第26話

 俺の両親は、生前に永代供養の墓を購入していた。もしもの場合には、俺には一円たりとも金銭的な負担がかからないように手配してくれていたんだ。

 だから管理人に話をしたら、墓の世話から坊主の手配を、すべてやってくれた。もちろん、費用は一切かからないで骨をおさめることができた。

 お線香までもらったので、納骨を終えて、さっそく手を合わせたよ。お母さんも京香も亜理紗まで、神妙な顔して手を合わせてくれた。

「ナマンダブナマンダブ」

「ええーっと、なんていうんだっけ。そうだ、何枚だー」京香、それちょっと違うからな。

「な~~ま~~んだ~~ぶー」

 亜理紗のお経が絶妙だ。低音を使い、坊主のリズムに引けをとらないほどの絶妙さだ。美幼女天才お経師だ。将来は寺の住職かラッパーだな。

「さあ、お腹も減ったし、ご飯にしましょうか」

 お昼になったから、管理施設の休憩所で昼食だ。お弁当は豪華エビフライ弁当。昨日、可哀そうなロリコンリーマンから、たんまりとぶんどったからな。

「うー、食った食った」

「おいしかったね」

「え~べ~ふりゃ~」

 おかずはエビフライだけだったが、いい昼食だった。そうめんとか卵だけチャーハンとかよりは大分マシだよ。

「じゃあお母さん、行こうよ」

「そうねえ。恭介君、ちょっと亜理紗をみててくれる。私たちは食材を手に入れてくれから」

「いいですけど、墓地に野草はあんまりないと思いますよ」

「なに言ってんだよ、恭介。墓場にこそトロピカルなお宝が眠ってるんじゃないか」

 おいおい、墓泥棒でもするのか。

 お母さんと京香が墓地をウロウロしてるぞ。そして管理人のオッサンと話し始めて、仕事を手伝い始めたさ。箒でゴミを掃いたり、雑草を毟ったりしてる。なんだよ、バイト始めたのか。それなら俺も参戦しないと。

 って、亜理紗を見てなきゃならないから、ここから離れられない。俺の両親のためにきたのに、女性二人を働かせては申し訳ないよ。

 お、なんだよ。

 あの二人、早々に仕事を切り上げたよ。そんで、管理人のオッサンの手にしがみ付いて、キャッキャ言いながら体をなすり付けてるぞ。お母さんなんて、胸の谷間を惜しげもなくグリグリと押しつけてるって。

 オッサン、強烈にうれしそうな感じだ。鼻の下が伸びすぎて、地下のモグラの巣を直撃してるな、これは。

「うっひょー」って叫びながら京香が戻ってきた。

「恭介、喜べ。あのオッサンの仕事を手伝ってもいいってさ」

「仕事って、お墓の掃除か」

「そうそう」

「バイト代でも出るのか」

「そんなのあるわけねえじゃんか。恭介と亜理紗はここにいてくれよ。あんまり人数かけてやると目立っちゃうからさあ。女二人だと怪しまれないしな、ひひひ」

 京香のやつ、嬉々として行ってしまったよ。いったいなにを仕出かそうとしてるんだ。

「ん~、ひ~ま~」

 亜理紗がヒマしてるよ。とりあえず、幼女を肩車して墓を散歩でもするか。

「ひゃ~、ひゃひゃ~~、ああ~ああ~」

 幼女が微妙な声を出しているんだけど、喜んでいるんだろうなあ。母子家庭だから、父親に肩車なんかされたことないんだろう。

 亜理紗をのっけて散歩しているうちに、お母さんと京香のもとへ来てしまった。二人とも、お墓にあるお供え物を手にしてるけど、掃除なのか。亜理紗を肩からおろして、俺も手伝ってみるか。

「京香、なにやってんだ。掃除だったら手伝うよ」

「なにって、お供え物を片付けてんだよ。お墓に放置してたら、カラスとかタヌキに食い散らかされるからさあ」

「そうそう。こうやってゴミを片付けないと散らかっちゃうでしょう」

 ええーっと、そのお供え物がゴミ箱ではなくて、俺たちが持参したリュックサックに入っているのは、なぜ。

 はは~ん、最初っからお供え物をゲットする気だったんだな。もってきたリュックがデカすぎるから、おかしいと思っていたんだよ。まるで、夜逃げに使うような巨大だからな。

「おおー、メロンがあるよ、ラッキーだな。こっちはジュースが充実してるぞ。あは、なぜか、ケンタッキーのお肉まであるよ」

「さすがにお花は食べられないかな。あ、そうだ、菊は食べられるんだった。京香、お花も持って行くわよ。春菊の代わりに、おひたしにするから」

 お母さん、供え物の花までもってかえる気か。しかも、それを食う気なのが信じられん。

「なあなあ、恭介。このお墓見てよ。信じられないけど、ラーメンがあるよ。しかも背脂ニンニクチャーシュー野菜てんこ盛りのラーメン知郎だ。ちょっと食ってみるか。いただきマンモス~」

 おいおい。

 女子高生が墓場でラーメン食ってんじゃねえよ。つか、これをどうやってここまでもってきたんだ。いくら故人がラーメン好きだからって、墓前にラーメン置くかよ。しかも、ご丁寧に箸まであるさ。

「うぎゃああ、なんじゃこりゃあ」

 京香がラーメンをズルズル啜ってたら、突然、叫び声をあげた。

 なんだ、どうした、毒でも入ってたのか。

「めっちゃ美味すぎるう」

 食ってるよ。誰だか知らない墓の前で、脂がギットギトの濃厚とんこつラーメンをJKが食ってるって。

 しっかし、いまさっき昼飯食ったばっかりなのに、よく腹に入るよな。

「げっぷー」

 結局、全部食っちまったよ。

「もう、こんなにあってどうしましょう。どうしましょう」

 お母さんのリュックサックが膨らみすぎてヤバい。どんだけ詰め込んだんだ。

「よっしゃー、わたしらが全部持ち帰って成仏したる」

 俺たちが成仏したらダメだろう。嬉しさのあまり、わけわかんなくなってるな。豪華な食品の数々を前にして、文谷家がテンションマックスだ。

 なんか、とんでもない罰当たりなことをしている気がしてならないんだが。

「恭介、そんな冷たい目で見るなよ。どうせ捨てるものなんだぞ。わたしたちが頂くことで、ゴミにもならずエコだろうがさ」

「そうですよ、恭介君。それに管理人さんには、しっかりと許可をもらってるし」

 その管理人をエロ仕掛けで凋落させたのは、あなたたちだが。

 でも盗んでいるわけじゃないし、美味そうなものばかりだから、正直いって俺もうれしい。そのくだものの詰め合わせを、熱海や桜子や生徒会長にも分けてあげたいな。

「恭介、これなんだよ。食いもんじゃないけどさ。なんかの工具か、おもちゃか」

 それは、って、

 ああーっ。おま、なんつうもの持ってきたんだ。京香が手にしているピンクなそれは、アレだよ、あれ。

「なんかスイッチがついてるぞ。なんだこれ、震えてるけどさ」

「京香、それ大人のオモチャだって。スケベなことに使う道具だって」

 ピンクローターなアレだ。エロ漫画でよくあるけど、俺も本物を見たのは初めてだ。

「うわあああ、な、なんでこんなもんが墓にあるんだっ。このへんたい、ドスメタルっ」

 うっわ、なにするんだ、俺にぶつけるなよ。

 あひゃあ。

 有線リモコンが耳に絡みついて、振動するローターが頬っぺたでビーンビーン唸ってるじゃないか。なんだこれ、気持ち悪っ。

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