第32話

「京香、マジで幽霊退治をやるのか」

「マジよ、大マジに決まってるじゃんか。10万円だよ、10万円」

「たしかに10万円は大金だけど、下手にちょっかいだして呪われでもしたら、それこそ後の祭りになるぞ」 

 両親の遺骨を納めた墓場で祟られるのは最悪だよ。

「10万円あれば、亜理紗にきれいなランドセルを買ってあげられるじゃない。亜理紗が背負ってるボロボロのランドセルを、恭介も知ってるだろう。クラスの子たちからバカにされてんのよ。毎日毎日、貧乏人だのボンビーだの経済的困窮者だの言われてるのっ」

 京香が涙声で妹の不憫を訴えている。

 そうだよな、せっかく天使のように可愛いのに、背負っているランドセルが、年季の入ったおじいちゃん愛用みたいなやつだからな。

 それは可哀そうだけど、最近の小学校一年生は経済的困窮者って、むずい言葉使うのか。

「わたしは妹に、ひもじいおもいをさせたくないんだ。せめて、新品のランドセルを背負わせてあげたいんだよ。うえ~ん」

 感極まって、京香が号泣し始めた。よっぽど妹のことを心配してたんだな。わかるぜ、その気持ち。

「わかったよ。俺も亜理紗にランドセルを買ってやりたい。京香、一緒に化け物をバスターしよう。10万円を手に入れて、ピカピカのランドセルを買って亜理紗を喜ばせてやるんだ」

「ありがとう、恭介」

 俺の両手を京香が熱く握っている。ここが夜の墓場でなければ、いい雰囲気なのにな。

「よっしゃー。10万円あればネズミーランドにいけるよ。スマホが古いからさあ、新しいのがほしいのね。それと靴も欲しいし、化粧品も、ちょっといいもの買いたい。あとは焼肉食べて、服も買って、あ、温泉旅行とかもいいね。沖縄にも行きたいし。北海道でもいいか」

 おいおい、亜理紗のランドセルの話しはどこにいったんだよ。スマホとか温泉とか、全部京香の物欲だけじゃんか。欲深すぎて、10万円じゃあ全然足りんだろう。

「まあ、とにかく、アホの半ペー子親子に先を越されるのだけはイヤだからね。恭介、お化けを見つけたら、しっかり退治してよ」

「え、俺かよ」

 京香の物欲のため、いいや、亜理紗のランドセルのために、とりあえず堂本さんという見知らぬ人の墓石の陰に隠れて、化け物を待つことになった。

 半ペー子と親父さんは、墓地中央部付近でスタンバイしているはずだ。あいつらよりも先に見つけようと思うのだけど、その前に方法論について心配がある。

「なあ京香」

「ん、なに」

 半月の仄かな明かりしかないけど、京香の顔がはっきり見える。てか、近い。墓石の陰に無理矢理隠れてるからな。密着しちゃうよな。

「もし、巨乳のひょっとこが現れたら、どうやってやっつけたらいいんだよ」

 まあ、そんなのはいないと思うけどな。きっと、ふつうのありきたりな幽霊だろう。

「そんなの、決まってるじゃんか。乳をもみほぐしてやるんだよ。もう、メッタメタに揉んでやればいいんだ」

 京香の両手が空中を揉んでいるよ。めっちゃ揉んでるって。男がやるより、すごくリアルでエロいぞ。墓場でなにやってんだよ、もう。

「前にさあ、ふざけて餡子の乳を揉んだことがあるんだよ。餡子のやつ、すんごく嫌がってさあ、ヘロヘロになってたさ」

 そりゃそうなるわな。たとえ女同士であってもセクハラが過ぎるだろう。

 裕也がその様子を見たら、よだれを垂らして卒倒しそうだ。ああ、俺もちょっと見たかった。

「ああーっ」

「うっわ、な、なんだよ」

 想像している最中に突然大声を出すなよ。ビックリするじゃないか。

「亜理紗を忘れてた」

「えっ、ああー、そ、そうだ」

 やっべ。

 そういえば亜理紗を休憩所に戻してないぞ。ランドセルの話をしていて、肝心の亜理紗をほったらかしだった。これはマズい。

「恭介、幽霊退治の前に亜理紗を探すよ」

「当然だ。休憩所に戻ってるといいけど」

「あの子のことだから、墓場をさ迷っているよ、って。ああー、あそこにいたー」

 京香が指さす方を見ると、亜理紗がいた。なにかに惹かれるように、墓場の奥へと歩いてるよ。

「恭介っ、あれは」

「あれは、って」

 うおおおお。

 な、なんかいる。

 亜理紗のうしろを、白い服を着たなにものかがフラフラとついて行っってるぞ。ちょっと遠いから姿形を完全に確認できないけど、半ペー子と親父さんではないことは確かだ。

 うっわ、これヤバい。ホントに出やがった。墓場の名状ならざるものが、俺の可愛い幼女に異常接近してるって。

「亜理紗」

 そう言って京香が走り出す前に、すでに俺がダッシュしていた。なんだか知れなヤツ相手に近づくのはヤバいが、とにかく亜理紗を助けなきゃ。

「そこのヘンなの、こっちだ、こっちにこいっ、この化け物野郎」

 懐中電灯をそいつに向けて、挑発してやった。こっちに注意を引き付けるぜ。

「あやや、あひゃあ」

 ひょ、ひょっとこだー。顔が、ひょっとこそのまんまじゃないか。手拭いを巻いたド田舎オヤジ顔に、ひん曲がった口が突き出して、正真正銘のひょっとこだ。

 し、しかも、めっちゃ巨乳、もう巨乳、明日明後日も巨乳。え、なして巨乳なの。

 マヌケなオヤジ顔と、そのはち切れんばかりの巨乳がミスマッチ過ぎて、なんかすごく怖い。空間識失調を起こさんばかりの恐怖だ。

 って、そいつがこっちにキター。走ってキター。

 うひゃあ。

 めっさ怖いやんけ。

 うわああ、あり得ん怖さだ。も、もう逃げるしかない。

「恭介、亜理紗は大丈夫か、って、あぐうああ。な、なんかキター。ひょっとこがくるう。こ、こっちくるな。おんひゃあ」

 俺とひょっとこを見て、京香が一目散に逃げた。

「ま、待ってくれ京香。俺をおいてかないでくれ」

 もちろん、俺は全速力で追っかけるよ。


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