第29話
「このオッサン、ヤバそうだ。亜理紗、わたしから離れるなよ」
「い~えっ~さあ」
「京香、危ないからさがっていろ」
「恭介、あんなやつやっつけて」
京香が俺の肩をぐっと掴んでいる。亜理紗もズボンにしがみ付いてるけど、だから二人とも離れなさいって。くっ付いていたら危ないだろう。
「妖怪一家よ、このオレ様の攻撃で迷わず成仏しろ。ちょっとばかし痛いけど、悪く思うな」
だから俺たちは妖怪じゃないって。墓場で忍者姿のオッサンよりも、よほどまともな人間だぞ。
「はーあっ」
忍者が両手を合わせて気合を入れてる。攻撃があるのか。
「京香、亜理紗を連れて休憩所に戻れ。このオッサンは俺がなんとかするから」
「イヤよ。わたしも一緒に戦うんだから」
「ふ~あ~いと~」
亜理紗まで臨戦態勢だ。ほっぺたをプーって膨らまして、エナジーを充填してるよ。
まあ、相手は基本ショボそうなオッサンだけど、刃物とか出してきたらマズいからな。やっぱ女と子どもは離れていた方がいい。
「心いやしき妖怪どもよ、父と子と聖霊の名において天使が命ずる。悪霊たいさーん!ファックユー、サノバビッチ、ナマンダブ、はあ・ピパドンドン。はーっ」
月明りが出てきて、それに照らされた忍者のオッサンが、なんか気功波みたいのを放ったんだけど、まったく効かないっていうか、そもそもなんともないな。
天使が命ずるって言ってたけれど、オッサンは忍者であって天使には見えないよ。なんかさあ、すんげえテキトーなんだけども。
「あ、あれえ。なして消えないの。おかしいなあ、この悪霊抹消の呪術と呪文であってるはずなのに」
いや、そもそも俺たち悪霊じゃねえし、その抹消の呪文も安すぎてダメだろう。てか、一部にドリフが入ってたぞ。中二でも、もっと気の利いたセリフを言うって。
「しょぼ~」と亜理紗。
「しょ、しょぼくないぞ、そこの可愛い女の子よ。たまたまセリフが違っただけだ。よ、よし。今度は直接攻撃でシバいたるでえ。ビビって小便洩らしても知らんからな」
忍者が唐突に動き出した。しまった、油断した。間合いに入られたぞ。
「これでもくらえ」
「わあああ」
なんか、鼻の穴に詰められた。オッサンが指につまんでいたモノを、俺の鼻の穴に押し込みやがった。
うっわ、もじゃもじゃしてる。なんやこれ、もじゃもじゃしてるぞ。
「え、俺の鼻毛か」
「恭介、動かないで。いまとってやるから」
京香が懐中電灯で俺の鼻を照らして、忍者に詰め込まれたもじゃもじゃをつまみ出してくれた。
「それ、なんなんだ、京香」
「これは毛だよ。縮れた毛の塊だ。恭介の鼻毛なのか」
「俺の鼻毛はそんなに長くないし、もじゃもじゃしてないって」
第一、忍者のオッサンが無理やり詰め込んできたんだから。
「はははは、もう手遅れだわ、墓場のアヤカシよ。おまえの身体はもうすぐドロドロに溶けてなくなるのだ。いまのうちに念仏を唱えていたほうがいいぞ、あー、はっはっは」
オッサンが自信満々に言ってるってことは、ケミカル的に相当な危険物か。
「まさか、このもじゃもじゃに強力な毒でもあるのか」
特殊な毒薬に浸されていたとか、毒昆虫の体毛とかか。
「聞いて驚けカス妖怪よ。その毛は魔物にとっては猛毒となる、処女のアソコの毛だーっ」
あひゃあ。
処女のアソコの毛って、どういうことなんだ。え、どういうことよ。
な、なんか知らんけど、とんでもなくイヤらしくて不潔で、常識ではあり得ないモノを鼻の穴に突っ込まれた俺って、どうなのよ。
