第19話
うわあああああああ。
これはやべえ。激やべえ。ホンマの絶体絶命だ。
半ペー子がいなくなってから十分くらい経ったけど、状況はますます逼迫してきたぞ。雨は降り続いているし、落ちてくる水が止まらない。
マズいな。どんどん水位が上がってきて、いまは胸のとこまできてしまった。しかも、地下水までしみだしてきたのか、すごく冷たいぞ。これ、溺死する前に低体温症になるだろう。
ああー、もうだめか。
あと数分もしたら心臓マヒで死ぬか、この泥水をお腹いっぱい飲んで死ぬかだな。
短い人生だったがとくに思い残すこともないし、最後にプリンプリンな女子たちに囲まれたのはラッキーだったよ。仕方がない、あの感触を思い出しながら死ぬとするか。
ジャッパーーーン。
って、突然なにかが落ちてきたぞ。
なんだかバカでかくて柔らかい物体が唐突に落ちてきて、俺と土壁の間のすき間に奇跡的に、スポって収まったよ。
「恭介っ」
「うわっ、京香」
すぐ目の前に京香がいる。暗くてよく見えないけど、この感触は京香で間違いない。つか、狭い穴なので、二人の身体がぴったりと密着してるぞ。ますます身動きがとれない。
「なんで京香が降ってきたんだ」
「ばかっ、助けに来たんだよ」
「え」どういうこと。
「半ペー子が血相変えて教室に入ってきて、ベンジャミンが穴に落ちて死にそうだって、わたしの顔を見ながら必死に叫んでたからさ。最初はわけわからなかったけれども、恭介はまだ教室にもどらないし、もしかしてと思ったんだ」
偉いぞ、京香。よくも、その不確かで解読不可能な情報だけで俺の窮地を察知してくれたよ。おまえ、天才だろう。
しっかし、あのくノ一、逃げたんじゃなかったのか。ちゃんと京香を呼びにいってくれたんだな。俺の名前が洋風になっているのが謎だがな。
「そんで、半ぺー子に穴の場所を訊き出して、ダッシュでここに来たってわけよ」
ありがとう、ありがとう、京香。命の恩人だよ。
「ところで半ペー子は」
「あいつは教科担任に連行されて、いまごろは生徒指導室で桐生にヤキ入れられてるよ。うちの学校、貧乏人ばっかだけど、コスプレは許可されてないからさ」
まあ、ふつうの学校でも許可されないわな。
「あの子さあ、ちょっと頭がイカれてんだよね。はっきり言うとさあ、猛烈にアホなんだよ」
それは説明されるまでもなく、身をもって経験したさ。
「よくこの高校に入学できたな。だって、ここのレベルってアホじゃあ無理だろう」
「あいつは一芸入試なんだよ」
「ええーっと、AO入試ってやつか」
なんらかの特技があれば、学力試験をしなくても入学できちゃうってやつだ。大学入試ではよくあるけど、高校ってのは珍しい。
「そうそう。忍者してますって、ヘンテコな忍法を校長に見せて大ウケされたんだってさ」
その忍法落とし穴に落ちて、校長も後悔してるだろうな。
と、ここで重大なことに気づいてしまったよ、俺。
「なあ、助けにきてくれたのはすんごくありがたいんだけど、京香が穴の中に入ったら、誰が引き上げてくれるんだ?」
「なに言ってんだよ、そんなの・・・、ああーっ」と焦る京香。
あちゃー。やっちまったな。勢いだけで飛び込んでしまったのか。
これは二次遭難ってやつだ。せっかく来てくれたけど、状況はかえって悪化したみたいだ。
「なにやってんだよ、わたし。自分が飛び込んだら、誰が恭介を助けるんだってさ。バッカじゃないの、バカバカ」
おいおい、そんなに自分を責めるなよ。
「ちなみに、他の誰かが来てるなんてことはないだろうか」
「それはないわ。だってわたし、そっこうで走ってきたから。誰も誘ってないし、だいいち、いまは授業中だから抜けられないよ」
授業中なのに、アホな半ペー子の言うことなのに、京香だけが俺の身を案じて急いできてくれたんだ。これぞ家族の絆ってやつか。昨日知り合ったばかりなのに、なんてハートフルな妹なんだ。くうう、感動して泣けてきた。
俺は猛烈にうれしいぞ。今までの学校生活で、こんなに胸が熱くなったことがあっただろうか。
いつも他のやつらの顔色を気にして、他のやつらに気を使ってさあ。結局最後に貧乏くじばっか引いてたんだ。誰からも必要とされてないし、俺のことを大事におもってくれる奴なんて一人もいなかったさ。
「ごめん、恭介。わたし、ポカやっちゃった。半ペー子をアホだとか言えないや」
「気にするなよ、京香。来てくれただけで、めっちゃうれしいって。それよりここを出ないとな。水があがってきてるから、ゆっくりできないんだ」
もたもたしていられない。俺一人が死ぬのならそれはそれで諦めがつくけど、京香を道連れにはできない。それは絶対にダメだ。断固拒否する。
「な、なんか寒くない」
「水が冷たいんだ。雨水だけでなくて、地下水も混じってると思う」
