第12話
「石、・・・、かな」
石だよな。真っ黒くて平たくて、ちょっと流線形に凹んだ石がアルミの弁当箱に入ってるよ。
なんじゃこれは。ご飯が化石になったのか。
「文谷君、それ、硯だよ」と学級委員長。
「え、すずり?」
「そうそう、習字に使うやつ」
ああ、そうだ。これは習字をかくときに、墨汁を入れてすりすりするやつではなか。
「なしてさあ、恭介っちのお弁当が硯なのさ。そうめんじゃなかったの」
そんなこと俺にきかれても、I don’t know だってさ。
「ご飯の前に、一筆書けってことじゃないの」
いやいや、それはないでしょう。書道家じゃないんだし。ってか、書道家もやらんぞ。だいいち墨汁がないよ。汁がないのに、書きようがないだろうよ。しかも、硯しか入ってないし。
「とりあえず、お弁当箱から出してみれば」
毒キノコ女のいう通りに取り出してみる。
「あ、メモがあるよ」
硯をとりだしたら、その下にメモ用紙があった。なんか文字が書かれているぞ。
「なんて書いてるの」
ええーっと、
DO IT YOUR SELF ってあるな。なぜか英語だ。しかも大文字で。
「欧米かっ」
いや、熱海のツッ込みはいいタイミングなんだけれど、これ、どういうこっちゃ。
「それ、お昼ごはんは、自分でなんとかしないさいってことなんじゃない」
ええーっ。
ちょ、ちょっと待てよ。
どうにかしろったって、お金もないのにどうするのさ。誰かから盗めってことか。
「だとしたら、その硯は、さもお弁当が入ってますよ~、って思わせるための重りだよ」
「その弁当箱自体がフェイクなんだ。あはは、文谷のおばさん、やることがシャレてるなあ。フェイカーだよ、フェイカー」
そんなフェイカー、いらねえよ。お弁当がないって、はっきり言われた方がなんぼか体にいいぞ。
なんだよ、これは。未成年に食べさせるのは大人の義務だぞ。それを硯なんて入れやがって、ヒドいよ。ちきしょう、なんだか泣けてきたぞ。
「恭介っち。そんな悲しそうな顔するなってさあ。私の少し分けてあげるから」
「そうそう。私も煮干しとご飯だけのお弁当だけど、分けてあげるよ」
うえ~ん。
マジ泣きだ。
今日あったばかりの女子が、お弁当を分けてくれるって言ってるんだぞ。
こ、これは泣けてくるぜ。男泣きだよ。信長だって号泣するレベル。
しかも、学級委員長が自分のお弁当箱を開けてくれたけど、ほんとうに煮干しとご飯だけの弁当だよ。
女子高生が煮干しとご飯だけの弁当って、これなんの奇跡だよ。貧乏にもほどがあるだろう。しかもその煮干し、絶対ダシをとった後のやつだ。きっと、味が抜けてスッカスカになっちまってるやん。
もう、くじけそうだ。
俺に弁当がない境遇よりも、学級委員長の弁当が煮干しとご飯だけって、猛烈に悲しすぎる。
「恭介、お母さんのことだからどうせ弁当なんてないんだろう。これ食いなよ」
おおー、いつの間にか京香が来ていて、机の上にパンとお菓子を置いたぞ。焼きそばパンと、くさい棒のイカ味三つだ。
俺、この駄菓子が大好きなんだ。とくにこのイカ味がイカ臭くてさあ、最高なんだ。
いやいや、待てよ。
すんごく嬉しくて一瞬涙目になってしまったけど、冷静に考えればそれは京香の昼飯だ。朝早く起きて、汗だくになって新聞配達して稼いだ金で買ったんだろうよ。そんなのもらうわけにはいかないだろう。
「俺はいいよ。京香の分がなくなっちまうだろうが」
「わたしのは、ちゃんとあるから」
そう言って、京香はクリームパンと、くさい棒のジンギスカン味四本を見せびらかした。
「ちなみに、これは男子からもらったんだから。ムダ使いしてるわけじゃないぞ。一円も使ってないからな」
「そうそう、京香はねえ、自給自足弁当だから」
自給自足弁当ってなんだよ。自給自足に弁当がつくのはおかしいだろう。
「恭介っち、ポカンとしているから説明してあげると、京香はねえ、男子に勉強教えて、そのお礼としてパンとかお菓子とかを徴収してんのよ」
「ちょっと熱海、徴収って人聞ぎきの悪いこと言わないでよね。わたしはくれなんて一言も言ってないよ。あいつらのほうからもってくるんだってさ」
新聞配達のバイト代じゃないのか。京香は金使ってないんだな。
「文谷君は知らないと思うけど、うちの貧乏高校、けっこうレベル高くて、実は進学校なんだよ。みんな無償の奨学金目当てで受験するから、必死なんだって。でね、京香の成績はクラス一番で学年でもトップスリーに入るから、男子が教えてくれってくるのよ」
「京香は教えるの上手いしな」
委員長と熱海の説明によると、この学校では返済無用の激レア奨学金目当てに、皆が血眼になるそうだ。俺がもといた高校も進学校だったが、そこよりもレベルが高かったんだ。
京香は成績優秀者で教えるのもうまいから、男子がたかってくるとのことだ。
「そんで、京香が勉強を教えて男どもがお昼ごはんを貢ぐ、って関係が成り立ってるのね。もっとも、勉強とか関係なくて貢ごうとする奴もいるけどさ」
「そういうキモいのはシカトだから。わたしは教えた分しかもらわない主義なの」
まあ、それはわかるよ。京香の彼氏になりたい奴は、有り金全部使っちゃうだろう。とくに、さっきの半村はキャバクラの稼ぎにモノ言わせて、京香につきまとっていそうだもんな。
「だから、わたしは教えてもいない奴からは、くさい棒一本たりとも貰わないんだからさ」
俺の心を読み取った如く言い訳してる。なして、どいつもこいつも勘が鋭いんだよ、ここは。
まあ、そういうところが律儀なのも京香らしいな。もっとうまく立ち回れば、貧乏しないで済むのにさ。
「だから恭介、そのパンはやるよ」
「いや、いらない」
せっかくの好意だが、ここは男らしく堂々とお断りすべきだろう。なぜなら俺は京香の兄なのだ。妹のおこぼれを有難がってはいられない。
「なに言ってんだよ、恭介。お昼食べないともたないぞ」
「そうだよ、恭介っち。パンがダメなら、私のお弁当でもいいよ」といって、ピンクコンパニオンがお弁当の中身を見せてくれた。
あちゃー、熱海の弁当には餃子が三つしかのってないぞ。これはもらえないだろう。しかも、飯の量がハンパなく多いよ。それ、餃子一つで茶碗一杯分の計算が成り立つな。そのうち一つでも取ろうものなら、絶妙なバランスが崩れてしまうよ。
「そうそう、私の煮干し弁当もあげるって」
学級委員長に告ぐ。
煮干しは女子が食え。カルシウムをたくさんとって、元気な子を産むんだぞ、節子。
くううう。
それにしても、なんて天使な女子たちなんだ。今日あったばかりの俺に、こんなつまらない男子に弁当を分けてくれるなんて、マジ天使じゃんか。オラ、なんだか泣けてきたぞ。
「昼飯ぐらい自分で何とかするさ。ふっ、背中が煤け放題だぜ。じゃあな」
うわああああ。
泣きそうになったから、意味不明なカッコいいセリフ吐き出して、教室を飛び出してしまった。
ほんとはさあ、腹減ってんだよ。グーグー鳴ってんだって。
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