第25話

 そういうわけで、次の日になって、文谷一家は俺の両親の遺骨をお墓におさめるために外出したわけだ。

 そうはいっても、駅に向かうわけでもなくバスに乗るわけでもなく、ただ幹線道路を歩いてるだけなんだよ。

 おいおい、このまま歩き続けても今日中には着かないと思うんだけど。

「さあて、ここらで一肌脱ぎますか」

「京香、がんばよ」

「おう、まかせとけって」と言って、京香がいきなり上着を脱いだ。

 おおーっ、パツンパツンのタンクトップだ。あの半村良太郎が大絶賛したツンと突き出た美乳を、これでもかーっ、てくらいに強調しているさ。

 車の風圧を受けた髪がなびいて、カッコいいぞ。そんでなんだかビッチなポーズをキメて、親指でサムズアップしてる。カリフォルニアのビーチにいそうなギャルだな。

 そうか、ヒッチハイクか。なぜにアメリカンギャルスタイルなのか謎だけども、まあ、色仕掛けなんだろう。

 だけど、全然車が止まらない。たぶん、スピードが出てるから、京香の可愛さを瞬時に認識できないんだな。間違ってタクシーが止まらなければいいけど。

 お、車が一台、急速に速度を落として近づいてきた。京香が手を振って、こっちに来いと手招きしているよ。

 あひゃあ、これはマズいぞ。一見して高級車っぽいけど、めちゃくちゃ車高が低い。しかも、タイヤが外側に向かって{ハ}の字に開いている。重低音の排気音と、不良が好きそうな音楽が大音量で響きまくっている。

 やっばい、ヤンキー車じゃん。コッテコテのヤンキーだよ。

「あは、車が止まってくれた。超ラッキー」

 あ、バカ、京香。ノコノコと近づくんじゃない。そんなのに乗ったら、なにされるかわかないだろう。

 京香、ヤンキー車の運転手とああだこうだ喋ってるけど、大丈夫なのか。ヤンキー運転手の顔が、それはもう閲覧注意なほどだぞ。典型的でかつテンプレートなチンピラだってさ。

「ほらみんな、早く来いよ。乗っけてくれるってさ」

 お母さんと亜理紗が、嬉々として駆け寄っていった。警戒する素振りがまったくない。無防備にも程があるぞ、文谷家。

「恭介も早く乗れよ。歩いていく気なのか」

 く、こうなればしょうがない。乗るしかないか。もしも危なくなりそうになったら、戦うしかないな。下手すれば命の危機だけど、京香や亜理紗がひどい目にあうよりマシだ。

「お、おじゃましま~す」

 でも、とりあえずは行儀をよくして無用なトラブルは避けよう。

 お母さんと京香と亜理紗は後ろの席で、なぜか俺が前の席だ。ヤンキーの車だけあって、内装がごちゃごちゃしてるし、芳香剤とか二十個くらいあって香りが混沌としてる。シフトノブの先っちょが、スケルトンのドクロなのは仕様だろうか。

「おめえ、新崎卓也知ってっか」

「は、はいー?」

 運転手のヤンキーが、いきなり話しかけてきた。新崎知ってるかって、もちろん知らない。

「オレの後輩で、この辺の高校仕切ってんだあ。知らねえんだったら、ダチになったほうがいいぞ。こんど紹介してやっからよう」

 いや、いらないです。

 ダチとかは、熱海と桜子と裕也で充分です。半ぺー子は、気が重いです。

 それにしても、どうして見ず知らずの初対面の高校生に、そんなにフレンドリーなんですか。ヤンキーの属性ですか。

「ああ、やっぱダメだわ。あいつ、いま年少入ってんだあ。わりいな」

 ええーっと、年少って少年院のことかな。ははは、刑務所でないだけマシか。

「じゃあよ、権田紹介してやっからよ。あいつ、キレっとマジ強えから。すんげえ強えから。ヤクザもビビってっから三人くらいぶっ殺してるから」

 そんな危ないやつ、余計にいらないっす。

「熊とかも、ぶっ殺すから」

 猟師のかたですか。

「イセエビとらせたら、千匹とっからあ」

 漁師のかたですか。

「奴の妹、めっちゃ可愛いから手え出すなよ。マジ殺されっからあ」

 出しませんって。

「少年野球やってんだけど、マジ可愛いから」

 あのう、妹さんでしたよね。

「ちょ、おめえのケイタイ貸せや。権田のを登録しといてやっからよ」

「俺、ケイタイ持ってないです、すみません」

 ケイタイないのが、これほど幸運だと思ったことはないよ。てか、ちゃんと前を向いて運転してください。いちいち俺を見なくていいよ。どうしてガン見してくるんですか。すごく蛇行していますよ。

「ああ、てめえマジか。なんで持ってねえんだ。パクられらのか」

「貧乏だからです」

「マジかよ。てめえ、貧乏人か」

「はあ、その、すみません」

「貧乏ってんのは、政治が悪いんだっつうに。な、そうだろう。オレよう、けっこう政治にくわしいんだっ。なんでもきいてくれよ、おめえに教えてやっからよ」

 とてもそうは見えないけれど、ここは相手の得意分野に付き合ってやった方が、人間関係的にうまくいくだろう。

 あと一時間以上は同乗しなくちゃならないし、後部座席の女たちはぐーすか寝てるから、俺一人で話し相手をつとめなければならない状況だ。 

「それでは板垣退助が所属した政党は」

「知るかっ、ぼけえ。てめえ、調子に乗ってんじゃねえぞ、ゴラアー。ぬっ殺すぞ」

 ええーっと、どうすればいいんでつか。

 それとこの車、クッションがないせいか、すんごくガタガタするんですけ。ちょっとした段差でも跳びあがって、ただでさえ低い車の天井に頭が当たるんですけど。

「オラアー、まえのババア、とっとと行けや」

 前をいく軽自動車のオバハンが遅すぎて、ヤンキーがイラついてる。猛烈にクラクションを鳴らしまくってるけど、その音色がプリキュアなのはなぜ。煽り運転はいけませんよ。

 そんなこんなで、お墓のある場所まで乗っけてもらいましたとさ。

 到着と同時に、後ろの三人もお目覚めのようだ。結局、俺一人でヤンキーと話していて、とっても疲れた。

「じゃあよう、ヤバくなったら、オレを呼べよ。ぜっていだからな」

 絶対呼ばないと思います。ケイタイの番号を早口で教えてもらったけど、おぼえられないから。

 ヤンキー車が行ってしまった。てっきり山奥に連れていかれて、俺はボコボコにされてお母さんと京香はAVに売られて、亜理紗は中東のロリコンに売られると思ったけれどな。頭はイカれてたけど、意外といい人だった。

「ここの墓地って、けっこう立派ねえ」

「ということは、お土産もがっぽりか」

「ん~、おは~か~」

 京香の言ってることがよくわからないが、とにかく、これで両親も落ち着けるな。



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