第28話

 そういうわけで、お母さんと京香と亜理紗と俺は、墓場にお泊りすることになったんだ。

 時刻は夕方を過ぎて薄闇になってるよ。うう~、墓場だけあって、日が暮れてくるとなんか不気味だ。墓石の陰から誰かがこっちを見てそうで、こえーよ。

「イカキノコのバター炒めをしたいんだけど、休憩所にお鍋とかあったかしら」

「ああ、それなら給湯室にいろいろあったよ。ガスコンロもあるし」

「お肉があるならすき焼きなんていいんだけど。そういえば、この前すき焼きしたのいつだったかしら」

「お供え物に生肉はなかったからなあ。あ、そうだ、墓の中にあるんじゃね」

「もう骨よ」

「アメリカだったら、絶対あるのに」

 お母さんと京香は飯のことしか考えてないな。墓場で一泊の恐怖を感じちゃいねえ。 

 つか京香よ、墓の下の肉を喰ってはダメだろう。それを許されるのはゾンビだけだぞ。

「さあ、ここが裏口よ。いまから開けるからね」

 休憩所の裏口にやってきたよ。

「たしか、ここに予備のカギを置いてるって、管理人のエロジジイが言ってたんだけど。見当らないわね」

 お母さんがしゃがんで、地面の敷き石のあたりをゴソゴソやってる。だからさあ、親切なおじさんをエロジジイって言ったらダメだってさ。

「まだかよ、母さん。わたし、腹へってきたよ」

「おな~か~、す~いた~な~」

 ぐー、って亜理紗の腹が鳴ったよ。こんなに可愛い幼女なのに、腹の虫の音は呑んだくれた中年のオッサンみたいにお下劣だ。

「カギがないみたい」

「ええー、マジですか」

 休憩所に入れなかったら、俺たちは墓場で野宿することになるんだよ。墓石によりかかりながら眠るって、絶対無理だろう。

「恭介、なに焦っちゃてるんだよ。鍵なんてなくたって、心配することないよ。お母さんにかかれば、ドアぐらいチョロいって」

 いや、言っている意味がわからんぞ。カギがなければ、どうやって入るんだ。

「しょうがない、久しぶりにこれを使いますか」と言って、お母さんがバッグから何かを取り出したよ。 

 ああーっ、それピッキングの道具じゃないか。泥棒の必須道具だよ。テレビで見たことあるぞ。

「お母さん、その昔は闇の方の住人だったんだよ。もちろん、いまは違うよ」

 闇の方の住人ってなんだよ。どういうところにいた住人なんだ。オークとか魔女とか、そういう類なのか。どっちかっていうと、コソ泥的な行動だぞ。

「よし、開いたよ。さあ、みんなで入ってご飯にしましょう。あ、それから事務所に行ってはダメよ。あの辺は機械警備システムのセンサーがあって、引っ掛かっちゃうからね。熱感知センサーだから、すぐに反応しちゃうの。セ〇ム、してるのよ」

 ますますコソ泥じゃんか。お母さん、若いころは空き巣の名人だったのか。

 お母さんの活躍で、無事に休憩所に入ることができた。

 給湯室にガスコンロと鍋類があったので、当然のように勝手に拝借して、お母さんがイカ臭いキノコを調理し始めた。座敷では、長机に京香がニタつきながらお供え物を並べているさ。

「まあ、基本は果物とお菓子ばっかりだけど、なぜかハムや総菜まであるからな。メシとしては十分だろう」

 から揚げやオードブルまであるよ。墓場って、日本の食料基地だな。死んだら墓場に行こう。

「さあ、キノコの炒めものができたわよ」

 お母さんが、フライパンに山盛りのイカキノコ炒めをもってきた。すんごいイカ臭い。イカの大群が大運動会して、猛烈な汗をかいたみたいな臭いだ。でも香ばしくて、なんだか美味そうにも感じるなあ。

