第27話
「そんなもの、早く捨てろよ。恭介は、どうしてそんなにへんたいなんだ」
いやいや、これを持ってきたのは京香だろう。なぜに俺がヘンタイ扱いされなくちゃならないんだ。
まあ、とりあえず持ち主の墓前に返しておくけどさ。しっかし、これをお供えするのってどんな奴だよ。ヘンタイが墓場にきてるんだな。
「京香、京香、大変よ、たいへん」
「なんだよ、お母さん。へんたいでも出たのか」
お母さんが血相変えてやってきたよ。そういえば、いつの間にいなくなってたんだ。
「いまね、管理人のエロオヤジに聞いたんだけど」
おいおい、親切な人をエロオヤジとか言うなよ。
「この先の松林で、ニセマツタケモドキタケが生えてるんだって」
「なにっ、マジか」
京香の表情が、クワッ、と劇画調になったぞ。そんなに驚くべきことなのか。
「その、ニセマツタケモドキタケってなんですか」
「恭介君、知らないの。ニセマツタケモドキタケを知らないのっ」
「は、はあ」
そんなに怖い顔しなくてもいいと思うけど。
「キノコか何かですか」
「正解だよ、恭介。ニセマツタケモドキタケは、モノホンのマツタケと見かけがまったくおなじなんだよ」
「見かけがおんなじなら、区別がつかないだろう」
「はは、甘いな。ニオイが違うんだ」
腕を組んで俺を見下げたような目線だけど、そんなに自慢することなのか。
「どんなニオイなんだよ」
「イカ臭いんだよ。すげえイカ臭い。めっちゃイカ臭い。もう、めたくそイカ臭い。だからイカ臭いんだって」
女子に面と向かってイカ臭いを連発されるのは、男としてはなんとも複雑な心境だ。
「恭介君、イカ臭いだけじゃなくて、味もイカなの。煮ても焼いても、もう、イカイカなのよ」
「そうそう、焼きイカにもなるし、塩辛にもなるし」
「じゃあ、ちょっと行って採ってくるから、恭介君、待っててね」
お母さんと京香が、喜び勇んでキノコを採りに行ってしまった。墓場に幼女と残された俺は、いったい何をすればいいんだよ。
って、おいおい。
あれから数時間が過ぎて、もう夕方になってるけど、イカ臭いキノコを採りに行ったあの二人が帰ってこない。
亜理紗は墓場が気に入ったらしくて、キャッキャ言いながら一人で墓石巡りを楽しんでいるけど、俺はヒマを持てあまして、なんかもうイヤだ。ああ、退屈すぎるう。
あ、ようやく帰ってきたよ。二人が松林から出てきた。何時間待たせるんだ、もう。
「いやあ、悪い悪い。ついつい夢中になっちゃって」
「でもね、たくさんとってきたからね。今晩はイカキノコのフルコースよ、ふふふ」
ビニール袋にキノコをいっぱい詰めて、お母さんと京香がほくそ笑んでる。どんなにイカ好きなんだよ。
「ほら、みて恭介君、大きくて立派でしょう」
お母さんがビニール袋からキノコを一本取って、俺に手渡した。
う、これ、キノコというより、あきらかにチ〇コじゃん。大きさといい色といい、絶妙な具合にチ〇コだよ。マツタケというより、存分にチ〇コだってさ。
「恭介、先っちょのニオイを嗅いでみろよ。イカ臭いから」
京香が俺の手からチ〇コなそれを強引にもぎ取って、先端を鼻に押しつけてきた。
「うっわ、イカ臭え」
「な、イカ臭いだろう」
自分でも嗅いでみたくなったのか、チ〇コなキノコの先っぽを鼻の穴に突っ込むようにして、思いっきり吸い込んでいるよ。
こら、京香、やめなさいって。それはモザイクが必要な絵面だぞ。
「このキノコさあ、先っぽから汁出てくるんだよ」
いいから、やめなさいって。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。恭介君、帰りはヒッチハイクじゃなくて、バスなのよ。じつは回数券があるの、驚いちゃったでしょう、ふふふ」
お母さんが財布からバスの回数券を取り出して、それを嬉しそうに見せびらかしている。正直言って、よかったよ。帰りもヤンキー車の中って、ストレスでお腹壊しそうだからな。
いまだに墓石巡りを楽しんでいる亜理紗を引っぱって、四人で墓場を出た。
皆で、お供え物とイカキノコを大量に入れたリュックサックを担いでいるので、家族そろって家出したみたいだ。これ、知り合いに見られると、こっぱずかしいなあ。
墓場を出ると道路があるだけで、まわりには人家の一つもない。
ここは人里離れた山奥なんだ。しかも日が暮れかかっているから、寂しさ感がハンパないな。バス停だけが、ぽつんとあるよ。
「あれえ、ちょっとお母さん。今日の最終バスは行っちゃったみたいだよ」
「え、うそ」
バス停の時刻表を見ると、十分ほど前に最終が出たみたいだ。
「あらあら、どうしましょう。歩いて町まで行くには遠すぎるし」
たしかに、この山奥から町まで出る頃には真夜中になってしまう。亜理紗を連れては、とてもじゃないが無理だ。熊注意の看板があったしな。
そうだ。
「タクシーを呼べばいいんじゃないですか」
「恭介君、私たちにバスの回数券はあるけど、タクシーに乗るお金はないのよ」
「そうだよ、恭介。タクシーに乗れるのは、公務員と上級国民。私たちは底辺なんだからさ」
底辺国民、きびいしいっす。
「しょうがねいわねえ。今日はここに泊っていきましょう。さいわい、三連休だから明日も学校は休みだし」
「ま、それしかないわな」
「おと~ま~り~、わ~く~わ~く~」
ええーっ。
ちょ、ちょっと待ってくれよ。墓場でお泊りって本気かよ。
「の、野宿ですか。お墓で野宿って、ああ」
信じられないよう。雨でも降ってきたらアウトだろう。
「さすがに野宿はできないから、さっきの休憩所に泊まりましょう」
「広い座敷だから、我が家よりものんびりできるよ。座布団がたくさんあったから、布団代わりになるな」
「お茶もあるから、勝手に淹れましょう。晩ご飯はキノコとお供え物でバッチリね」
「亜理紗、喜べ。今日は食後に果物があるぞ。デザートなんて久しぶりだな」
「わ~い~」
いやいや、あなたたち、大事なことを忘れちゃいませんか。
「休憩所は鍵がかかっているんじゃないか。さっき、職員の人が帰ったから閉まってるって」
「ああ、それなら大丈夫よ、恭介君。こんなこともあろうかと、裏口の鍵のありかをきいておいたから」
「さすがお母さん、ぬかりはないね」
きっと管理人のエロオヤジにオッパイをなすり付けて、訊きだしたのだろうな。
「お風呂あるといいわね」
「墓場に風呂はないだろう。あ、でも、シャワーくらいあるかも。シャンプーとかあったら、もって帰ろうかな」
「た~の~し~み~」
墓場でのお泊りに、いっさいの躊躇がないよ。この家族、ポシティブ過ぎて泣けてきた。
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