第20話
な、なんか当たってる。頭の上に妙な感触があるぞ。
「おおーい、ポチョムキン、それをからだに巻きつけろ。引っぱりあげるからな」
半ペー子の声だ。
しかも、頭の上にあるのはロープだよ。あいつ、助けに戻ってきたのか。
よし。京香の身体に巻きつけて、先にあげてもらおう。水位がギリギリだから、俺はたぶんダメだと思うけど、とにかく京香が助けられそうでよかった。
あ、こら、京香、なにやってんだよ。俺たち二人にロープを巻き付けるんじゃない。おまえだけでいいんだ。もう水が口元まできてるんだぞ。
「ぶはっ、半ペー子だけで、二人を持ち上げるのは無理だ。ぶはっ、京香だけでも先に行け」
「どす、ぷはっ、どすめたる。一緒じゃ、なきょ、ぷっは、だめなの」
「ふんごっ」
ロープをとろうとしたら、京香にグーで殴られた。思わずひるんだ隙に、俺たち二人にロープを巻きやがったよ。んで、グングンって引っぱって、上げろの合図をしてるさ。
「あげるぞー」上で半ペー子が叫んだ。
むおおおおお。
上がってる、上がってる。ロープが身体に食い込んで、さらに俺と京香の身体が合体するほど密着してるけど、とにかく上がってるぞ。それも、ようやくって感じじゃなくて、スルスルと、じつにスムーズにだ。
俺と京香で百キロくらいあるはずだけど、あのピンク忍者、なんつうバカ力なんだ。
「助かったー」
あははは。
地上に舞い戻ってきたどー。京香と二人で脱出できたどー。
「ジェームズ、やったぜ、ブイブイ]
物凄い豪雨の中、ピンクの半ペー子が得意げにVサインしてる。
「文谷君、大丈夫なの」
「恭介っち、無事か」
なんだよ、生徒会長と熱海じゃないか。
「なんか、京香のほうがヤバいみたい」
「文谷さんの顔が真っ青だよ。しかも、ブラだけだし。どうなってんの」
委員長と、なぜかオタクの裕也までいるよ。
そうか、全員で俺たちを引っぱってくれたのか。授業を抜け出して、みんなでここに来てくれたんだな。ありがとな。
「水を飲んでしまったの?」
生徒会長が京香の脈をとりながら容態を看る。すっかり冷え切っちまったか。京香、まだ震えてるよ。
「いいや、違うよ立花さん。水が冷たくて、おそらく低体温症になってるんだ」
「この高校地下には水脈があるんだ。近くに湧水がわき出してて、夏でもすごく冷たくて人気になってるから」と裕也。
どうりで冷たいわけだ。
「とにかく、早く京香を温めないと」
こんな豪雨の中だと、どんどん体温が失われる。思いっきり抱きつきたいけど、いまは生徒会長が抱き起しているし、さすがにマズいだろうな。
「僕、救急車呼ぶよ」
「待って」
熱海が裕也を制止させた。そんで半ペー子をガン見してる。なにか含むところがあるのか。
「そのほうがいいよ。仕方ないし」
半ペー子がしおらしく言った。
そうか。大ごとになったら穴の存在がバレて、この忍者は学校を退学になってしまうんだ。熱海はそのことを知ってるんだな。
「半ぺー子、あんたの落とし穴でケガ人を出したら、あんたは退学だろう。このまえの校長の一件でやらかしているんだからさ」
「もう、いいよ、退学でも何でもいいって。はやく文谷京香を助けないとさ。あたし、先生を呼んでくるから」
たしかに、今回の災難は半ペー子の責任だけど可哀そうな気がする。すんごく迷惑でウザいアホだけど、なんだか憎めないんだ。退学にはさせたくないよ。
でも、最優先は京香だ。すまん、半ペー子、やっぱ救急車呼ぶわ。
「裕也、はやく呼んでくれ」
「あ、ああ」
裕也、すげえ昔のガラケーで119にかけようとしている。
「待って、二人とも。救急車を待ってるヒマも、先生を呼んでるヒマもないわ」
生徒会長がバシッて言い放ったけど、たしかにその通りだ。そんな余裕はねえよ。
「俺がおぶって保健室に連れて行く」それしかないだろう
ほら、京香、立てるか。俺の背中に乗れ。
よし、乗ったな。ぐったり元気がないけど、まだぬくもりはある。急いで温めないとな。
「保健室は冷房がギンギンだぞ。かえって冷えるわ。先生にもバレる」
「やっぱり、救急車のほうがいいよ」
「だからそれは、最終手段だ」
熱海と半ペー子が言い合ってる。いったい、どうしたらいいんだ。
「そうだ、部室棟よ」
生徒会長がいう。
「部室棟?」
「うちの高校、グランドの脇に野球部とサッカー部の部室棟があるんだけど、カドに物置部屋があって、ポータブルの石油ストーブが保管してあるの。そこなら先生にも見つからないし、誰も来ない。もちろん、鍵は私が持ってるわ」
生徒会長が鍵を見せた。立花さんは、巨乳でありホームレスでありキーメイカーでもある。
みんなの顔が、ウンと頷いた。
「よし、行くぞ」
早く早く早く。