「わ、わたしさあ。寒いの苦手なんだよ。めっちゃだめなんだって。暑いのはいくらでも我慢できるけど、寒いのだけは、ほんとだめなんだ」
いかん、京香の身体が震え出したぞ。暗くてはっきりとわからないけど、顔色も悪くなっている気がする。
なにせ氷水のような冷たさだからな。寒いの平気な俺でさえもたないんだから、寒さに弱い京香ならなおさらだろう。
「さむい、さむい、恭介、さむいよう」
はっきりとわかるくらいに、ガラガタ震えてる。マズい。早く京香を温めないと危ない。
どうする、どうするんだ。考えろよ、俺。とっとと解答をだせよっ。
そうだ。
「ちょっと恭介、なにやってんの」
「服を脱ぐんだよ」
狭くて密着しているから、なかなか脱げないや。上のほうの空間はあるから、バンザイしながら、なんとか上着を脱ぐことができた。
「ただでさえ寒いのに、服を脱いだらよけいに寒くなるって」
俺一人だったら、たしかにその通りなんだけどな。
「京香、悪いけどおまえも脱いでくれ。そのセーラー服だけでいいから。両手を上にあげてくれないか」
「こんな状態でイヤらしいことしか考えられないの。恭介ってへんたいなの、ドスメタル」
叩きつけるのではなくて、ほとんど消え入りそうなほど弱々しい声だ。これ、相当衰弱してるな。ちきしょう、京香の吐息まで冷たくなってやがる。
「ほんとに悪いな。後でぶん殴るなり好きにしていいから、とにかく、いう通りにしてくれ」
京香の両腕が上がった。素直に従ってくれて、ありがとうな。
まずは上着を脱がして、そして思いっきり抱きつく。
「ひっ」
驚かせてごめんな。俺と京香の間に一ミリのすき間もなく抱き合うんだ。もう、ピッタリと一心同体にな。鼓動を分け合うんだ。
よし、京香の温もりを感じる。肌を密着させることによって、お互いの体温を分かち合うんだ。俺の体温も感じているはずだ。これで少しは時間が稼げるだろう。
「恭介、あったかいよ。恭介があったかくて、うれしい」
「ああ、俺もうれしいよ」
「ぶ、ブラもとったほうがいい?」
「いや、それはつけたままでいいよ」
たしかにブラジャーをとって、生オッパイを俺の胸にくっ付けたほうが伝わりそうだけど、それは京香の胸の熱を俺が奪ってしまうことになりそうだからな。
たぶん、女の人の胸ってあったかそうだからさ。俺のを与えるのはかまわないけど、京香のを奪うのは絶対にダメだ。
そして、密着しただけじゃ足りない。
「京香、よく聞いてくれ。俺はいまからおまえの身体をめちゃめちゃ触りまくるし、動きまくる。死ぬほどイヤだろうけど我慢してくれ。後で気のすむまでボコってくれていいから」
「うん」
抱き合うだけではダメだ。肌同士をこすって、摩擦で熱を作りださなければ。
狭くて水の中だけど、とにかく京香の肌をさすりまくる。血行が良くなるはずだ。手だけじゃ足りないから、俺の身体全体を突き上げるようにして、摩擦の面積を最大化する。そんで、そんで、とにかく突き上げまくるんだ。
「あ、ああん、はあ、あう、はあ、はあ」
京香の吐く息が信じられないくらいに艶めかしくて、しかも存分に女なわけで、俺の本能のどこかを刺激しまくるよ。
さすがにこの状態で、ヘンな気を起こそうなんて考えないけど興奮してしまうな。
あは、だけどそのせいで俺の体温が上がってきた。京香のお色気攻撃で俺の身体が火照ってきて、その熱を与えることができてるんだ。
これはいいぞ。京香、もっと色っぽくたのむよ。
ああーっ、くっそー。
今度は水位が上がってきたぞ。胸のとこで止まっていたのに、首のところまできてるじゃないか。これは、低体温症より溺死のほうが先か。
ちくしょう、ちくしょう。
おい、神様。なんとかしてくれよ。俺は死んでもぜんぜんいいけど、京香だけは助けてやってくれよ。この子をここで死なすって、宇宙の損失じゃんか。全銀河に対して申し訳ないだろう。
京香は貧乏だけど、毎朝新聞配達して、亜理紗の世話して、お母さんの手伝いして頑張ってるじゃないか。こんなふざけた穴の中で死ぬ運命なんて、あり得ないんだって。世の中にもっと悪いやつが腐るほどいるのに、京香が死ななければならないとか、どんな無理ゲーだよ。俺をやるから、俺の魂とか心臓とか睾丸とかなんでもやるから、地獄でもどこでも行って拷問でも責め苦でも受けてやるから、たのむから京香だけは死なせないでくれよ。ホントに頼むって。
「きょ、ぐふっ、恭介」
「京香」
いよいよ、水位が俺たちの顔まで上がってきた。
「ぶはっ、ぶはっ、きょうすけ、一緒だから、ぶはっ、いっしょに、いっしょに」
「京香、ぐはっ、ぶぐっ、きよ、うう、か」
もはや、これまでか。
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