第30話


 新たな忍者らしきやつが近づいてきたぞ。

 自ら音楽をかけながら登場するなんて、よっぽどイカれたやつだな。自意識過剰過ぎだろう。

「なんかさあ、この音楽、ヘンじゃない」

 京香の指摘通り、このBGM的な音楽がどうしようもなくユルくて、これから主役が登場するっていう躍動感がまったくない。この音楽にあえて題名をつけるなら、{ノラ猫のお昼寝}とか、{ピーちゃんのうたた寝}だ。

 とにかくさあ、まったりしてんだよ。昼飯食った後にラジオから流れてくる、ゆる~い感じの曲調なんだ。

「♪ 煌めく夜のアーバンシティ ロンリーなあたしはデンジャーナイツ ブーゲンビリアの雄たけびで~ 六本木の朝焼けはモーニングシャーク ブロンソンのキック、キック、ウルトラキック 濃霧中なの~ ♪」 

 助っ人の忍者が歌っているよ。曲調と歌詞が全然合ってないけど、無理やりに歌っている感じだ。プロレスの入場じゃないんだから、音楽はいらないと思うけどな。

しかも歌がド下手だし、自作と思われる歌詞が意味不明だ。てか、聞いてて恥ずかしい。ああ、なんかこう、首筋が痒くなってきた。

「みじめで不潔な墓場の妖怪どもよ。よくもわが父を愚弄してくれたな。いまから成敗してやるから下痢するんじゃないよ」

 ちょっとまて。

 おまえのその露出なピンクの忍者服は見覚えがあるぞ。その顔もよく知ってるって。

「あれえ、半ペー子じゃないかよ。あんた、墓場でなにしてんだ」

「え、そういうおまえは文谷京香ではないか。墓場でなにしてるの」

「いや、それはわたしが訊いたから」

「そうそう、私も訊きたい」

 二人の女子高生が、?って顔して見つめ合っている。目の前にいる同級生が、なぜ夜の墓場にいるのか理解できないようだ。

「ひょっとして、このオッサンは半ペー子の親父さんか」

 忍者なんだから、そう考えるのが妥当だ。頭の弱さもそっくりだし。

「まあ、そうだけど。そういうおまえは恭介じゃないか。なんで墓場にいるの」

「なんでって、それはいろいろだよ」

 半ペー子が、う~んって唸りながら考えている。俺や京香が、この場にいることが不思議なんだろうな。

 おいおいおい、ちょっと待てよ。

 ってことは、さっき俺の鼻の穴に無理矢理突っ込まれた処女のアソコの毛って、半ペー子のかよ。

 うっわあ、な、なんか、どうなのよこれ。

 ちょ、ちょっと待ってくれよ。ビミョーだ、激しく微妙すぎて、頭がヘンになりそうだ。

 ふ、複雑だよ、俺の心の中がスゲエこんがらがって、おかしくなりそうだ。

「おい、わが娘よ。なにをぐずぐずしてるんだ。早くこのアヤカシどもを叩き斬っておしまい」

 半ペー子の親父が娘をせっついてる。語尾がオネエ言葉になっているのが、ちょっとキモうざい。

「お父ちゃん、妖怪じゃないよ。同じ高校の同級生だよ。そっちは文谷京香、ちっちゃいのは妹かな。そんで、こっちのイケメンがあたしの彼氏で文谷恭介だよ」と半ぺー子が言った。

「え、ええーっ」

 いつから俺が半ペー子の彼氏になったんだよ。たしかに半ペー子は可愛い忍者だけど、頭がかなりイカれているから、それ触っちゃダメ物件なんだって。かかわるとロクでもないことになるよ、的な案件なんだって。ありていに言って、貧乏な疫病女神。

「ちょっとー、恭介。いつから半ペー子の彼氏になったんだよ。わたしは聞いてないんだけど、どういうことさ」

 腕をがっしりと組んだ京香が、すんごい怖い顔して俺を見つめてるよ。自分の顔を下から懐中電灯で照らしてさ。夜の墓場で、そんな厳めしい顔するなって。こえーよ。

「ヤったんだから。恭介とは、いっぱいいっぱいヤったんだから。もう濡れ濡れのぐちょぐちょよ。xビデオレベル」

 わ、こらっ、バカ忍者。ウソこくなっ。おまえ、なんていうことを言うんだよ。父親の目の前で、しかも小学一年生の幼女もいるんだぞ。さらにここは墓場じゃないか。そういう表現は止めなさい。

「だから恭介っ、どういうことだっ」

 痛、いたたた。そんなにつねるなよ、京香。そして亜理紗、そのトンカチで俺の足を叩こうとしてるな。

「ちょっと待てよ、俺は知らないって。妄想だよ、妄想。だいいち、半ペー子といちゃつくヒマなんてないだろう。学校でも家でも、ほとんど京香と一緒じゃないか」

 京香が、じーって俺をガン見してるけど、そもそもなんでそんなに怒られなければならないんだ。

「ま、それもそうだわ。また半ペー子の妄想かよ。ったく」

 ふー、京香はわかってくれたようだ。

「ん~」

 地獄幼女もわかってくれたようで、トンカチを振り上げた手をゆっくり下ろして、いつもの天使な幼女顔になった。

「ええー、娘の婿さんですか。お初にお目にかかります。わたくし、半ペー子の父親で服部半歩と申します。三歩、二歩、一歩、半歩、の半歩で覚えていただければ、これ幸いでございます」

 オッサン忍者が頭を下げながら俺に挨拶してきたぞ。だから彼氏でも婿でもないって。アホ娘の言うことを素直に信じるなよな。

「ええー、どもども」

 オッサン、自分のフトコロに手を入れてゴソゴソやったあと、なんか取り出して俺にくれた。

 名刺だよ。印刷じゃなくて手書きで、しかもこの厚紙がなぜかチョコ〇ールの箱だ。裏側に、{必殺のデ級忍者・服部半歩}って書いてある。ええーっと、デ級ってなんだ。ド級の間違いじゃないのか。字もクソ下手で、小学生みたいだ。

「いちおう、銀のエンジェルなんで」

 しかも銀のエンジェル付きだ。五枚集めるとなんかもらえるのか。

「ええー、わたくし生まれも育ちも下町貧民街、風俗店で産湯を使い、姓は服部、名は半歩、人呼んでデンジャラス・ミステリアス・イチゴミルク半歩と申します。結構、毛だらけ、ニャンコの玉金もクソだらけ、尻のまわりをちょっとくんくん、うっわ臭え」

 半ペー子の親父さんのくだらない自己紹介が続いているが、すんごく面倒くさそうなんで無視しよう。それよりも、半ペー子がここにいる理由だ。

「ところで半ペー子、おまえ、どうしてここにいるんだよ」

「どうしてって、そんなの化け物退治に決まってるじゃんか」

 はあ?、化け物退治ってどういうこっちゃ。

「恭介、半ペー子の家って、祓い屋みたいことやってんだよ」と京香。

「祓い屋って、除霊とかか」

「そうみたい」

 忍者なのに霊能者っぽいことやるんだな。ていうか、親父さんは中学生にエロDVD売りつけるのが仕事じゃなかったのか。

「ふふふ、甘いな、マイダーリン。服部家の家業は除霊なんてヤワなもんじゃない。ゴーストをバスターするんだよ」

 いや、俺はお前のダーリンではないからな。

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