くっそー、雨がまともに当たってるから京香の震えが止まらない。ほとんど池のようなグランドを突っ切って、やっと部室棟に着いた。すんごく長く感じたよ。
「こっちよ」
う、汗臭くてカビ臭くて、埃っぽい。物置なんだからしょうがないか。
「そこのマットに寝かせて」
汚いマットだけど、四の五の言ってられない状況だ。
「毛布か何かないか。温めないと」
誰かの制服を京香に着せたいが、みんなずぶ寝れだ。
「いま、ストーブを点けるから」
委員長が、奥からストーブを引っぱり出してきた。しかも三台。あちこちイジってるけど、いっこうに火が点かないよ。早くしてくれよ。
「あれえ、灯油がない。三台ともナッシングだ」
燃料切れかよ、ちくしょう。
「校務員室にポリタンクがある。半ぺー子、とってきてよ」
熱海に言われて、灯油を調達しに半ペー子が出て行った。頼むぞ、くノ一、猛烈ダッシュだ。
「さむい、さむい、さむいーーー」
ガチガチ言いながら、京香が凍えている。くそう、ギャラリーがいるけど、また密着作戦をするしかないか。
おっとー。
ここで生徒会長がセーラー服を脱いで、またまたブラ姿になった。裕也の目ん玉が飛び出さんばかりの眼圧だ。顔面の三分の二ぐらいが出目金みたいになってるって。気持ちはわからんでもないけどさ。
「とうーっ」
すかさず熱海の回し蹴りが顔面にヒットして、オタクが吹っ飛んだ。なんとか立ち上がったところをミゾオチに強烈なフックを食らい、辛抱たまらずパイプ椅子に座ったらロープでぐるぐる巻きにされて、さらにズタ袋を頭から被せられてしまったさ。
これ、テロリストに捕まった人質みたいだな。これから激痛な拷問されますって、前フリみたいだよ。
おひゃ。
委員長も脱いだ。そして二人とも背中に手を回してブラのホックを外そうとしてるぞ。
「恭介っち、ここから先は遠慮してよ。私らもさあ、いちおう女だからさ」と、俺の前に立ちはだかって熱海が言うさ。
理解したよ。
裸になった生徒会長と委員長が、前後から京香に密着して温めているんだ。二人とも巨乳で、それに蓄積された熱量はばっちりだからな。熱力学の第二法則で、二人の熱が徐々に拡散して、京香を温め始めているってことだ。
まあ、俺は後ろ向いているので見えないから、あくまでも想像なんだけどさ。
「わあ、見えない、見えないよ。なにが起こってるの。餡子姫がどうなってんだ」
裕也がうるさいな。見たい気持ちは痛いほど分かるが、かりに見てしまったら、おまえは生きて教室には戻れないだろうよ。アサシン熱海にアソコをへし折られること間違いなしだ。
「立花さん、委員長、京香はどんな様子なんだ」
見られないけれども、容態を尋ねるくらいは許されるだろう。
「うん、震えが止まったみたい。落ち着いてきたのかな」
「深刻な低体温症じゃないと思うよ。京香はさあ、日ごろから、超がつくくらいの冷え性体質だからさ。あとは、ストーブで温めれば大丈夫かと」
ひとまず安心していいのか。
「油、もってきたよ。って、あややや、これは、ちょ、超絶ユリが、キターっ」
半ペー子がポリタンクを持ってきた。
ピンクの忍者がドアのところで、目をまん丸にして、洟をたらして、よだれを垂らして京香たちを見ている。これは相当のエロ場なんだろうな。
「ここに柔道着があったよ。かなり埃臭いけど、濡れた服を着るよりもマシだ。みんなで着よう」
熱海が、部屋の隅で柔道着を見つけたみたいだ。女子たちがゴソゴソやってる。着替えてるんだな。
「はい、これは恭介っちのだよ。濡れてるものは全部脱いだ方がいい。ここで乾かしていくから」
熱海に委員長に生徒会長に京香。みんな柔道着になってる。半ペー子がピンクの忍者服脱ぐのを嫌がってるけど、熱海に無理やりひん剥かれてるさ。
「ほらあ、あんたも脱がないと風邪ひくって。ったく、世話が焼ける忍者だよ」
「あたしはこの服でいいんだって。そんな甲賀的な柔道着なんて着れるかよ」
「半ぺー子、あんたさあ、なして男のパンツ履いてるんだよ。しかも胸にサラシって、任侠の女バクチ打ちじゃんか」
「う、うるさい。あ、ばか、パンツを脱がすな」
熱海に抵抗は無意味だ。武士の情けで、俺は後ろを向いててやるよ。
「京香、身体は大丈夫なのか」
「うん、震えは治まったよ。餡子と桜子にあっためてもらったからさ」
さすがに巨乳の熱カロリーはハンパない。しかも、前後からダブルだからな。てかさあ、委員長は桜子って名前か。前にも言ってたな。
「ほら、ストーブに火が点いたよ。私たちも雨に当たって冷えたからさあ、みんなであったまろうよ」
三台の石油ストーブのおかげで暖かくなってきた。俺も死ぬほど冷えたんだっけ。今頃になってガタガタと震えがきたさ。ははは。
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