第24話

「いやー、食ったなあ。今日の放牧作戦はうまくいった」

「うふふ、おいしかったね。お土産もたくさん貰ってきちゃったし」

「お~な~か~、ぽんぽん~」

 文谷家の女たちが、狭い居間で下腹をさすりながらご満悦だ。

 そりゃあそうだ。なにせタダメシにありついた挙句、タッパいっぱいの食料をゲットしたんだからな。

 あのリーマン、支払いの時に涙がちょちょ切れしてたな。とくに最上級お子様ランチのお値段には絶句だったさ。別れ際に、ケイタイのカメラで亜理紗の笑顔を撮ったのが、せめてもの収穫だったか。

「でも京香、亜理紗をダシにするのは危ないだろう。まかり間違えれば、本当に誘拐されちまうぜ」

 たらふく食った俺が言うのもなんだけれど、このけがれなき子羊の放牧作戦にはリスクがあるように思えるんだよ。

 そもそも、放牧ってより美人局に近いぞ。いや、当たり屋か。

「そういえば、前に一度、亜理紗が車に連れ去られたことがあったんだよな」

「そうそう、あの時は危なかったね」

 ほらな、そういう不測の事態になってしまうんだって。って、マジかいな。

「これはヤバいと思って、わたしがフロントガラスに張りついて、母さんが車の屋根にしがみ付いたんだよ。車は隣町まで爆走したけど、なんとか亜理紗を救い出すことができたんだ」

 おまえら、スタントマンかよ。

「ちょうどさあ、廃品回収していた熱海と親父さんが見つけてくれて、軽トラで激突して止めてくれたんだよ。誘拐犯さあ、空手の有段者の父と娘にフルボッコにされてさあ、ありゃあ可哀そうだった。まあ、高級すしをたらふくごちそうになったし、熱海んちのボロ軽トラも新車にしてくれたから、警察沙汰にはしなかったんだけどさあ」

「なんて危ないマネしてるんだよ」いろんなことが信じられないよ、まったく。 

「まあね、たしかに危ないから、よい子はマネしないように。今回はさあ、恭介に美味いもん食べさせようとして、亜理紗がどうしてもって言うからさ」

 え、マジか。

 俺のために亜理紗が危険を冒してまで食料をゲットだぜ、してくれたのか。

「お~に~く~、たべ~たい~の~」

 いや、ただ単に肉が食いたかっただけのようだ。俺がどうとか関係ねえ。幼女は肉を食いたかっただけだ。ただそれだけなんだよ。

「そういえば恭介君。明日もお休みだけども、お墓のほうに行こうかしらねえ」

「お墓?」

「ほら、御両親の」

 そうだった。

 父さんと母さんの遺骨を、お墓におさめないとな。いつまでも文谷家の狭小ボロ住宅においたままではダメだ。どっちの家族にとっても、迷惑になっちゃうもんな。

「お墓の場所はどのへんなの」

「それは」

 俺は、墓のある場所をお母さんに教えた。

「ちょっと遠いわねえ。歩いていける距離じゃないか」

 文谷家に電車代を出す余裕などないだろうな。どうしようか。俺一人ででも走っていこうか。

「そんなのなんとかなるよ。なんかさあ、家族で遠くに行くって楽しいじゃんか。お弁当のオカズも沢山あるし、明日は楽しくなるよ。って、ごめん、恭介。お墓参りだったね」

「納骨な。でも、俺のためにわざわざお金を使うのは、悪いっていうかなんていうか」

「恭介、あんたまだ我が家の底力をわかってないね」

 底が抜けるほどの貧乏なのは、十分にわかってるって。しかも半紙のような薄っすい底な。

「恭介君、心配しなくて大丈夫だよ。だから、みんなでお墓に行きましょう」

「お~は~か~、おい~し~の~」

「美味しいことがあるかもしれないよ、亜理紗。ひひひ」

 京香が不気味に笑ってるけど、お墓は美味しくないだろう。下手すれば、幽霊まで出るんだぞ。

 ああそうだ、ここで幼女を怖がらせてやろうか。亜理紗のビビる顔は、さぞ見ものだぞ。

「亜理紗、幽霊が出るんだよ。おっかいない幽霊がいるぞ~」

 どうだどうだ、亜理紗よ。怖くてオチッコちびるだろう。

「ん~なーもの、い~るわけ~ね~じゃん」

 くっ、この小学一年生、手ごわいぞ。


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