬間を、ピンクの忍者服を着た娘が目を輝かせて見てる。極楽浄土にきたみたいな、いい顔してるって。

 ちくしょう、こんな時なのに、なんて貧乏な親子なんだ。

「おおーい、半ペー子とそのおやっさん。あんたらの退治すべき化け物が俺のすぐ後ろにいるんだ。とっととやっつけてくれよ」

「あれえ、マイダーロンじゃないか。ラーメン一緒に食うか。って、うわあ、ヘンタイ」

 俺の後ろに迫っている巨乳で下半身露出なオッサンを見て、半ペー子が跳びあがった。

「お父ちゃん、お父ちゃん、ひょっ、ひょっとこが、ひょっとこがチンチンブラブラで」

「なんだ、半ペー子や。卵が煮えてないから、食うにまだ早い」

 のん気にラーメンをかき混ぜていた親父さんが、突進してきたひょっとこクリーチャーに、ラーメンの鍋とコンロごとぶっ飛ばされてしまった。「あひょーん」

「ああーっ、あたしのラーメンがー。まだ一口も食べてないのに」

 とりあえず、父親のことを心配しようよ、半ペー子。

 親父さん、ゴロゴロと転がって、記念碑みたいな巨大な墓石に激突したぞ。それでも鍋を手放さないのはさすが貧乏人だが、ひょっとこがノシノシと接近してるって。親父さん、ヤバいぞ。

「サッポロ百番なのに。特売のじゃなくて、ちゃんとしたサッポロ百番なのに。一番美味いやつなのに。よくも、よくもやりやがったなー」

 ラーメンを台無しにされて、半ペー子が怒りでワナワナ震えてる。いっぽう親父さんは、鍋の底をほじくってラーメンの残りかすを探すが、残念無念ながら中身はすべてぶちまけられて、ネギのカスものこっていない。

 それよか、ひょっとこクリーチャーが目の前にいるのに無防備すぎるだろう。

「おのれえ、デブでアソコぶらんぶらんなヘンタイ妖怪め。よくも、よくも我が服部家の御馳走・サッポロ百番を滅茶苦茶にしてくれたね。もう許さないんだから」

 サッポロ百番に対しての愛情がハンパない。

「とりゃっ」

 半ペー子がオッサン妖怪の露出した尻に飛び蹴りを食らわしたら、そのまま親父さんにぶつかっちゃったよ。そんで、ひょっとこクリーチャーが親父さんを抱きしめる体勢になったぞ。いや、抱きしめているのではなくて、抱き絞め殺そうとしているんだ。プロレスで言うところの鯖折りだ。

「あれれ、お父ちゃんとブサ妖怪がベロチューしてる。パンツ脱いでるし、なに気にエロシーンだ」

「アホか、よく見ろ。おまえの親父さんが超絶ピンチなんだぞ。あのままじゃ背骨を折られるって」

 どこをどう見たら、ベロチューしているように見えるんだよ。

 親父さん、よほど苦しいのか、空になった鍋でひょっとこクリーチャーの顔面をボカスカぶっ叩いているけど、化け物にはまったく効いてない。万力のような力で締め上げている。これ、マジで脊椎がやられるぞ。

「はあーあっ」

 うっひょう。

 そこに京香の飛び蹴りがまた炸裂したー。

 クリーチャーの後頭部に超撃ヒットしたよ。

 あいつ、なんだって、あんなに運動神経がいいんだよ。貧乏人なのに、エネルギッシュすぎるだろう。

 だがしかし、半ぺー子の親父さんは抱きつかれたまま、いまだに悶絶してる。せっかくのキックだったが、クリーチャーには、たいしたダメージになってないみたいだ。

「うう、く、苦しい。へ、屁が出る、屁。出る出る。ボヴォ、ブベベ~、ブフォッ」

 親父さん、苦しさのあまり屁を連続的にたれてるぞ。そして、その不浄ガスが風に乗って俺のところまでやってきた。

「オエー」

 く、臭っ。

 貧乏なくせして、どうしてこんなにえげつない屁をするんだよ。娘の半ペー子の屁もたいがいだったけれども、この親子の腸内細菌の種類が謎おかしい。きっとゾンビ化してるんだ。

「く~ちゃ~い~、お~え~え~」

 亜理紗もオエってなってるぞ。だいたい子どもは屁とかウンコとか汚くて臭い物には免疫があるんだけど、さすがにこの臭いにはやられるか。

「おのれえ、このケモノナマケモノフリチンめ。よくもお父ちゃんを殺してくれたな。父の敵討ちだあ、うんじょろー、キタコレー」

 京香に続き、半ペー子がヘンな叫び声をあげながら突進していった。つか、まだ親父さんは死んでないぞ。自分の親を勝手に亡き者にするなって。

「服部半ペー子プロデュース・究極至極の必殺技を浴びやがれ」

 ピンク忍者が、シュシュっとエアなネコパンチをかましてから、なんか痛いポーズをキメてるぞ。恥ずかしいなあ。

「いくぞー、忍法ジュラシックホームシック、CR小便横丁で下痢しましょう全回転、ジミー越永の風水がくそも当たんねえ金返せ、異世界で尻毛をアフロヘヤーにしてダンジョンっていうラノベ書こうと思うんだけどどうよ、ああ、やっべ、便所の電気消してきたっけ、バイオハザードファイナルアンサー、死ねやゴラアア」

 半ペー子のやつ、ひょっとこクリーチャーの尻の前にしゃがみこんで、両手を合わせて人差し指を突き出した。それにしても、必殺技の名称が長すぎてツラい。

 おいおい、必殺技ってカンチョーのことなのか。服部流忍術の使い手のくせして小学生みたいなやつだな。

 しかし、尻に危機を感じたオッサンクリーチャーがとっさに振り向いたぞ。

「カンチョーーーッ」

 ズボって刺さったよ。半ペー子の尖った人差し指がオッサンの肛門に、見事なまでに突き刺さった。

「ンゴウーーー」

 だけど化け物は身体を180度半回転していたので、尻は尻でも半ペー子の親父さんの尻だった。

「キマった、キリッ」

 半ペー子はその事実に気づかず、斜め下を向いたままゆっくりと指を引き抜いた。勝利の余韻にひたりながら、射撃の後のガンマンが銃口の排煙を口で吹くがごとく、汚染された人差し指のニオイをクンクンしてる。

「うっわ、くっさ。さすがは墓場のヘンタイ妖怪、こりゃあ尻の穴が腐ってますわ」

 いや、それ、おまえの父親だからな。

「半ペー子、危ないっ」京香が叫ぶ。

 ヤベえ。

 ヘンタイ妖怪が親父さんを高々と持ち上げて、いまだ悦にひたっているバカ半ペー子に叩き落そうとしているぞ。ひょっとこクリーチャーの露出なアソコがぶらんぶらんだが、暗くてよく見えないのが幸いだ。

 マズいぞ。

 このままじゃあ、アホ忍者親子が絶体絶命だ。助けなきゃ、って亜理紗を抱えたままでは身動き取れない。

あ、京香が突進していく。


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