 さあ、みんなで席について夕食だ。豪華すぎて、文谷家らしくない雰囲気だよ。

「いただきマンモス~」

「いただきまず」

「いた~だア~ま~す~、ヴぃーんヴぃーん」

 ヤッバ。

 いつの間にか、亜理紗があのアダルトなおもちゃを手にしてるぞ。さっき、墓場で一人遊びしていた時にもってきちゃったんだな。

「亜理紗、それはダメだよ」

 とっさに取り上げると、亜理紗が不思議そうな顔して俺を見てるよ。わたしのオモチャ、なにすんの~って表情だ。

「あは、ニセマツタケモドキタケ、激うま」

「このオードブルのソーセージって、おいしいわあ」

 母親と姉は、幼女がとんでもないモノをもってヴィーンヴィーンさせているのに、食い物のことばかりだな。かくいう俺も、ここぞとばかり食いまくってるけど。

「うい~、食った食った」

「おいしかったね、うふ」

「ごちそうさまでした」

「お~な~かが~い~っぱい~ああ」

 食った、さすがに食ったな。腹がはち切れんばかりに食ったぞ。なにせ文谷家にいるから食える時に食っとかないと。

 満腹になったら眠くなってきたよ。なんか、ウトウトしてきたよ。心地よい睡魔が俺を誘うんだ。

 ほな、おやすみなさい。

 そして、ハッとして目が覚めた。

 あれえ、少し眠ってしまったようだ。ここはどこかというと、そうだ、墓場の休憩所だった。すぐ横で、お母さんが下腹をボリボリしながら寝てる。京香と亜理紗がいないけど、どこ行ったんだ。

 京香はともかく、亜理紗がいないのは心配だ。二人で、夜の墓場へ散歩でも行ったのだろうか。

 あっ、窓の外に亜理紗がいるよ。真っ暗な墓場に向かって、一人でフラフラしてるぞ。これはマズいっしょ。

「お母さん、お母さん、亜理紗が外に出ちゃったよ」

 とりあえず、お母さんを起こすか。俺一人で夜の墓場って、ちょっとイヤだからな。

「そこはだめよう。もう、ダメだってばあ」

 これはダメだ。いかがわしい夢の中にいるお母さんが、起きやしねえ。しょうがない、一人で連れ戻してくるか。

 正面玄関は鍵がかかっているから、裏口から出るか。亜理紗もここから出たのかな。

 おや、このドアは、なんだろう。トイレはあっちだから倉庫か何かかな。懐中電灯でもあれば、持って行くか。

「な」

 突然の裸だった。

 裸の女が背中と尻をこっちに向けている。

 より正確に言うならば、全裸の京香が濡れた身体を拭いているところに俺は立ち入ってしまった。京香が正面を向いてなかったのが幸運なのかそうでないのかを言及しないけど、とにかくこれはマズいだろう。

 あひゃあ、ヤッバ。

 ここは風呂場で、ちょうど風呂上がりの京香が身体を拭いていたところに出くわしてしまった。うしろ向きなので、肝心な箇所は見えなかったけど、とにかくきれいな背中だし、尻が滅茶苦茶いい。女の生尻初めて見たけど、なんつうか、こう、芸術的なエロさだ。

