第16話

 ああーっと、もう授業が始まる時間じゃんかよ。早く教室に戻らないと怒られてしまう。走ると下半身が痛いが、ここは我慢するしかないでしょう。

「ふんぎょっ」

 うわあ。

 な、なんか踏んだ。大きな樹の下を走っていたら、なにかとてつもなく柔らかいものを踏んづけてしまった。

 え、うんこ?

「きさまーっ、よくも隠れ身の術を見破ったね。いたたた」

 ええーっと、女子が立ち上がったよ。

 葉っぱまみれの女子が、地面からむくむくって起き上がってきたぞ。どうやら、こいつのお腹を思いっきり踏みつけてしまったようだ。 

「地面人なのか」

「だれが地面人だー。地底人は聞いたことあるけど、地面人ってなにさ。あんたの妹か」

 俺に妹はいねえし。

 あ、いまは京香と亜理紗が妹か。激カワの妹たちだ。

「見かけない顔だけど、あんた誰よ。どうして他校の男子がうちの学校にいるの。はは~ん、さてはヘンタイね。地面に隠れて、通りすがりの女の子のスカートの中をのぞく気だったんでしょう」

「なに言ってんだよ。地面に隠れていたのはそっちじゃないか。そもそも、なにしてたんだ」

「なにをしていたって、それをあたしに質問するのかい、小太郎」

 いや、小太郎じゃねえし。

「その理由を聞いて驚け。そして驚いたら、なんかちょうだい」

 なにもやらねえけど、とにかく聞いてやるよ。

「あたしは伊賀流忍者のDQN,服部半蔵の末裔の」

 それ、たぶんDQNじゃなくて首領DON(ドン)のことだろう。言葉の使い方がアホすぎるぞ。

「くノ一忍者、服部半ペー子、シャキーン」

 身体中に葉っぱを付けた女子が白い歯をキラリと光らせて、なんだかイタいポーズをキメてるぞ。そのままの姿勢で、十秒以上静止してる。俺がなにか反応を示すまで続ける気なのかなあ。

 これ、あきらかに関わってはダメな物件だな。無視して教室に急ごう。

「あ、ちょっとちょっと、どこにいくの。まだ自己紹介が終わってないんだって」

「いや、もういいよ。面倒くさいし」

「待ったあ」

 自称忍者の女子が、俺の前に立ちはだかったよ。たぶん頭がイカれてるんだと思うけど、見た目はけっこう可愛いなあ。この学校の女子って、総じてレベルが高いんだ。

「あんた、あたしが忍者なのに驚かいなって、どういうことさ」

「どうもこうも、ふつうの女子じゃんかよ」

 この学校のセーラー服を着ているし、忍者っぽいところは全然ない。

「こ、これは変身前の仮の姿で」

 変身とかするのかよ。ますます面倒くさい。

「ふ、よかろう。きさまに伊賀流忍者のほんとうの姿を見せてやろう。いまから変身するからな、感動したらなんかちょうだいよ」

 たぶん感動はしないと思うけど、雰囲気的に変身を見ないことには解放してくれないだろうな。

「じゃあ、変身するから」

 服部半ペー子が樹の陰からバックを取り出した。なんかさあ、スゲえ汚いバックなんだけどさあ。猫の死体でも入ってるんじゃないか。

 半ペー子がゴソゴソとやって、やたらピンクなモノを取り出した。どうやら、衣装みたいだ。

「半ぺー子、フラッシュ」

 いまのは変身するぞ、っていう掛け声のようなものか。半ペー子を、ハニーにかえたら、あのハレンチアニメになるし、パクッてるんだろうな。

「♪ この頃はやりの、うんちゃらからかんちゃら、なんちゃらかんちゃら、ほんちゃらかんちゃら、こっちを向いて半ペー子~、なんちゃらかんちゃら、ほんちゃら、ほんちゃら、ほんちゃらだも~ん ♪」

 テーマ曲らしきものを口ずさんで着替えようとしているんだけど。

「なんちゃらかんちゃらばっかで、歌詞になってないぞ」

「うるさい。著作権違反とかで、訴えられるんだってさ」

 いや、おまえごときは相手にされていないと思うぞ。それよか、自分で歌詞ぐらい考えろよな。

 ああーっ。

 おいおい、いきなりなんだよ。

 半ペー子が脱ぎ始めたぞ。セーラー服とスカートを脱いでいるさ。見ず知らずの男の前でやるなよ。ていうか。これが変身なのか。もっとさあ、一瞬でやれよ。ちんたらちんたら、遅すぎ。スピード感がない変身って、ただのお着替えだ。