「うわあ、な、なんだよ、キモ、キモッ」
京香が、つまんでいた縮れ毛の塊を空中に放った。指をシャツになすり付けて、ついでにニオイを嗅いでいる。
「な、なんか、臭え」
「娘が爆睡しているスキをついて、ハサミでチョキチョキチョッキンしたんだ。だから、娘はパイパンなのだ。どうだ、うらやましいだろう」
おひゃ。
このオッサン、ヤベえぞ。
実の娘に性的暴行をしてるよ。そして、その非道を自慢してるって。しかも、処女のアソコの毛が悪霊退散に有効だって謎理論が痛々しい。絶対頭おかしい。
「おい、へんたい忍者。それって傷害罪だぞ。実の娘にスケベなことして自慢してんじゃねーぞ」
「す、スケベなことなどしていないっ。た、ただ、アソコの毛を少々頂いただけだろうが。悪霊退散には必要なアイテムなんだ」
「そんなもので悪霊がいなくなるかよ、クソバカロリコン」
京香が食ってかかってる。ヘンタイだの、最低男だの、オヤジ臭えだの、赤潮の中で窒息して死ねなどと、機関銃のごとく罵ってるさ。オッサン忍者、ひるんで無口になっってしまったよ。
あ、亜理紗がトコトコとヘンタイオヤジのもとへ駆け出して、いつの間に手にしていたトンカチで、オッサンの向こう脛を力いっぱいぶっ叩いたぞ。
「あぎゃっ」
オッサン、すっころんで足をおさえてヒーヒー悶絶してるよ。その前で凶器をもって見下ろす幼女の目が怖え。亜理紗の顔が、チャッ〇ーみたいになってるって。
「わああ~~ああ」
「おひゃあ、たすけでー」
亜理紗がトンカチ振り上げただけで、オッサン忍者が泣きながら逃げていくよ。
「ああ~~、ああ~~」
さらに地獄の幼女と化した亜理紗が、ああーああー言いながら追いかけると、オッサンがつまづいて転んだり、墓石に頭をぶつけて屁をこいたり、アタフタしまくりだ。なんかスゲー弱いぞ、この忍者。
「もう、勘弁してよう~、オレが悪かったからさー。もう帰るから、帰って味付け海苔で白飯三杯食って寝るからさあ、そんなに乱暴しないでちょ」
オッサンが泣きながら土下座をしてる。小学一年生の女児に、ペコペコと頭を下げてるよ。大人が幼女に謝ってる姿って、情けないにも程があるな。
「亜理紗、そんなバッチいおっさんに触れたら手が腐るよ。こっちにおいで」
京香が妹のところに行って連れ戻してきた。それにしても、亜理紗ってけっこう凶暴な幼女だったんだな。
まあ、ともかくウザすぎる忍者のオッサンがへこたれたから、これで一件落着だな。もう遅いから休憩所に戻って寝よう。すっごく疲れたよ。
「なんか聞こえない、恭介」
「ん?、そういえば音楽が聞こえるな」
突然、音楽が流れ始めた。しかも、最初はか細かった音量が徐々に大きくなってきた。
「あ、誰かくるよ、恭介」
へこたれたオッサン忍者の背後から人影がやってくる。音楽も大きくなってるから、そいつが携帯プレーヤーでかけているようだ。
「ふっふふ、はーっはは。悪霊どもよ、おまえたちはこれで終わりだ。たまたま体調が悪くてオレ様は不覚をとってしまったが、相棒が来てしまったからな。こうなってしまっては手遅れだ。相棒はめちゃめちゃ強い上にオレ様ほど寛容ではないから。せいぜいのたうち回って死ぬがいい。ひーっひっひ」
オッサン忍者が立ち上がって、両手を腰において威張ってる。相棒っていうことは、新手の忍者か。この墓場、次から次へと面倒くさいなあ。
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