「なに堂々と覗きに来てんだよ、この、へんたい」

 予想通りの罵声を浴びて、さらに洗剤やカミソリ類を投げつけられて、これは危険だ。

「ちがう、これは誤解だ。ワカメに言われてカツオがやったんだよ」と意味不明な言い訳をしつつ、いったん外へと退避だ。

 数秒間待った。ドアの中から次なる罵声は飛んでこない。機嫌はそれほど悪くないとみた。とにかく、ドア越しだけども妹の窮地を知らせなければ。

「亜理紗が一人で出ていったんだよ。墓場は真っ暗だから危ないと思うんだ」

「亜理紗が。それはマズいって。あの子、ときどき夢遊病みたくウロつくんだよ」

 亜理紗、いっつも寝ぼけ気味だからな。

「恭介、先に行って探してきてよ。わたしも服を着てすぐに行くから」

「わかった」

 とにかく一人でも探しに行かなきゃな。すぐに京香も来るだろうから、夜の墓場でも怖くないぞ。裏口ドアの近くに懐中電灯が掛けてあったし、灯りがあるとなにかと心強い。

 って、ううー。

 そうは言ったものの、やっぱり真っ暗闇は怖いな。しかも、まわりは墓だらけで、いつ何時化け物が出てきてもおかしくない雰囲気だ。

 もしあの世のモノが出てくるのであれば、ゾンビのようなアグレッシブタイプじゃないほうがいいな。テレビの画面から出てくる女もイヤだけど。

「おお~い、亜理紗ちゃん。どこにいるんだ」

「こ~こ~だよ~」

 うわあ、びっくらこいた。

 いつの間にか、亜理紗がすぐそばにいたよ。俺のズボンを掴んで見上げてるさ。

「あ~れ~、あれ~」

 さらに、亜理紗が俺のズボンをしきりに引っぱって、前方を指さしてるよ。

「ん、な、なんだ」

 十メートルほど前に、なにかがいる。人っぽいけど、暗くてよくわからない。いや、黒くてよくわからない。

「わっ」

 そ、その黒い影的なモノの頭の付近が、突如として光ったぞ。しかも強力だ。

 うわあ、そいつがゆっくりと近づいてくるう。

 こ、これなんぞ。墓場の化け物か。ゆ、幽霊なのか。なんで光ってんの。って、すぐ目の前までやってきたー。

「おのれー。出たな、ケモノなまけもの。魑魅魍魎の分際で子連れとは面妖なやつめ。いま成敗してやるから、そこでじっとしていろ」

 しゃべった。

 その黒い人影みたいなのが、俺たちにイチャモンつけてきてるぞ。てか、眩しいなあ。頭についているのはヘッドランプだな。そんなに直接的に向けるなよなあ。なんか腹立ってきたから、こっちも懐中電灯で照らしてやれ。

「うう、眩しっ。やめろ、この外道アヤカシめ。そんな攻撃で現在最強の忍者がひるむと思うか」

 ええーっと、忍者かな。どうみても忍者の格好だよ。それとも忍者のコスプレをしたオッサンか。とにかく幽霊とかじゃなくて、ふつうの人間っぽい。いや、忍者だからふつうじゃないか。そもそも、どうして忍者が夜の墓場にいるんだ。

「恭介、亜理紗はいたか」

 京香が走ってきた。俺のそばに立って、亜理紗の無事を確認して頭を撫でてるよ。ああ、石鹸のいい匂いがするう。墓場で風呂上がりのエロチズムは攻撃力が高いぞ。

「おのれー、今度は女型のアヤカシか。貴様ら、夫婦とガキの化け物か。うう、ど、どうしようか。ファミリーを成敗するのは、なんだか気が引けるなあ」

 忍者が躊躇してるよ。顎に手を当てて、その辺をウロチョロしながら、どうしようかってぶつぶつ言ってる。どうやら俺たちを妖怪の類だと思ってるみたいだ。

「なんだこのオッサン。え、なして忍者なの。恭介の知り合いか」

「いや、それはないよ。暗闇から突然でてきて、成敗するとかなんとか言ってるんだ」

「成敗ってなんだよ。暴れん坊お大臣か」

 いや、将軍な。

 しばし考えていた忍者が、こっちを向いた。結論が出たみたいだ。

 ヘッドライトが急に暗くなったので、電池を入れ替えようとして予備をポケットから出したのはいいけれど、それを落としてしまってアタフタしている。

 暗くて探せないようで、仕方なく安物のペンライトを取り出した。それも光量が弱くて、たいして役に立ってない。すんごくどんくさい忍者が、あらためて俺たちの前にきたよ。

「ちょっと可哀そうだと思うけど、成敗しなくちゃあ日当が出ないからよう。悪く思うな、妖怪一家よ」

 忍者が低く構えて攻撃体勢をとってる。なんだか勘違いしているようだけど、こっちは幼女と女子連れだ。やる気ならやってやるぞ。

 ケンカは得意じゃないけど、京香と亜理紗が怪我をするとか、あり得ないんだ。絶対に俺が守ってやる。


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