 しかも、またブラとパンツの女子を見ることになるのか。今日は、裸族デーなのか。

 って、

「なんじゃ、おまえのその下着は」

 まずブラがないよ。男の子の夢がいっぱい詰まったブラがないって。胸の部分を隠しているのは、ただの白い布だ。包帯みたいにぐるぐる巻いてる。

「ブラがねえ」

 俺の率直な感想だ。

「おまえ、サラシを知らないのか。いまどきの女子はサラシだろう。オシャレがわからない奴だなあ」

 いやいや、それはただの布でしかない。要するにブラがないから巻いてるだけだろう。

「ブラ、買えないのか」

「ぶ、ブラジャーがないわけじゃないぞ。洗濯していて、まだ乾いてないんだって」

 替えのブラがないってことか。おそらく貧乏なんだろうな。この学校の生徒なんだから、きっと貧乏なのだろう。

 それよか、問題はおまえのパンツだよ。女子はちっさいパンツが定番なのに、なんだよ、そのデカパンは。つか、それは、

「おまえ、なんでトランクス履いてるんだよ」

「な、なんでって、いま女子の間では流行ってんだよ。ちゃんとレディースなんだから」

 嘘つけよ。

「それ、どう見ても男もののトランクスだぞ。前面に穴があるじゃんか」

 チ〇コを出す穴が、しっかりと作られてるぞ。男もの以外に考えられないじゃんか。

「そ、そう見えるだけだって。気のせいだって。けして、クラスの男子が水泳の授業になった隙をついて、ロッカーにこっそりと忍び込んで盗んできたわけじゃないんだからね」

 ええーっ、そうなのか。どんなコソ泥なんだよ。

「いや、おまえ、まんま白状してるって。よりによって男のパンツ盗むってあり得ないぞ。なんで同じ女子から盗まないんだよ」

 そもそも、人のパンツ履くとか気持ち悪いだろう。

「なんかさあ、女子から盗んだらバレちゃうだろう。ああー、それ私のパンツじゃん、って指さされて、大騒ぎになっちゃうからさあ」

 男のトランクス履いているほうが、よほど大騒ぎになりそうな気がするけどな。てか、認めたな。

「よし、着替えた。どうよ、これぞ服部流くノ一忍者だ」

 たしかに忍者服っぽいもの着てるけどさあ。

 なんで色がピンクなんだよ。ふつう忍者って、闇に紛れるために黒が基本だろう。それがピンクって、しかもショッキングピンクじゃんかよ。目立ってしょうがないって。

 さらに、なぜかへそ出しだよ。下は忍者ズボンで、上は胸の部分しか服がない。顔は頭巾みたいなものかぶってるけどさ。忍者っていうよりも、露出ヘンタイコスプレ女って感じだ。

「じゃじゃーん。どうだ、忍者を見たのは生まれて初めてだろう。ダチに自慢してもいいんだぞ。ただし、動画撮影は禁止な」

 コスプレの露出女を見たって自慢するよ。

「なあ、いいもの見たろう。すっごく目の保養になったろう。忍者村に行ったら、バカ高い料金ふんだくられるんだからさあ。なあ、なんかくれよ。食べ物くれよ」

 ピンクの露出くノ一が、涙目になって俺にすがってきたぞ。

「あたし、昼食ってないんだよ。お金なくて、昼飯買えないんだって」

 ピンク忍者が俺の足に抱きついているさ。グーグー腹が鳴っているってことは、ほんとに食ってないんだな。なんだか可哀そうになってきた。

 だけど俺も同じ貧乏人だからな。お金はないし、食い物だって。

 あ、そうだ。さっき京香がパンもってきてくれたんだった。おでんをたらふく食ったから、焼きぞばパンとくさい棒イカ味には手をつけてなかったんだよ。ポケットにしまってたんだっけ。

「焼きそばパンと、くさい棒ならあるけど。これでいいか」

「うそ、ホント、ちょうだい、ちょうだい、マッハでちょうだい」

 焼きそばパンとくさい棒をあげたら、くノ一の目がキラキラと輝いた。そんで、それをもって後ろに数歩下がった。

「ふふふ、愚か者め。これはもうあたしの物だ。いまさら返せって言っても、返さないんだからね」

「いや、だから、やるよ。さっさと食ったほうがいいぞ。もう、授業が始まってるからさ」

「え、ほんとに。ほんとにくれるの」

「だから、やるって言ってるだろう」

 半ペー子の瞳がめっさキラキラして、まるで少女漫画だろうって。300ルーメンくらいの輝きだよ。

「いただきマンモス~」

 食ってるよ。かなりピンクなコスプレ忍者がさあ、すごくいい顔して焼きそばパンにかぶりついてるさ。

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